AWC 後戻りはできない(2)      ゆうた


        
#2085/3137 空中分解2
★タイトル (AQA     )  92/ 8/22   6:29  (200)
後戻りはできない(2)      ゆうた
★内容


 裏路地は相変わらずじめじめと不衛生なところであった。

 隴は何人かの子供達を養っていた。みな何の繋がりもない子供だったが、親兄弟が
奴隷として異国の地で生活を送らされているの子供ばかりで、偶然拾った隴が親同然
に育てているのだった。

 甲冑の一部を街の質屋へ売り、食べ物をいつもより多く手にいれた隴は、意気揚々
といつも子供達が生活をしている路地へ行った。
 「みんな、無事だったか、心配かけて悪かったな!」
 隴が子供達の前に躍り出て叫ぶと、はじめ、子供達は兵士の格好をした隴をみて
逃げ出そうとしたが、すぐに隴とわかり、口々に、おかえり!、と叫びながら隴に
抱きついてきた。しかし、はじめ不安が解れた明るい表情を浮かべていた子供達は、
段々俯いて、そのうち目に涙をためて嗚咽をはじめる子供もいた。
 「隴兄ちゃん、しんちゃんが・・・、兄ちゃんの真似して果物をボクたちに持って
きてくれようとしたら、追ってきた人に殴られて、いくらゆすっても動かなくなっち
ゃったの。ボクたちどうしたらいいのかわかんなくて・・・。」
 「なにっ!」
 今子供達の話にでてきた「しんちゃん」というのは、「矧」という隴の実の弟で、
子供達の中では一番の年長で、それだけに責任感のある少年だった。隴は矧を一番
可愛がっていた。
 見れば路地の暗がりに横たわる矧の姿がある。目を切なそうに見開いて、口からは
なにか気味の悪い色の液体がこぼれている。外傷は頭の浅い傷以外に見当たらないと
いうのに、隴が駆け寄っていくらゆさぶってもやはり矧は目を動かすことはなかった。
 隴は体中が熱くなっていくのを感じていた。目が落ちそうなほど頭に力が入った。
固く握り締めた拳から汗が一滴二滴と垂れて、砂地に墜ちた。空気は普通に吸っている
のに、吐く息が細切れになっている。
 「矧・・・?」
 語りかけるように隴は言葉をかけた。やはり返答はなかったが今の隴にはそんな事
はどうでもよかった。
 「悪かった・・・。」
 声色が更に震えている。歯ががたがたと鳴って背筋に冷たいものが走った。


 この国が侵略されたのは八年前であった。当時隴は五つになったばかりの稚児。
 隴は比較的大きな商人の家の長男だった。二つになったばかりの矧を抱いた母親と
各地を転々として侵略者の手からの逃亡生活を続けていたが、一昨年母親が今の矧と
同じ理由で殴殺された。父親は当時、既に奴隷として連れていかれた後だったので、
隴は少しかじったことのある体術を駆使して、二年間、矧と、同じような境遇の子供達
を養ってきたのだ。
 五年間という間ではあったが全うな生活を味わったことのある隴に対して、矧は
生まれてこの方、はっきりと「生活」というものを味わった経験がなかった。盗みを
日常のこと、殺しを当然のことと信じて今迄生きてきた矧を見る度、隴の胸はきりりと
痛んだ。
 矧は隴のする数々の悪事を生きていく為と納得していた。「全う」な感覚など矧の
中では培われたことなどなかっただろう。
 それが隴にとって不憫でならなかったのだ。


 暫く矧の骸を抱き上げ、虚ろな目を矧の背中にむけていた隴は、背後に子供達の視線
を感じると、ごく小さく頷いて立ち上がった。
 「河原へ行こう。」
 言葉を少し発しただけで何か込み上げてきそうだったので、隴はそれから何も言わず
に骸を抱きかかえた。
 路地を抜け、都を抜けて近くを流れる河の端へ行った。河原の石で小さなボール状の
型を作り、それから近くの林から落ちた枝を拾ってはその底に敷き詰めていった。
 「矧の着物を剥いで。」
 隴は背後でもじもじしている子供達に命じた。
 「しんちゃんをどうするの?」
 子供達はそう聞き返そうと口を開きかけたが、隴があまり恐ろしい目で見据えるので
みな一様に口を噤んで、矧の着物を、一枚、また一枚と剥いでいった。
 「お前たち、よく見ていろ。目を逸らせるな。いいな。」
 子供達は怪訝そうな面持ちで頷いた。みな何がおこるかが全く予想がつかなかったの
だ。
 隴は腰に差してあった剣を取り出すと、冷たい石の上におかれた矧の骸に向かって、
それを思い切り振り下ろした。
 じゃばっ、と音がして矧の首が転がった。次に胴、手、足。固まった血の塊と、まだ
固まっていない血がふきだしてきて、目を大きく見開いたままの子供達と、血走った
眼を矧にむけたままの隴の体を紫に染めていった。
 「この先、俺だけじゃなく、おまえ達のうち、誰かが死んだらこうするんだ。」
 隴は火をおこすと、棒に串刺しにした矧の肉片を焼き始めた。
 「やだ、やだよ!矧ちゃんを焼かないで!ボク、食べたくない!」
 子供達のうちの一人が悲痛な叫び声をあげた。実はこの子供、以前、矧から同じもの
を食べさせられたことがあったのだ。その時も同じ方法で、裏路地に転がっていた新し
い死体を焼いたものだった。
 その子供は燃え盛る火の中に手を入れると、矧の腕にあたると思われる部分を掴み
出して河に向かって投げた。
 「莫迦野郎っ!なんてことをしやがる!」
 怒鳴るなり隴はその子供の頬をひっぱたいた。背中から河原の上に転んだ子供は、
けほ、けほっ、と咳こんで涙を流している。
 「喰え。」
 隴は脅すように低い声で言った。肉を取り出して怯える子供達に握らせると、自分も
少し離れた土手でその肉を口にした。
 「矧・・・、これがお前だったんだよな。こんなものが俺といつも一緒に笑って、
話して・・・いたんだよ、な。」
 隴は、ふうっ、と鼻から息を抜くと、また肉にかぶりついた。
 いつだったか、隴と矧は町外れの農家の鶏小屋を破ったことがあった。その時、矧が
大活躍をし、鶏を1週間分も手にいれたことを隴は思い出している。その時あの子供達
と食べた鶏の丸焼きの味が、今の矧と、そっくりだった。
 「ハハ・・・、情けねえ。」
 歯を、ぎり、と鳴らすと、さっきまで胸のあたりに溜っていたものが一気に吹き出し
それが大粒の涙となって頬を伝った。何度も何度も腕で涙を拭ったが、気をおさめよう
として空を見上げるたび、かえって溢れるそれをとめることができなくなっていた。

 遠くからではあったが、それを呆然と見ていた子供達も唇を噛み締めて俯いていた。
隴の辛さと気遣いを、今になって知ったからだった。
 「紫の斑点が体に現れたら、早く肉を食べなきゃ死んじゃうんだって、兄ちゃんが
言っていたよ。」
 ひとりの子供が、そんな矧の言葉を、ふっ、と思い出して自分の袖をたくし上げてみ
ると、他の子供達も同じように思い出して袖をたくし上げた。そして子供達が見たもの
は、自らの腕にひとつの例外もなく浮かび上がる、紫色の気味の悪い斑点だったのだ。
 「隴にいちゃん・・・、ごめん。」
 子供達の中にもすすり泣きが聞こえたが、それはすぐに肉を貪る音にかわった。
 「おいしい・・・。」
 べそをかきながらも、その肉をすべて食べ終えると、あとには炭と石、それから白い
骨だけが残った。

 目をつむったまま土手の上で大の字になっていた隴の耳元に黄色い声が響いた。
 「隴兄ちゃん、さっきはごめんね。」
 驚いて目をあけ、上半身をおこした隴は、その目に、先刻自分が殴った子供をとめて
いた。きょとんとする隴を前に子供も困惑の色を隠せなかったが、すぐに子供の心を
くみ取った隴は、その小さな肩を抱いてつぶやいた。
 「痛かったろう・・・?俺こそ・・・ごめんな。」
 足元には他の子供達もにこにこと笑顔を浮かべて座っている。
 「おまえら・・・。」
 「ごめんね、隴兄ちゃん。あたしたちも、隴兄ちゃんをちょっとだけ嫌いになっちゃ
ったの。でも違ったんだよね。矧ちゃんの体を無駄にしちゃいけなかったんだよね。」
 「ボクたち、ひとつずつ矧ちゃんのかけらを持ってきたの。」
 見れば子供達が手に手に持っているのは食べたあとに残った矧の白い骨だった。
 隴は無理に微笑むと、腕を見せるように、と言った。子供達はまたあの気持ちの悪い
斑点を見なければいけないのかと恐る恐る袖を上げた・・・が。
 「あ、薄くなってる!」
 「ははは、そんなことはねえさ。そんなにすぐ薄くなるもんじゃねえ・・・が、おま
えらがそう感じる、というのはおまえらの体の中で矧が一生懸命に悪いところを払って
くれているからさ。」
 「矧ちゃんが・・。」
 「あたしたちって、矧ちゃんに何もしてあげられなかったのに・・・。」
 ふっ、とひとりが口をつぐんだ。
 「考えることはないさ。おまえらができることは、矧がまだ生きていられた分だけ
生きること、それだけだ。・・・わかるな?」
 「うん、・・・うん、わかった!」
 「行くかっ!」
 「うん!」
 隴は、ぴょん、と飛び起きると、子供達の手をひいて別の街へと歩いていった。

 秋の空はどこまでも高く、雲もまた上の方まで吸い込まれていくようだった。
 ふと立ち止まって振り向くと、河原の方から空に向かって光の帯が棚引いていた。
帯は次第に煙のようになり、そして少年ひとり分くらいの大きさになって空高く
上っていく。
 (矧・・・笑ってる・・・。)
 遠くて顔つきは判らなかったが、確かにその光が隴に向かってほほ笑みかけたのが
見えていた。

 それきり隴は振り向くことはなかった。土手の上の砂利道をどこまでもどこまでも
歩いていきたかった。

                   ・

 (今、俺は十七。矧も生きていれば十六か。あいつらももう相当大きくなってるだ
ろうな・・・。)
 隴はあの時と同じように空を見上げた。冬の空は雪の白さが映えて、空も見納めと
なる寂しさを唆っていた。
 (あれからいろんな人間を殺してきた。生きるためだ、と一生懸命に自分を正当化
しながら。去年、最後にこの街の警察隊に囲まれた時も、襲い掛かってきた奴等から
あいつらを守るために。だが結局今俺はこんなところに縛り付けられて死を待つだけ
となっている。)
 (俺は賎民として一生を終えるのか?)
 ふっ、とそんな考えが隴の脳裏にうかんだ。

 「覚悟はいいか。」
 「何を今更。」
 「それでいい。」
 手があがった。一本目の槍が隴の脇腹にあてられた。

 「待て、待て、待ていっ!」
 突然、観衆の後ろから大声があがった。みな、何事かとその声の主に注目した。
 「その処刑、認められぬっ。その男、我々が頂いていく!」
 どおっ、とどよめきが観衆の中に広まり、中に一本の道ができた。
 「おっ、おまえ!」
 隴は驚いた。まず観衆の後ろに百人もの少年が武装して控えているのにも驚いたが、
それ以上に。その少年達を率いているのが、去年離別した「子供達」のうちのひとり、
五年前に隴が頬をぶった、あの子供だったのだ。
 「隴兄ちゃん!俺達の仲間だ。」
 彼は後ろの少年たちを指して言った。
 「この一年、ずっと探してたんだ。俺達を守ってくれた隴兄ちゃん、警察隊の奴等
にやられて散り散りになったきり、ずっと探してた。俺もやっと兄ちゃんに礼ができる
ようになったんだよ。」
 「なにを戯れ言を!この男は私達警察隊が処理する!引っ込んでいろ、豎子めっ。」
 脇に控えていた男達が口々にどなりつけても、少年達は少しも動じない。ごく普通に
隴に歩み寄ると、縄を切って隴を下ろした。
 「うぬ、ものども、かかれえっ!」

 少年達と、警察隊の衝突がはじまった。
 「隴兄ちゃん、今のうちに!裏に馬が用意してあるんだ!」
 「でも、あいつらの命が・・・。」
 「大丈夫!負けはしない!」
 「おまえ・・。」
 「俺達、賎民で一生を終わるなんて嫌だ。この国を侵略者の手から取り戻して、せめ
て、これから生まれてくる奴等には親父もおふくろもいる幸せを味わわせてやりたいん
だ。それには、隴兄ちゃんの力が必要なんだ。あれから、いろんなことを隴兄ちゃん
から教わったけど、やっぱりまだ俺達だけじゃ足りない。一緒に戦おうよ!」
 「・・・・・・・・、ああ!」
 闘いははやくも少年達の優勢のまま終幕をみようとしている。

 国同士の辛い戦争によって生み落とされた、大きな不幸をせおった子供達。自らの
名を奪われ、「賎民」として生きる悲しみを味わう者が、一人としていなくなることを
祈りつつ、彼らは長い戦いをいまはじめようとしていた。

                            おわり




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