#1886/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 92/ 6/27 14:46 (200)
凱旋門から見える街角 2 武雷暗緑
★内容
「どうしました!」
「誰かいます! 暗くて分かりませんが……。あ、窓から逃げ出しました!」
「何? ユニコーンか?」
山元は叫ぶと、フロントにペンチか何かを持って来るように頼んだ。
フロントは渋ったが、諦めたように一階に走り、今度は駆け足で戻ってきた。
ペンチでチェーンを壊そうとする山元だが、手が震えて仲々うまくいかない。
やっとチェーンがちぎれ、中に三人がなだれ込むと、暗くてよく状況が掴めな
い。
と、フロントが気を利かせたらしく、電気が点灯した。
その瞬間、深紅に染まった人の身体が、闇から浮かび上がる!
「真田!」
山元が叫んだ。が、刑事の勘は、真田は死んでいると感じ取っていた。
そして彼は、顔が青ざめているフロント係を落ち着かせると、警察を呼びに
行かせ、パストールには何もさわらせず、他の部屋の客が来ても室内を覗かせ
ないよう指示した。この辺りは、さすがに刑事である。
室内を見て、まず目に飛び込んで来るのは、血の赤だ。床に敷かれた地味な
色の絨毯に赤が重なっている。出血多量が死因かどうか、まだ分からないが、
それにしてもかなりの量であった。
フランス警察の調べでは、死因はニコチンが体内に入ったための中毒死であ
った。
被害者の左手首には刃物のような物で切られた傷があり、そこから毒が回っ
たと考えられた。その凶器は、少なくとも室内では見つかっていない。
フレンチコネクションはなくなっており、パストールの証言から、ユニコー
ンを殺人犯として断定したようだった。
「ユニコーンは犯人じゃありません!」
カーター刑事は、殺人課のラマルク刑事に対して言った。
「奴が絶対に殺人をしない、という伝説のためかね?」
ラマルクは青い目を光らせ、しわの目立つ鼻を隠すようにしながら言った。
歳の割にしわが多いのは、彼の怒り易さを示しているのかもしれない。
「それもありますが、現場には例のユニコーンカードがなかったと聞いていま
す」
「殺人をしちまったんだぁ、置いていかなかったのさ。パストールという証人
がいるんだ、認めたまえ」
「しかしその男は、ユニコーンの姿を見たことがないんでしょう? 私だって
そうだが、そんな素人が見た影を、ユニコーンと断定する理由はない。だいた
い、パストールですか? そいつの証言じゃ、影は四階の窓から逃げたとなっ
てますが、そんなことは不可能です!」
「ユニコーンだから可能だったのかもしれんじゃないか。例えば、四階の窓の
近くには、庭から生えている木の先がある。それに飛び移って降りればいい」
「その木には逃げた形跡なんか、ありませんでした」
「……君。君は殺人事件の捜査をするのか?」
不機嫌そうに口を歪めるラマルク。
「申し訳ありません。勝手ながら、調べさせてもらいました」
「……ふん、まあいいだろう。……では、黒い小型のハングライダーか何かを
使って、飛んで逃げたのだ。ユニコーンがよく使う手じゃないかね?」
「入って来る折はどうします?」
「屋上(十階)から縄梯子を使ってもいいし、地面から行きたけりゃ、吸盤を
使ってビルの壁を昇って来りゃいい。えっちらおっちらとね。奴が今までどん
な手を使ってきたかは、君の方が詳しいはずだが」
ラマルクは皮肉な目をカーターに向けた。
カーターは少し怯んだが、自分を奮い立たせるために大声で反論した。
「しかし! 間違えて人を殺してしまった割には、ニコチンを塗ったナイフを
用意しているなんて、おかしくありませんか?」
「ナイフと断定されちゃいない。まあ、用心のために、怪盗が毒付き凶器を持
っていたからって、不思議じゃあるまい」
「く……。分っかりましたあ! あんたに何を言っても無駄だ。あんたがユニ
コーンを殺人犯人だと断定するのは勝手だ、それが仕事だろうからね。しかし
それは間違いで、真犯人を見つけるのは私です!」
カーターはそう言い切ると、一転、黙り込んで、警察の建物を飛び出した。
「……またアメリカ人が切れたか。ま、勝手に飛び回らせておいても、害には
なるまい」
ラマルクはそう言うと、アメリカ人の真似をしたように大げさに肩をすくめ、
ついで同僚にウィンクしてみせた。
警察を飛び出して来たカーター刑事は、金沢の所にやって来た。
待ち受ける形となった金沢は、刑事が入って来るのを見計らって、パイプを
口から離した。
「どうしたんです、ジョニカタ?」
「ジョンカーターだ! いや、それよりも。まだマスコミには伏せてあるんだ
が、例のフレンチコネクションを持ってここに来た真田氏が殺された」
カーター刑事は、私やフランソワへの挨拶もなしに、いきなり怒鳴り散らし
た。
「何だって? 犯人は?」
さすがに驚いたらしく、金沢はパイプを取り落としそうになった。
「殺人課のラマルクの野郎は、ユニコーンが犯人だと思い込んでやがる。いず
れ、マスコミに発表するだろうよ」
「根拠は何だい?」
金沢に聞かれ、カーター刑事は事件のあらましと捜査の進展具合いを話した。
「……ふうん。じゃ、証拠は、パストールとかいう男が見た以外、何もないの
か」
「そうなんだ。俺は、ユニコーンが殺人をするはずないと信じている。何とか
真犯人を見つけたいんだが、殺人課の連中と険悪になっちまって……」
「それで僕の所へ、か。まあいい。それで? 何かユニコーンが犯人じゃない
という根拠はあるの?」
「うん、奴は予告期日は絶対に守る。今回は『美術祭の間』と言ってきたのに、
ユニコーンが殺人をやったとしたら、その前に来たことになる。これはあり得
ない」
「うーん。いまいち、弱いんだ。とにかく、ユニコーンが殺人犯でないと仮定
してみよう。真犯人として考えられるのは、まず、他の賊が存在したってこと
かな」
「それはないと思う。ここらにいる泥棒はほとんど、宝石なんて金に変えにく
い物は盗まん」
「では、可能性は低い訳だ。となると、この国は初めての真田氏を恨む人間が
そうそういるとは思えないし、わざわざ追って来るとも思えないから……。山
元とかいう刑事がついて来ていたそうだね」
「ああ。仲々ごつい身体付きの男だ」
「万が一、山元氏が真田氏に悪感情を抱いていたとしても、まず、警察関係の
人間が、ここまで来て恨みを晴らすとは思えないな。パストールが嘘をついて
いる可能性は?」
「それは分からないが、嘘をついたにしても、何のためだろう?」
「お金か、雇われてみて嫌なことでもあったか? まだ分からないなあ。分か
るはずもない。密室の方はどうなんだい?」
「それも問題なんだな。パストールが嘘をついていようがなかろうが、現場が
ある種の密室だったのは厳然たる事実だ。窓が開いていたが、ベランダがない
から、隣の部屋から侵入するのは無理なんだ。ドアに鍵はかかっていたが、こ
れは普通に閉めてもロックされるので、無視していい。チェーンロックが分か
らないんだ。あれは内側からしかかけれん」
「推理小説で見かけたんだが、チェーンの輪をペンチで広げて外し、掛けがね
に掛けてからまた閉じるとか、掛けがねの方を壁から外し、外に出た後、瞬間
接着剤で着けるとか、チェーンを磁石で操作するとか、色々な手があったけれ
どね」
「そんな形跡はなかった」
「ひょっとしたら、真田氏はドアの隙間から刺され、チェーンロックをしたま
ま部屋の奥に逃げ、そこで息を引き取ったんじゃないかな」
「いや、それもおかしい。真田氏は手首を切られていたんだから、おまえさん
の言う通りだとしたら、ドアから遺体のあった位置まで、血の痕が点々となけ
ればならない。実際はそんな痕跡はなく、遺体の周りに血溜りがあっただけだ」
「手首を切っただけで、そんな血溜りが? 動脈でも切っていた?」
不可解そうに言う金沢。
「そんな形跡もなかったな。怪我程度のもんだった。うん、こりゃおかしいな」
「密室の謎は解けそうだね。まあ、これを解いても、犯人に直結しないのは痛
いが。それよりも、もしユニコーンが犯人じゃないのなら、きっと連絡してく
るなり、犯人でない証を示すなり、何らかの行動を起こすに違いない」
そう金沢が言ったとき、フランソワが、配られたばかりの新聞を持ってきた。
「ここに出ていますわ」
金沢とカーターは、フランソワが指した箇所に目を近付けた。そこには真田
氏殺害の記事が出ていた。
「何だ、これなら発表されて当然だ」
「違うよ。彼女が言いたいのは、その下さ」
金沢の言葉に従い、カーターはそちらに視線を移した。広告が目に入った。
「何々……『一緒に悪者を見つけたい。CURNINOより ジミーケネディ
へ』だと? 何だいこりゃ?」
「分からないかい?」
「分からないね」
馬鹿にされたと思ったのか、怒ったような口調で答える刑事。
「それは、ユニコーンが君に宛てた伝言さ」
「何を言うかと思ったら! どうしてそんな馬鹿げた発想ができるんだ、え?
理由を聞こうじゃないか」
「まず宛名だ。君の名前はジョンカーターだ」
「それがどうした。ジミーケネディとは全然違う」
「アメリカ大統領に、ケネディとカーターさんていたよね」
「常識だろ」
「そのフルネームはジョンFケネディとジミーカーターだったよね? こいつ
を入れ換えると、君の名前ジョンカーターとここの宛名のジミーケネディにな
る」
「そう言やそうだが……。偶然かもしれん。それにだ、ユニコーンからだとど
うして言える?」
「このCURNINOさ。カルニーノとでも読ますつもりだろうが、ごまかせ
ない。ユニコーンの綴りは確か、UNICORNだった。これを並び替えると、
CURNINOになる」
「ちょっと待てよ……。うむ、確かに!」
指折り数えてから、大声でうなずいたカーター刑事。
「これだけ合えば、偶然の一致とは言えまい」
「しかし、ユニコーンが協力してくれるのはありがたいが、どうやってするつ
もりなんだろう? それに俺は警察の人間だ。もしばれたら、今までのことは
茶番かと、世間から非難の嵐だぜ」
「大丈夫だって。ばれやしない。ユニコーンがうまくやると思う。でも、ユニ
コーンの出方は待ってみるしかないなあ。それまでは地道にやるしかない」
金沢は楽観的に述べた。
予定通りに美術祭は開幕した。もちろん、真田氏から出典予定だったフレン
チコネクションはなかったが、ほとんど支障はなかった。
初日からカーター刑事らは警備に回っていたが、無駄に日にちは過ぎた。真
田氏殺人事件の方はもその後、進展していないであるらしい。
金沢はと言うと、ユニコーンが行動を起こすまではと何もしていない様子だ
ったが、美術祭三日目にして、カーター刑事に呼ばれた。彼の話によると、パ
ストールと山元刑事を美術祭会場に呼び出し、その様子を観察しようというこ
とだ。加えて、彼ら二人のいないホテルの部屋を捜索し、消えたフレンチコネ
クションがないか、調べるのだ。
なお、私も金沢について行くことにした。
「こちらがかの有名な……」
山元とパストールを案内しているのは、にわか知識を仕込んだカーター。金
沢や私は二人に顔を知られていないのだから、割合堂々と二人を観察できた。
カーターが言った。
「ここ、少し空間があるでしょう。真田氏の宝石を置く予定の場所だったんで
すよ。あの宝石、どこに行ったんでしょうかねえ」
山元やパストールの反応は意外となく、平静を保っているようだった。何も
知らないからなのか、虚勢を張っているのか、表情からは分からなかった。
途中、金沢と私は収穫なしと判断し、帰って来てしまった。
結局、何事もなくこの日は終わるかと思えた夕暮れ時、帰る間際になって山
元刑事がはぐれてしまった。カーター刑事から聞いたところでは、見つけるの
に苦労したらしい。
二人を帰したカーター刑事が事務所を訪ねてきた。
「どうだ、金沢。何か感じるとこはあったか?」
「駄目だね。何の反応もなかったよ、僕が見た分では。それより、彼らの部屋
の調べは?」
「いやあ、今、電話で聞いてみたんだが、全く駄目だったらしい。宝石どころ
か、銀紙一切れ出なかったそうだ」
「おかしいな。僕としては、パストールが怪しいとにらんでたんですがね」
「まさか、自分で宝石を持っていたんじゃ?」
思い付きを述べるカーター。
「それはないと思うな。危険すぎるくらい危険なことくらい、誰が犯人でも分
かるはずだ」
「そうだろうな。では、一体どこへ?」
「山元刑事がいなくなったそうだけど、そのときに会場のどこかに隠したとい
う可能性も考えてみた。だが、それにしても刑事が単独犯という可能性は低い
と信じる。もしあるとしても、パストールとの共犯だね」
金沢は相当に日本の警察を信用しているらしく、きっぱりと断言した。
−続く