#1889/3137 空中分解2
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殺人事件殺人事件 [2] 永山
★内容
「まず、愛染君子と近子の、それぞれの電話番号を調べてくれ。次に愛染姉妹
の内、どちらかが携帯電話を持っていないかどうか、調べてくれ。それから証
人である蜂八千鶴子については、全体的に調べてほしいの。よいか」
「はあ……」
「何じゃ。何か不満でもあるのか」
「いや、別に構わないことなんですけど、電話番号なんかは、NTTにでも聞
いた方が早いんじゃないんですか。それより、ここにおられる片倉刑事が、ご
存じなんでは?」
「おお、そうであったな。片倉君。どうじゃな?」
「そうですね、今は分かりませんが、戻れば調べてきますが」
刑事は考える風にして、答えた。
「それなら、電話番号はいい。携帯電話も、NTTは知っておるだろうが、教
えてくれまい? プラスだの箸だの言って」
「プラスに箸? ……ああ、プライバシーのことですか」
「おお、そう。それじゃ。それで教えてくれんじゃろうから、これは君が直接
行って、聞いてきなさい。おまえには出版社に勤めておる先輩とかがおったな。
取材と称して、聞けばよいではないか」
「やってみます」
「うむ、よろしい」
山口さんは満足そうにうなると、今度は片倉刑事の方に向いて言った。
「片倉君は、何か新しいことが分かったら、教えてくれたまえ。無論、電話番
号もじゃ。二人とも、分かり次第、わしに報告するよう、心がけよ」
こうして私は、出版社勤めの先輩、川上佳子と一緒に、”取材”に行くこと
となった。
3 「私」とその交友関係<2.>
川上佳子−−私は、この女性(ヒト)が苦手だ。
アルバイトで、H出版に行ったときに知り合ったのだが、参ってしまった。
言葉巧みに人を怠けさせ、自分はキッチリ、働いているのだ。この人と一緒に
いれば、どんなまじめな人間でも怠けているように見えるだろう、と、そのと
きは思った。
けれども、その後、なんとなくつき合うようになってからは、そうでもない
なと思い直した。その代わりに、言うことをコロコロ変える、身勝手な面があ
ることを知った。ま、実態のよく分からない人ですが、男性にとって女性とは、
みんなこんなものではないでしょうか。
こんなことをうだうだと説明するより、事件の情報が欲しいという読者には、
お待たせしました。
まず、何と言っても大きいのは、死んだ愛染近子はH出版が世に送り出した
作家で、都合がよい。賞を取らせた後は、泣かず飛ばずの状態であり、審査委
員の人が嘆いていた。私も腹立たしい。純文学で授賞しておきながら、風俗小
説ばかり書くんじゃ期待外れも甚だしい。
さらに後で知ったんだが、姉の君子もH出版専属のモデルだったらしい。都
合のいいことばかりだ。
で、愛染君子の家に行ってみたところ、普通の平屋造りの和風建築である。
売れっ子のモデルでも、こんな物かと思いながら、私は川上先輩と共に、部屋
に通された。さすがモデルだけあって、小ぎれいな室内には、数個の装飾品が
あった。
愛染君子は、私も何度かは週刊誌やコマーシャルで見たことがあるので知っ
ている。女性の体の一部を売り物にしているのは、女性蔑視だ、という向きか
らすれば、とんでもないとなるのだろうが、その肌はきれいである。やや、年
は食っているものの、それを感じさせないものがある。もっと若い世代の女性
と変わらないセンスを持っているらしく、そのポリシーからすれば、人気が出
るのもおかしくはない。取材として来ているので、「捜査」は当たり障りのな
いインタビューから始まった。それから本題へと。
「……では、次。お聞きしにくいんですけど、妹さんのことを……」
川上さんは、言いにくそうな表情を持って、相手に接した。
愛染君子の方は、何とも思わずに答えているみたいである。
「ああ、あのこと。別に構わないわよ。私には関係ないことですもん」
「そこまで言ってくれますと、聞き易くなりますわ。妹さんの死をどう思って
ます?」
「さっきも言ったけど、何の関係もない、そう思ってるわ」
表情は変わらない。
「それにしても、何かあるんじゃありません?」
「そうね……。これで私が、妹を殺した犯人を見つければ、一気に私の名前が
売れるから、そうゆう機会をくれたっていう点には、近子に感謝してもいいと
思っているわね」
「そうですか。じゃあ、犯人について、何か」
「誰が犯人かなんて、何も分からないけど、犯人にすれば、殺すからにはその
人なりの理由があったんでしょうから、仕方がないんじゃない。例え、道徳的
にどうあれ、その人自身の道徳には忠実に従っているんでしょうからね」
「それなら、今、この場で、私があなたを殺すとしたら、あなたはどう思いま
す?」
相手のモデルさんも凄いが、川上さんも仲々どぎついことを言う。
「……」
今まで、言いたい放題かあるいは、適当に受け答えしていた愛染モデル嬢が、
初めて返答につまった。だが、やがて口を開いた。
「正当な、私が納得するような、そんな理由があればね」
「そんなもの、あるはずないんじゃないですの。誰だって、殺されるのは、い
いえ、死ぬのだって嫌です。結局は、自分だけが無事ならいい、関係したくな
いと思っていらっしゃるんじゃなくて?」
「……そうなるわね。不可抗力にも。もうやめましょ、こんな話題」
冷静さを装うためか、ふっと横を向いて言う愛染。軽薄な受け答えをしてし
まって、後悔しているのではないか。
「そうですか。でも、次の話題も、あなたにとって、不快な物となりますわ、
きっと」
意地悪げな顔をして、川上さんが言った。その響きには、楽しささえ含まれ
ているのでは……。
「どういうこと?」
「もちろん、事件についてですけど、そのアリバイについて、少し。君子さん
はアリバイがあったおかげで、嫌疑がかからずにすんだんでしたわね。ところ
で、先日の編集会議で、面白い企画が出ましたのよ。何人かの推理作家に、あ
なたのアリバイを破らせようという企画ですの。小さな週刊誌ですから、一流
の作家ばかりとはいきませんけど。それで、アリバイ破りをして下さる作家の
一人から、質問を持ってきたんです。答えていただけます?」
「……いいわよ」
「簡単なことです。携帯電話を持っているかどうかという……」
「そんな物、持っていないわ」
「本当に?」
「ええ、妹だって持っていなかった」
「そうですか。それではこの辺で、帰らせてもらいます」
「何にもお構いしませんで」
最後にやり返してやろうという魂胆か、愛染はアクセントを変えてきた。
川上さんも負けてはいない。
「いーえ、そんなことありませんのよ。こちらこそ、突然、お邪魔して」
「いえいえ、こちらこそ……」
「いえいえ……」
「……」
「……」
二人の、反りの合わない女同士の言い合いは、この後もしばらく続いたので
あった。
さて、報告に駆けつけた私は、山口さんに言った。
「……とまあ、こんな調子でした。こっちとしては、冷汗ものでしたよ」
「確かにな。いくら偽装取材とはいえ、少し乱暴に過ぎる口ぶりじゃないかね」
「はい、後で聞いたんですが、川上さんは愛染モデル嬢のことを嫌いなようで
して。それにです、愛染君子は、川上さんの出版社専属のモデルなんだそうで
す。だから、こんなのでいいんでしょう」
「そんなものかの。まあいい。電話番号の方はどうじゃった?」
髭を撫でて、山口さんは聞いてくる。
「えー、これが大変よく似ておりまして、姉の君子のは**−5627、妹の
近子のが**−5621です」
「そうか、思った通りじゃよ」
「何がです?」
「今は言えん。先に、蜂八千鶴子の方を聞こうかの」
はぐらかすのが好きな山口さんである。
「はい、実は、わざわざ会って調べることもなかろうと思って、又聞きなんで
すが、蜂八千鶴子は、売り出し中のモデルでして、愛染君子と同じく、H出版
社の専属です。容姿は……」
「そんなことはいいから、早く要点を言いなさい」
「はっ。愛染姉妹との関係は、片倉刑事が言ってましたように、姉の君子とラ
イバル兼友人関係にある程度のものでした。近子を殺す理由は皆無です。事件
当日のアリバイは、君子と電話していた三十分だけです。現場への距離的に見
れば可能性はあるでしょうが、いかんせん、動機がありません」
「それだけじゃの?」
「いえ、関係ないと思いますが、一つあります。彼女はかなり物覚えが悪いよ
うです。それに計算力も弱いらしいですね。何しろ愛染君子が、彼女と一緒に
仕事をするその撮影前に、控えの部屋で紙で計算させたことがある程でして」
「そんなことが、よく分かったな」
「ええ。H出版専用の撮影スタジオがありまして、そこの人に……」
「なるほどの。しかし、この事は関係ないぞよ。ま、よう調べた」
「恐れ入ります」
私は頭を下げた。
すると、山口さんは嬉しそうに頬を緩め、注文を出してきた。
「それでついでじゃが、もう一つ、調べてほしいことがあった。調べてくれる
の?」
「何でしょう?」
また面倒を持ち出すのか、と覚悟するしかない。
「ハムの資格を取っておらんかどうか、調べてくれ。愛染君子が取っておれば、
いや、ハムをしたことがあるのなら、筋が通ってくる」
「ハムって、ハム通信のことですか、やっぱり?」
「当然じゃ。肉のハムではないぞよ」
「それはちょっと無理です」
「どうしてかな?」
「だって、私にはハム通信のことが、どう事件に関係しているのか分かりませ
んけど、君子にとって不利となることなら、絶対にNOと答えるでしょう、実
際にはどうあれ。もし、本当にハムをやっているのなら、若い時分に何か手が
かりを残しているでしょう−−例えば、友人と通信のやり取りをしていたとか
−−が、そんなことまで調べようとするのは、私のような素人一人では、とて
もできません。いくら時間があっても足りませんよ。これは警察に任せるべき
です」
「えらくはっきりと言ったな。まあ、おまえの言うことももっともじゃ。片倉
君に頼んでおこう」
山口さんの言葉にほっとする私であった。
そして数日後、山口さんに頼まれ、ハム通信について調べていた片倉刑事が
やって来た。
「どうじゃった」
「残念ながら山口さん、愛染君子はハム通信なんて、全くやったことがないと
思われます。現在においても、過去においてもです。一応、彼女の友人関係も
洗ってみましたが、駄目でした」
「うーむ。おかしいのう。わしの推理に間違いがなければ、ハム通信によって、
君子はアリバイ作りをしたのだと確信したんじゃがのう……」
「それなら、その推理が間違っていたんでしょう」
私が口を挟むと、山口さんはちょっと膨れっ面になった。
「何を言うか、本岡君。わしはこの推理に絶大な自信を持っておる。惜しむら
くは、証拠がないことだけじゃ、と思っておった。それを間違いとは、よく言
えたの」
「しかし−−」
ここで片倉刑事が止めに入ってくれていなければ、私と山口さんは、主従関
係を無視して、口論を展開していたであろう。それ程、私は我の強いところが
あるのだ。
「まあまあ、お二人とも、無駄な言い争いは止めましょうや。一刻も早く、事
件の真相を突き止めるべきでしょう。ともかく、山口さん。その推理を聞かせ
て下さい」
「うむ。では話そうかの」
山口さんは腕がなるようだった。
−続−