AWC 雨の向こうに 第6章    リーベルG


        
#2300/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  92/10/24   0:39  ( 90)
雨の向こうに 第6章    リーベルG
★内容


                   6

 それから1時間あまりが経過したとき、電気が切れた。
 外を眺めていた私は、窓ガラスに写る店内の照明がふっとゆらぐのを見て振り返り、
天井を見た。あけみさんと2人の学生も同時に同じ動作をした。
 まるで全員の視線が集まるのを待っていたように照明は、パチリという擬音がつきそ
うなくらい唐突に切れた。
 「自家発電に切り替わってたのね」あけみさんは落ち着いた声でいった。「それが切
れたんだわ」
 ということは、公共の送電線からの電気はとっくに切れていたということだ。
 「くそっ、どうなってるんだ」大宮が毒づいた。
 「じゃあ、もう電気はつかないんですか」私は訊いた。
 「ここのディーゼルは非常用で2時間しか持たないのよ」
 あけみさんは厨房の方へ入っていった。カチカチという小さな音が聞こえた。
 「ガスは使えるわ。プロパンはたっぷりあるし」あけみさんは話しながら戻ってきた
。「しばらくここに閉じこめられるかもしれないわね」
 「何をいってるんですか」大宮がかろうじて敬語を使いながら反論した。「たかが雨
くらいで閉じこめられるなんて」
 「もちろんよ」あけみさんは子供をなだめるように手を振った。「もちろんよ。ただ
連絡がとれないのは確かだし、ひょっとしたら今夜は誰も来ないかも知れないでしょ。
そうなったときのために冷蔵庫のなまものに火を通しておいた方がいいってことを言お
うとしたのよ」
 「お湯もたくさん作っておいた方がいいですね」私がいうと大宮は、何か言いたそう
に口を開いたが、結局何も言わなかった。
 「水はでるんですか?」阿部が訊いた。相棒より自制心があるらしい。少なくとも外
見上は取り乱したところはなかった。
 「非常用のタンクがあるの。500リットルで、中身は毎週交換してるわ」
 大宮は口の中で何か言ったが、誰の耳にも届かなかった。
 彼は認めようとしない。今、何か異常な事態が進行中であることを。私が雨が降り出
した時から、理由もなく、漠然とした恐怖に近い不安を感じていたことを知らない。多
分、あけみさんは気付いている。ひょっとしたら女性の方が本能的に危険を嗅ぎ取る能
力に優れているのかもしれない。
 私は突然、彼の意見に賛成したくなった。何もかも考えすぎ、想像しすぎに過ぎない
んだ。すぐに、警察が事情聴取にやってくるだろう。新聞社やテレビ局も集まる。自衛
隊もやってくるかも知れない。やがて雨があがり、私はほっとしながら今日の目的地に
向かって旅を続けるだろうし、2人の学生は今夜のバイトに間に合うように急いで帰っ
て行くだろう。あけみさんは肩をすくめて後かたづけを始め、やがてしげさんやのりち
ゃんも戻ってくる。
 私は帰り道に再び、この峠を通り、あけみさんたちに会う。しげさんやのりちゃんと
あのときの話しをする。あけみさんはコーヒーをおごってくれ、のりちゃんは彼氏を紹
介してくれる。1時間くらいで、私は別れを告げる。また来年、と約束するがお互いに
それが守られない事をぼんやり悟っている。住所を教えあい、来年とさ来年くらいは年
賀状が届くだろう。しかしやがて、私は多忙だが単調なOL生活の中でこの夏の出来事
をごくまれにしか思い出さなくなる…。
 私の瞬間のビジョンをあけみさんの声がかき消した。
 「美恵さん、手伝って下さらない?」静かな落ち着いた声だった。私は頷いて、あけ
みさんに続いて厨房に入った。

 厨房には大きな冷凍収納庫があり、肉や魚や鶏肉が凍っていた。もっとも電源が切れ
たためにそれらはゆっくりと解凍し始めていた。私たちの仕事は、とにかくそれらに火
を通して、腐敗を防ぐ事だった。
 阿部はすでに、大鍋で100個以上の卵をかたゆでにしていた。大宮も仕方無く、と
いった感じで手伝っている。
 「カレールウはよし。皮をむいちゃった野菜は炒めてと。問題はジャーのご飯ねえ」
あけみさんは大きな豚肉のかたまりをスライスにしながら考えている。手元がお留守に
なっている様子は全くない。包丁を使うのがいまひとつ苦手な私としては感嘆するしか
ない。
 3つあるガスコンロには全て火が入っていた。1つは阿部がゆで卵をせっせと製造し
ている。1つは私が使っている。醤油、酒、みりんなどの中で、豚肉をゆでている。焼
豚のつもりなのだが、味がしみこむまで待ってはいられないだろう。3つめはあけみさ
んがスライスした肉をキャベツやタマネギと一緒に手早く中華鍋で炒めている。
 厨房の中はすぐに煙でいっぱいになった。換気扇が回っていないので、煙が外に逃げ
ていかないのだ。
 「このお刺身はゆでちゃうしかないわね。ご飯はチャーハンにしてラップをかけとけ
ばいいわね。そうだ、マグロのお刺身をゆでてシーチキンにして、チャーハンに混ぜれ
ばいいか」
 あけみさんは楽しそうにつぶやきながら、冷凍庫のなまものに火を通していった。雨
のせいで蒸し暑くなるのを覚悟したが、それほどでもない。もともと涼しいのだろう。
生肉や魚もすぐには腐らないかもしれない。少なくとも火を通しておけば、2、3日は
持つだろう。また、売店にはポテトチップスやカロリーメイト、チョコレート、飴など
がある。ジュース類もたくさん置いてある。4人ならば1週間くらいは楽に生きていら
れるだろう。
 生きていられる?
 まるでここが、文明社会から遠く離れた無人島であるかのように考えていたことに気
付き、ぎょっとしてしまった。
 2時間くらいでようやくあけみさんはガスを止めた。
 「みなさん、ありがとう。何とかこれでいいでしょう。何かお昼ごはんを作りますか
ら座ってて下さい」
 大宮はレストランの椅子の一つにぐたっと座り込んで、タバコを吸い始めた。阿部は
ポケットからフラボノガムをだして、口に放り込んだ。
 私は厨房に残った。
 「何か手伝いましょうか」
 「いいのよ。疲れたでしょ。座ってて下さいな」
 「大丈夫です」
 「そう?それならカウンターからコーヒーを持ってきて、このコンロで暖めて下さる
?」
 私は言われたとおりにした。





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