#2291/3137 空中分解2
★タイトル (RAD ) 92/10/21 15:31 (104)
野生児ヒューイ 第一部(6) 悠歩
★内容
野生児ヒューイ 第一部(6)
悠歩
「どうした!? 母さん!」
ヒューイが母の異変に気付き、慌てて起き上がってきた。
「マ…マリアさんの咳が止まらないの! とても苦しそうだわ…」
必死に背中を擦りながらティナはヒューイに訴えた。
「ちょっと待って。今…薬を…」
ヒューイは底の浅い木製の椀を取り、その中に入った薬草を擦り潰して混ぜ合わせ
たものをマリアに飲ませた。
ややあって、マリアの咳は少し落ち着いたが、それでもなおその呼吸は苦しそうだっ
た。
「ティ…ナちゃん」
切れ切れの息でティナの名を呼ぶ。
「はい?」
「歌を…歌って…下さ…る…かしら?」
「歌…ですか?」
「そう…出来…れば…讃美歌が…聞きたいわ」
言い表せない不安を胸に抱いたまま、ティナはこの願いに応じた。
マリアをヒューイに預けて立ち上がると、両手を胸の前で合わせゆっくりと歌い始
めた。
『慈しみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを とり去りたもう
こころの嘆きを 包まず述べて
などかは下さぬ 負える重荷を』
ヒューイはこの聞き慣れぬ不思議な歌を、そしてマリアは幼き日に父母や幼なじみ
のジョン達と供に教会で歌たった懐かしい歌を静かに聞いていた。
「ヒューイ」
ひとつ、ふたつ、咳をしてマリアは愛しい我が子に語り始める。
その間、ティナは一生懸命歌い続けた。
「あの子と、行って上げなさい…、多分…あの子の…望みは叶わない…でしょう…。
それでも…あの子が行きたい…と…言うのなら…あなたは…行かなければ…なりませ
ん」
洞窟の入口から入ってくる僅かな月明かりのなかでも、マリアの顔色の悪さははっ
きりと分かった。
「母さん…」
ヒューイは今にも泣き出しそうな顔で母の話に耳を傾けた。その声は次第に低く、
途切れ途切れになっていたが、ヒューイは必死に耳を立てて一言も聞き漏らすまいと
している。
「あなたは…男の…子…なの…ですから…」
ヒューイはそっと頷いて見せた。
青ざめた顔でマリアは満足げに微笑んだ。
「いま…分かり…ました…私が…この…世界に来た…のは…あなた…とティナを…会
わせる…た…め。ジョン…私も…あなたの…元…へ………」
今、静かにマリアは天に召された。
「…母さん」
ティナの歌う讃美歌は、いつの間にか嗚咽に変わっていた。
ティナは自分がとんでもない誤解をしていたのではないかと思っていた。
朝になり、マリアの死を知って集まった村人達はそれは厳かにその埋葬を行った。
そのことに一番大きく力を貸したのがティナにとって”野蛮人”の象徴にも思えた戦
士頭のガルフだった。
マリアは村の近くの小高い丘へ埋葬された。そこが村人達の墓場らしい。
マリアの亡骸を埋葬した後、皆は手を胸にあてガルフが何やら祈りの言葉を唱えた。
それはティナの知るキリスト教の弔いに良く似ていた。
『行くのか? ヒューイ』
ガルフはおもむろにヒューイに尋ねた。
『ああ、行く。それが母さんの望みだったから』
『そうか… 残念だな。これからたっぷりと、貴様を鍛えてやるつもりだったんだか
…』
『帰ってくるさ、ここには父さんや母さんが眠っている。それに俺がいなければあん
たの後の戦士頭が決められないだろう?』
『フフフッ。言いやがる』
村人達に見送られ、ヒューイとティナは旅立った。
「俺、村から離れて旅をするのは初めてなんだ」
村からしばらく離れた場所で、やや前を歩くヒューイが陽気に言った。
(呆れた。この子、お母さんが亡くなったばかりだと言うのに)
何故もこんなに陽気にいられるのか? ティナには理解しがたい。
そのとき、ふと、ヒューイが立ち止まったので一瞬自分の思ったことが聞こえてし
まったのかと焦った。
「ティナ、お前…母さんの匂いがするな」
「えっ」
ティナは自分の袖に鼻を充てて匂いを嗅いでみた。言われてみればマリアの匂いが
移っているような気もする。
「すまないが、俺に少しだけ時間をくれないか?」
「? え、ええ、いいわよ」
どういう事か理解は出来なかったがティナはその申し出に応じた。
ヒューイはさっと後ろを振り返り、ティナの顔を見つめた。ティナははっと息を飲
んだ。信じられないことだったが、ヒューイの目に大粒の涙が溢れていたのだ。
ヒューイはティナの胸にすがり、大声を上げて泣き出した。
「母さん、母さん、母さん……………!!」
そこには母を亡くした悲しみにくれる、少年の姿があった。
「ヒューイ…」
ティナは少年の髪を優しく撫でた。
「さあ行こう! ティナ」
一頻り泣いた後、再び元気な野生児の姿を取り戻したヒューイが言った。
「ええ」
元気にティナが答える。
二人は友に手を取り、密林の中を駆けて行った。
ティナは父を求めて
ヒューイは冒険を求めて
彼らの行く手には深い密林が何処までも続いていた。
【第一部・完 第二部へ続く】