#2296/3137 空中分解2
★タイトル (FJM ) 92/10/24 0:20 (112)
雨の向こうに 第2章 リーベルG
★内容
2
KY峠。標識を確認して、数分走った。
すでに道路はゆるやかなワインディングロードになっていた。路面は乾いており、ほ
とんど砂も浮いていない。
私は峠を攻めるようなタイプではないし、私の愛車もあまり戦闘的なタイプではない
が、こういうゆるやかなカーブを曲がるときは、バイクの醍醐味を味わっているようで
密かな快感をおぼえる。
先ほどから胃が朝食を求めていた。はっきりとは確認しなかったが、先ほどドライブ
インの看板があったような気がする。そこで朝食をとるのもいいだろう。
走りながら、ふと空を見て、私は不安な気分に襲われた。いつの間にか、雲の占める
割合が青空のそれより大きくなっていた。黒く淀んだ雨雲のようだった。
「いやね。降ってこなければいいけど」
つぶやいた途端、右手前方にドライブインが見えた。ウインカーを出し、駐車場に滑
り込んだ。
なかなか綺麗なドライブインで、大きなレストランと土産物やスナック、フィルム等
の売店、自動販売機などがそろっている。団体のバスツアーなどでも受け入れることが
できそうである。
ハンドルロックして、貴重品の入ったナップサックをネットから外した。空を見上げ
ると完全に雲に覆われていた。
自動ドアを通って、店内に入ると、コーヒーカウンターにいた30前後の女性が微笑
みかけてくれた。
「いらっしゃいませ」
「もうやってますか?」そう訊ねたのは、他に店員の姿がほとんど見えなかったから
である。奥のトイレの方でアルバイトらしい女の子がモップで床を掃除しているだけで
ある。
「ええ、一応。何にします」女性は私にカウンターに座るようすすめながら、注文を
訊ねた。
「ええと、ホットコーヒーと、あと何か食事できますか」
女性は奥の厨房らしい部屋に一歩入って、そこにいる誰かと何か話したが、すぐに戻
って答えた。
「はい、大丈夫です」
私はメニューを見た。カレー、ラーメンなどから始まって、みそかつ定食、ハンバー
グ定食などが並んでいる。さすがに朝から定食などを食べる気にもならず、また店の人
にも悪いと思い、無難な選択をした。
「カレーを下さい」
「はい」女性はレシートに注文を記入すると、アイスウォーターとおしぼりを私の前
に置き、厨房に姿を消した。
すぐにカレーの匂いが漂ってきた。
ほどなく、先ほどの女性がトレイにカレーと、サラダをのせて戻ってきた。
「お待たせしました。あらあら、降ってきたわね」
あわてて店のガラス越しに外を見ると、確かに雨がポツポツと落ちてきている。
「バイクをあっちの屋根の下に入れて置いた方がいいんじゃない?」女性が親切にい
ってくれた。私はスプーンを置くと、キーを取り出しながら、外に走り出た。
かなり大粒の雨がライダージャケットの表面で弾けた。私はキーを差し込むと、ニュ
ートラルのまま、数メートル離れた屋根の下にバイクを移動させた。自転車置き場らし
い。古い自転車が一台とめてある。後部にネットで固定してあった荷物を外すと、雨の
中に飛び出した。
店に戻り、自動ドアをくぐった途端、待ちかまえていたように雨が激しくなった。叩
きつけるという形容がピッタリである。
カウンターに戻ると女性と目が合った。どちらからともなく笑いを顔に浮かべてしま
った。席に座ると女性が口を開いた。
「大変ねえ、一人旅?」
「ええ、残念ながら恋人はいません」スプーンをとって、カレーを口に含んだ。大し
て味に期待はしていなかったが、意外においしかった。
「今日はどちらまで?予定はあるの?」女性はドリップにゆっくりと沸騰したお湯を
注ぎながら私に訊ねた。コーヒーのいい匂いが漂いはじめる。
「函館までいく予定だったけど、これじゃいけないかも知れませんね」
「おかしいわね。天気予報では晴れだったのに。降水確率10パーセントで」
「その10パーセントに引っかかったのかしら。日頃の行いはいい筈なのに」
フフフと女性は笑った。しなやかな両手をみる限りでは未婚のようだが、落ち着いた
感じの美人である。
「このレストランの店長さんですか?」とても男性には見せられないようなスピード
でカレーをパクつきながら訊いてみた。
「というか、このドライブインの責任者ね。一応」
「だんなさんはいらっしゃらないんですか?」
沈黙が返ってきた。
「ごめんなさい」私はあわてて謝った。「余計なことでした」
「いえ、いいのよ」女性は笑った。それから声をひそめて「実は夫は昨日殺してきた
のよ」
「あら、まあ、そうだったんですか。やはり浮気ですか」私も声を小さくした。
「そうじゃなくてね、このカレーの味が気に入らないって文句をいったのよ」
「それは殺されて当然ですね」私は最後の一口を食べ終わった。「こんなおいしいカ
レーに文句をいうなんて」
私たちは声をそろえて笑った。
「はい、コーヒーよ」生クリームとコーヒーシュガーを添えて出してくれた。
コーヒーはおいしかった。クリームや砂糖をいれるのが、もったいないほどだった。
私は「ツイン・ピークス」の主人公デイル・クーパーを思い出した。彼はブラックコー
ヒーをこよなく愛する男で、「ホテルの真価は朝のコーヒーで決まる」というセリフを
口にする。こういううまいコーヒーを飲むと、彼の気持ちが理解できる。
陽気に鼻歌を歌いながら床にモップをかけていた女の子がやってきた。高校生くらい
である。
「あけみさん、モップ終わりました」
あけみと呼ばれたカウンターの女性はうなずいた。
「ごくろうさま。座ってコーヒー飲みなさいな」
女の子は私の隣に座った。少々太めだが、愛敬のある顔をしている。
「こんにちわ。ツーリングですか?」少女は話しかけてきた。
「ええ。ここでバイトしてるの?」
「そうです。夏の間だけですけど。彼氏と一緒じゃないんですか」大きな瞳がいたず
らっぽく輝いている。
「残念ながらね」先ほどあけみさんにしたのと、同じ答を返した。「あなたは彼氏は
いないの」
「一応いますよ」少女は得意そうに答えた。「実はここでバイトしてる人なんです」
「高校生?」
「はい。2人とも2年生なんです」そういうと少女はあけみさんの方を向いた。「今
日は遅いですね」
「そうね」あけみさんはコーヒーを少女のまえに置くと、壁の時計を見た。8時5分
過ぎ。「いつもなら40分にはきてるのにね」
「ここまではどうやって来るんですか」私はあけみさんにきいてみた。
「他の従業員が5人いて、一緒にライトバンで来るのよ。8時からだからもう来てな
きゃいけないのに」あけみさんは少し不安そうにいって、自分もコーヒーをすすった。
私は外を見た。相変わらず激しい雨が降り続いている。
厨房から40くらいの男が出てきた。コックらしく白い服をきている。あけみさんに
話しかける。
「あけみさん、仕込みは終わりましたよ」太く頼もしい声だった。優しそうなおじさ
んである。「ひろし達はまだこないんですか」
「ご苦労様。雨だから遅れてるんでしょう。はい、コーヒー」
あけみさんとおじさんは奥の事務室のようなところに入り、何やら話しをはじめた。
わたしと少女はTVの話しや、私の出したロードマップを見ながら北海道のあちらこち
らについて、とりとめのない話しをしていた。