#1890/3137 空中分解2
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殺人事件殺人事件 [3] 永山
★内容
「その推理とはもちろん、愛染君子のアリバイを破る物なんじゃが、わしはこ
のことについて、じっくりと推理を重ね、一つの結論を得たんじゃ。その結論
をいきなり言っても面白くないから、そこにたどり着くまでの過程から話そう。
まず考えねばならんのは、君子のアリバイの要点じゃ。つまり、何によって
アリバイが成り立っておるかということじゃな。そうすると、君子のアリバイ
は音によって成立しとることがすぐに分かるはずじゃ。言うまでもないが、蜂
八が電話を通して聞いた<19**年*月*日午前八時、モーニングコール!>と
いう声じゃ。
そこでわしは、この音が偽物じゃったと仮定した。まず、テープレコーダー
に録音した声を流すという手を考えたが、これは無理じゃった。何故なら、番
組の司会者は、年まで言っておるからの。まさか、女性が作り声をして出せる
とは思えん。テープレコーダーに録音した自分の声を、テープの回転速度を遅
くして再生すれば、男の声みたいにならんこともないが、あの司会者そっくり
という訳にもいくまい。片倉君、ちょっと聞いておくが、君子は演劇の経験は
ないんじゃろ?」
「はい、ないように見られますね」
刑事が答えると、山口さんは満足そうにうなずいて、話を続けた。
「これで、作り声の線は消えたと言ってよかろう。次に……」
「ちょっと待って下さい、山口さん。あなたは何を言ってるんです? 例え、
この電話でのアリバイがトリックで、これを解明したとしても、電話は君子の
家にかかってきたものなんですから、何の意味もないんじゃないですか。もし
君子が犯人だとしたら、問題の午前八時頃には、犯行現場にいなきゃならない
んですよ」
と、私は言ってやった。山口さんは、少しの間、ポカンとしていたが、すぐ
に笑い出した。
「おお! そうじゃった、そうじゃった。わしとしたことが、根本的な説明を
するのを忘れとったわい。まだぼけてはいないつもりなんじゃが……。まあ、
それはどうでもいい。
根本的な説明というのを話そう。わしはこの蜂八がした電話は、君子の家で
はなくて、近子のアパートの部屋につながったんじゃと思う。
この考えは、以前の本岡君の報告、つまり、君子の電話番号が**−562
7、近子の電話番号が**−5621というので確信が持てたんじゃ。二つの
電話番号は、下一桁が7と1という風に違うだけで、後は全く同じじゃ。恐ら
く、君子の方が近子の電話番号に似せたのだと思う。
さあて、いよいよここからがアリバイ破りの本論じゃ。事件の前−−蜂八の
物覚えの悪さからして、事件前日じゃろう−−に、君子は蜂八に事件当日の午
前七時五十五分頃に電話かけて来るように頼む。目覚し代わりとか何とか言っ
たら、容易に引き受けてくれたじゃろうな。そのときに、蜂八に電話番号を教
えるのじゃ。ただし、君子自身の番号でなく、近子の**−5621というの
をな。もし元々、蜂八が君子の電話番号を知っておれば、それを言わせ、ここ
で物覚えが悪いという事実を持ち出し、先の**−5621を覚えさせればよ
い。とにかく、蜂八は**−5621を君子の電話番号として覚え込む。君子
の方は、物覚えの悪い蜂八に電話するのを忘れぬよう、何度も念を押しておい
た。
そして事件当日。君子は午前六時過ぎ、うーん、余裕を見て、六時ぴったり
に自転車で自宅を出る。遅くとも午前七時四十分頃には妹の近子の部屋に着く
じゃろ。近子は姉の早朝からの訪問に驚くじゃろうが、そこは姉妹のよしみ、
すぐに部屋に招き入れよう。君子は少し近子と話し込んだ後、隙を見てテーブ
ル上の花瓶を手にし、近子を殴り殺す。これを午前七時五十分にはやっとかね
ばならんな。
そして七時五十五分、君子の家にかけたつもりの蜂八からの電話がかかって
来る。ここで君子は用意しておいたハム通信の道具を使って、自宅で入れっ放
しにしておいたテレビの音を受信し、その音を電話口に向け、蜂八に聞かせる。
五分間話して午前八時になったところで、例の声が入り、君子のアリバイは成
立。それから三十分ほど話をした後、電話を切り、君子は証拠を残さぬように
点検を十分程したかな。こうして、遅くても午前八時四十分には近子の部屋を
出て、午前十時三十分頃に帰り着く。こういう訳じゃ」
山口さんはさすがにしゃべり疲れたのか、大きく息を吐いた。そして言った。
「どうじゃな」
「確かにこれなら君子のアリバイは破れます。しかし、いくつも問題点を含ん
でいます。その一、アパート<O旗荘>の住人に見られる可能性があること。
その二、証人となる蜂八が電話番号について、**−5621だと証言したら、
どうするのかということ。その三、アリバイ作りをしている間に、本当に自宅
に電話がかかってきたり、訪問者があったりしたらどうするのかということ。
その四、これが最大の問題点ですが、君子はどの様にしてハム通信を学んだの
かということ。この四つが特に問題だと言えます」
片倉刑事はきっぱりと言った。対して、山口さんは、少し考えてから言った。
「問題点の一と二と三は、何とか解決できるんじゃないかの。一のアパートの
住人に見られるのでは、というのは、もし見られたとしても、それは妹の近子
の方だと言い張ればいい。作家をしているんだから、それ程、親しい付き合い
をしていたとは思えんしな。二の、もし蜂八が電話番号を覚えていたらという
のは、何の問題にもならない。蜂八は物覚えが悪いから勘違いしているのだと
言えばよい。三のアリバイ作りの間に実際に電話がかかってきたり、訪問者が
あったら、というのは、電話の方は受話器を外しておけば、話し中になる。も
し午前八時三十分以降にかかってきたとしても、受話器の位置がずれていた、
つまり、ちゃんと戻しておかなかったんだろうと言えばいい。訪問者について
はちと苦しいが、テレビの音が大きかったのと電話で話をしていたのとで気付
かなかったと言えばよい。万が一、午前十時半頃に家に戻って来るのを見られ
ても、散歩に出ていたと言えばよろしい」
「成程々々。となると、問題は四だけですか」
「そうじゃな。何か、君子とハム通信との接点はないものかのう」
「あのう……」
「何じゃ、本岡君」
「何もそんな凝った細工をしなくても、よく考えたら、近子の部屋にあるテレ
ビを使えばいいんじゃないですか?」
私は内心、してやったりと思いながら、おずおずと言った。ところが山口さ
んは……。
「ハハハハッハハハハあ。そうか、まだ言っておらんかったか。おまえさんに
は」
「何をです?」
「近子の部屋には、テレビがないんじゃよ」
「はあ?」
私はあっけに取られてしまった。作家なんだから、テレビくらい当然あると
思い込んでしまっていたのだ。私は恥ずかしくなったか、それでも他の答を探
してみた。
「で、でも、君子が小型テレビを持ち込んだとしたら……」
「絶対にそれは違うの。そんなことをしても、音声が凄く悪くなるじゃろうし、
何と言っても、映るかどうか分からん」
「じゃあ……。そうだ、トランシーバーを使えばどうでしょう。あれならそん
なに知識がなくても、使えますよ」
「それも駄目じゃよ。音がどうしても悪くなる。ここはハムでないと駄目なん
じゃな」
山口さんはそう断言した。その後、しばし考えてから、
「証拠を得るにはもう一度、君子の所に行かねばならんようじゃな」
と言い、私に調査に行くように命じた。
愛染君子の家を訪ねるのはもう二度目だったので、今度は私一人で行くこと
にした。
君子は私の訪問を知ると、途端に嫌そうな顔をしたが、それでも中に入れて
はくれた。
私はおざなりの言葉で切り出した。
「売れてきているところだというのに、こんな事件に巻き込まれるとは、大変
ですねえ」
「そんなことより、何をしに来たのかをはっきりしなさいよ。どうせ、私のア
リバイについてでしょうけど」
「分かっていらっしゃるのなら、話は早い」
私はそう言うと、一気に山口さんの推理を話してみせた。もちろん、ある作
家の意見としてである。つまらなさそうにこれを聞いていた君子は、私が話し
終えると、すぐに反論してきた。
「かなりいい感じだけど、違うわね。だって、私は犯人なんかじゃないんだも
の」
「それは認められませんよ」
「そうだと思ってたわ。それじゃあ、仮に私が犯人としても−−もしそうなら、
アリバイ作りなんて面倒くさいことは、最初からしないけれど−−ハム通信の
ことは、どう説明するの?」
痛いところを突いてきた。もっとも、ここを突いてこないような馬鹿はいな
いだろうけど。私は、無表情のまま(のつもり)で答えた。
「そこは、何の根拠もありません。が、きっと見つけ出すと、その作家は言っ
ていますから、見逃してやって下さい」
「そう。なら、しょうがないわねえ。でも、本当にアリバイを破るときに、こ
れを警察から言われても、私は認めやしないわ。それにアリバイを破ったとこ
ろで、心証が悪くなる程度で、殺人の証明にはならなかったんじゃあないかし
ら」
「確かにそうです」
「それにね、千鶴子が電話をかけ間違えるはずがないのよね。だって私、事件
の前の日に千鶴子に電話して、明朝電話してくれるように頼んだときに、私の
家の電話番号をメモさせたのよ。ちゃんと、**−5627と、千鶴子が確認
しているわ。何なら千鶴子の家に行って、調べてごらんなさいよ。きっとまだ、
メモ帳に残っているはずだわ」
「そうでしたか。それじゃ、そのメモが残っていたら、少なくともこのような
アリバイ破りは不可能ということになりますか」
私はこう言い置いて君子の家を出ると、すぐに蜂八千鶴子の所へと向かった。
言うまでもなく、メモの件を確かめるためにだ。
君子から話を聞いていたのか、蜂八はあっさりと中に入れてくれた。急いだ
方がいいと思ったので、私は単刀直入に聞いた。
「……ということですので、メモ帳を見てもよろしいでしょうか?」
「構いませんです」
と言って、彼女は私に電話横にあったメモ帳を手渡してくれた。何枚かめく
って、電話番号らしき物を見つけた。確かに、**−5627とある。
私は蜂八に聞いた。
「これがそうですか」
「ええ。そうだと思います」
「確かに、愛染君子さんから聞かされた番号ですね?」
「多分……」
すこぶる頼りない。
そこで私はメモを借りて、筆跡を合わせに、片倉刑事のとこへ持って行くこ
とにした。
「じゃ、すみませんが、この別の紙に**−5627と書いてくれませんか」
「? いいですけど……。あの、これが何か役に立ったのでしょうか」
「きっと役に立ちますよ」
私はメモを持って山口さんの家に行き、報告してから、片倉刑事に頼んでく
れるように言った。
普通、一般市民が特定の警察関係者を指名してやって来てくれるようなこと
はないのだろうけど、山口さんの場合は昔の事もあって、呼ぶことができるら
しい。
十数分後に片倉刑事がやって来た。事情を聞くと彼は、
「早速、鑑識に回しましょう。他に何か?」
と言った。
山口さんが、今はないと答えると、刑事は忙しく帰って行った。来たと思っ
たら、帰ってしまった感じだ。
筆跡鑑定の結果が出ない限り、他に何も推理することがないので、私も帰る
ことにした。
翌日、私が大学を終えて山口さんの所に行ってみると、すでに結果が入って
いた。電話で知らせて来たそうだが、かなり早い。
「二つの筆跡は全く同じ。**−5627のメモは、蜂八千鶴子が書いた物に
間違いない」
それが結果だった。
山口さんは、この報告に落胆していた。蜂八が電話番号をかけ間違える可能
性が0となってしまったから、当然である。
「どうしたことだ。わしの推理も地に墜ちたかのう」
山口さんは、変な日本語の使い方をした。
「まさか、蜂八と君子が共犯である訳がないし。うーむ、こんな難しいアリバ
イ破りは、生まれて初めてだ」
そんな山口さんを、私はにやついて見ていた。
−続−