#1893/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 92/ 6/27 15:20 (181)
殺人事件殺人事件 [6] 永山
★内容
7 密室
名輪潜生という男が死んだ。彼こそ先の撮影−−蜂八が殺された−−におい
てカメラマンをしていた男である。
現場は、名輪の家の庭にあるプレハブ小屋である。これは名輪がカメラの道
具を置いたり、個人的写真を撮るためのスタジオに使ったりするための小屋で、
名輪は仲々に金持ちの息子であったのだ。
死後八〜十時間経った午前七時頃に、撮影に呼びに来たH出版社員が発見し
たというから、死亡推定時刻は「昨日」の午後九時から十一時ってところ。
「家屋の方にはいないようでしたので、庭の小屋に回ると、入口には鍵がかけ
てあって。それで中を窓から覗くと、名輪さんが倒れているのが見えて。目を
見開いてましたから、こりゃひょっとして死んでるな、なんて思い、そのまま
近くの公衆電話で110番しました」
片倉刑事の話によれば、第一発見者の言葉は、こんな風だったと言う。
死因は窒息死。屋根からネクタイで首吊り自殺をし、そのネクタイが切れて
しまった状況を呈していたが、首の締め跡から他殺であることは明らかだとい
う。なお、ネクタイの持ち主は不明。
それから第一発見者の言葉にあるように、小屋は密室状態になっていた。自
殺を装った他殺だったのが見破られた訳で、無意味な密室となるのだが、やは
り解かねばなるまい。
「ふーむ、密室殺人とはの。それで鍵の構造は?」
片倉刑事の説明を聞いていた山口さんは、一気に興味をひかれた様子で、身
を乗り出してきた。
「はい、入口のドアは外開きで、大きな錠前が付いています。錠前の鍵は被害
者の胸ポケットの中に……。あ、被害者は普通のシャツを着ていたんです。こ
の錠前は当り前ですけど、中から開閉はできません。えーっと、それと出入口
としてはもう一つ窓があって、ここの鍵はクレッセント錠です。ご存知ですよ
ね、三日月型の金属部をつまみで滑らせてロックするやつですよ?」
「そのぐらい、分かっておる。それで?」
「えー、これも内側からロックされていて、糸が通せるような隙間もありませ
んでした。ただし、大きな大きな隙間として、小さな穴がガラスに空いていま
した」
片倉刑事は、奇妙な言い回しを使用した。
「穴?」
「ほんの直径一センチ足らずの穴です。小石か何かが当たったのでしょう。け
れども、この穴にはセロハンテープで蓋がされていまして、密室に関係あるの
かどうか、ちょっと疑問です」
「セロテープとな。それはしっかりと糊付けされていたのかね?」
「いえ、まあまあしっかりしてましたが、手で張ったにしては乱雑でしたね」
「なら、犯人は被害者を殺してからその窓から出、錠前の鍵をかけ、また窓か
ら部屋に入って鍵を被害者の胸ポケットに入れる。そしてテープを窓の穴に緩
めに張って、穴からは糸を通して窓のつまみに引っかけておいて外に出る。窓
を閉めてから糸を引っ張れば施錠されて、密室ができる。テープは小型掃除機
で吸い付ければいい」
「その方法は、警察がすぐにやりました。が、角度的にどうしても施錠されな
いんです」
「うむうむ、面白い! 合鍵の可能性は?」
髭を撫でながら、山口さんは顔全体をほころばせた。
「被害者は唯一つの鍵を、絶えず身につけていたそうですから、まずないでし
ょう。無論、殺してから急いで合鍵を造ったこともないとは言えませんが」
「そう来なくてはの。ところで動機を持つような者はおらんのかね」
「今はまだ……。名輪氏は野心家だったが、人当たりはよかったという風評で
す」
野心家で人当たりがよいなんて、矛盾している気もする。
「やはりここは、近子・田沼・斎藤・蜂八殺しの犯人の仕業じゃな。もう一刻
の猶予もならん。今日中に五連続殺人の謎を解き、明日までには犯人を捕まえ
てみせるわい。本岡君、今晩、つき合ってくれるの」
山口さんは勢いを込めて、私に言ってきた。
こうして一晩、私と山口さんは二人で考え、何とも都合よく、一つの解釈を
見つけたのだった。それはまずまず、合理的だったので、片倉刑事に連絡し、
謎解きをするので関係者を集めてもらいたい、場所は最後の被害者・名輪の小
屋がいいと指示した。刑事の方も山口さんのやり方を知っているので、心よく
かどうかは知らないけれど、ともかく承知してくれた。
三.解決
1 山口伸の謎解き
翌日集まった顔ぶれは私の他は、山口さん、片倉刑事、愛染君子、松木信道
そしてH出版からの立会人という形で川上さんといった面々である。
松木と顔を合わせるのは久しぶりであったが、元々そんなに親しいのでもな
いので、言葉を交わすこともなかった。
全員が顔を揃え、片倉刑事が山口さんのことを紹介した上で、当の山口さん
が話を始めた。
「よく来て下さったの。もったいぶらずに早速、わしの推理を話して聞かせま
しょう。殺人現場に長々といるのは、気味が悪いですからのう。
さて、まずは田沼由紀さんが殺された事件からじゃ。この人は、後に殺され
た斎藤由紀君の恋人ということなんじゃが、殺しの動機は斎藤が田沼をふった
ためらしい。田沼にしつこくつきまとわれるのがうっとうしくなった斎藤は、
ある人Xに殺人を依頼した。正確に言うと、Xが斎藤にアリバイ工作を頼んで
来て、その見返りとして田沼殺しを頼んだと考えられる。言うなれば、半交換
殺人型共犯じゃ。
Xは田沼を殺してやり、その後、X自身が殺したい愛染近子さんを殺す折、
ハム通信の技術を持つ斎藤にその腕を奮ってもらい、アリバイ工作を手伝って
もらった。そしてXは斎藤が裏切らぬ内に殺してしまい、アリバイ証人となっ
た蜂八さんも用済みなので殺した」
「ちょっと。ハム通信なんてことが出てくるとこを見ると、私が犯人だと言い
たい訳?」
愛染君子が口を挟んで来た。彼女が犯人であろうとなかろうと、当然の行為
であろう。
「そうじゃよ。愛染君子さん、あんたこそがX、つまり今度の五連続殺人事件
の犯人じゃ」
「馬鹿らしい。私がその斎藤とかいう人と知合いだったって証拠は? どうし
て私が名輪さんを殺さなくちゃならないの? それから……」
「まあ、そう一度に言わんでも、順に説明するわい。そうじゃな、近子殺しの
アリバイから崩そうかの。だいたい、アリバイとは簡単に成立するもんじゃな
い。例えば本岡君、君はこの一連の殺人事件の内、アリバイが成立しているも
のがあったかの?」
突然話を振られ、私はまごついたが、何とか口を開く。
「え? い、いえ。ありませんでした」
「彼の言葉を聞いても分かるように、アリバイの成立は本来、非常に難しい。
君子さん、あんたのアリバイはあまりに都合がよすぎる。作為の跡が見られる
こいつは、崩すことは可能とみた。
当日、あんたは午前六時頃、自宅を自転車で出発。午前七時四十分頃に妹の
アパートに到着。室内に入れてもらい、隙をうかがって、花瓶で近子を殴り殺
す。そして午前七時五十五分、蜂八からの電話がかかって来る。あらかじめ頼
んどいたもんじゃ。五分間話したところで斎藤から借りたハム通信の道具で、
斎藤から送られてきた<何年何月何日、モーニングコール!>という声を受信
し、蜂八に聞かせる。その後も少し話してから怪しまれんように電話を切る。
午前八時四十分までには証拠を遺していないか確認して、近子の部屋を出て、
午前十時三十分頃に自宅に帰り着いた。これならあんたのアリバイは成立せん」
「黙って聞いてれば。じゃ聞くけど、蜂八さんにどうやって近子の家の電話に
かけさせるのよ。彼女は私の家の電話番号を正しくメモしてたでしょう」
「それは解決済みじゃ。蜂八は物覚えが悪く、計算力も弱かった。あんた、蜂
八に計算の練習をさせたことがあったらしいの。例えば**−5627という
引き算を紙でやらせれば、蜂八の筆跡で**−5627という数字ができる。
もちろん、電話番号としては**−5621の方を教えればいい。事件後、蜂
八の家に行って、メモをすり替えることくらい、造作もないじゃろ。
次に行ってよいかな? 黙っておるとこを見るといいんじゃろう。で、その
後何日かして、あんたは斎藤の裏切りもしくは脅迫を恐れ、彼を殺す。あんた
に表面的な動機はないから、別に工夫もせずにただ殺せばいいんで、楽じゃっ
たの。それで、あんたと斎藤が知合いじゃったという証拠じゃが、決定的な物
はない。しかし状況証拠ならある。斎藤がスクラップしておった近子殺しの記
事じゃ」
「ちょっと。そんな物、何の意味もないじゃない。その人が、殺人事件の記事
を集めるのが趣味だったのかもしれない」
「違うの。斎藤は近子殺しの記事しか集めておらなんだ。殺人なら何でもいい
ってんじゃない。
それよりも、もう一つ証拠がある。斎藤が死に際に遺したマツーキという血
文字じゃ。初め、これは松木君、君のことを指しておるのかと思っておった」
山口さんに指さされ、松木は手を大きく顔の前で振り、「いいえ。とんでも
ない!」と言った。考えてみれば、松木がここでしゃべった唯一の台詞だった。
「もちろん、そうじゃとも。斎藤は愛染君子、あんたのトリックを示したかっ
たんじゃ。マツーキでなくてマツ−キじゃ。松の字から木を引けば、ハムが残
る。こいつはハム通信を使ったということを示しておったのじゃ」
「馬鹿らしい……」
君子はそう漏らしたが、それ以上は何も言わなかった。
「次は蜂八殺しじゃ。あんたはスタジオ内を、ライトを消すことによって闇と
し、蛍光塗料を目印とした蜂八の腹部を凶器で刺した。おっと、口を挟まんで
もよいわ。凶器の隠し場所じゃろう? これは推測なんじゃが、あんたは細い
果物、そうじゃな、バナナなんかいいではないかのう。バナナを凍らせそれを
削り、刃物を作ったんじゃ。これなら犯行前は、セットの一部にあったという
果物の盛りつけの中に隠せるし、犯行後は食べてしまえば永久に見つからん。
どうじゃな」
「ふん。じゃあ、名輪さんを殺した理由は?」
「名輪氏は、蜂八殺しのときにフラッシュを焚いたと聞いておる。他の人には
見えなかったんじゃが、名輪には犯人が蜂八を殺すシーンが見れたんじゃなか
ろうかね。名輪は愚かにも、あんたを脅迫してきた。底々に金持ちの名輪は、
金を要求せずに、身体でも要求して来おったかの。続けんでもいいじゃろ。動
機は明白じゃい。
ついでに密室殺人も解かんとの。あんたは写真を撮ってくれとか何とか言っ
て名輪の家に行き、この小屋の中で撮影してもらう。結構暑いから、名輪はネ
クタイを外すじゃろう。隙を見てそのネクタイで、あんたは名輪を締め殺した。
最後に密室じゃが、恐らくこうやったんじゃ」
山口さんは急に立ち上がり、カメラのレリーズを取り出した。記念写真なん
かでよく見る、細長い紐状の物で、カメラのシャッターを押す道具だ。
それを持って山口さんは外に回り、窓の例の穴からレリーズを通し、窓を開
け、レリーズの先をクレッセント錠のつまみに当たるように一枚のセロテープ
で固定し、窓を閉めた。そしてレリーズのボタンを押すと、レリーズの先がつ
まみを押し、施錠された。その後、レリーズを引っ張るとテープごとつまみを
離れ、窓の穴を通って山口さんの手元に回収された。セロテープは穴をふさぐ
格好になっている。
「これが密室作製法じゃ」
戻ってきた山口さんが、少し息を切らしながら言った。
「冗談じゃないわ。どれもこれも、妄想を並べ立てて。私が犯人だっていう確
実な証拠はあるの?」
鼻にもかけぬ様子で、愛染君子は怒鳴り声を出した。
が、山口さんも落ち着いたものだった。
「あると思うぞよ。もうすぐ、警察から連絡があるはずじゃ」
そうして山口さんは、片倉刑事に合図をした。刑事は席を立ち、外に出て行
った。どうやら、パトカーに向かったようである。
そして数分後、戻ってきた彼は、山口さんに耳打ちした。
「君子さん、あんたの指紋が出たそうじゃ。先の密室作りに使ったテープから
の!」
山口さんが大声で言うと、君子はガタンと音を立てて立ち上がり、猛烈な勢
いで喚いた。
「嘘、嘘よ! 知らないわ! そんな物、知らないわ! 知らないって」
「話は警察で聞きましょうか」
片倉刑事が、断を下した。
2 エピローグ
犯人は愛染君子だった。
−続−