AWC 凱旋門から見える街角 1  武雷暗緑


        
#1885/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 6/27  14:42  (200)
凱旋門から見える街角 1  武雷暗緑
★内容
 二人の日本人が、慣れぬ海外に出てきて、空港でまごついていた。
 宝石コレクターの真田角尾は、パリ市で開催される美術祭に、氏が所有する
宝石「フレンチコネクション」の出典を依頼され、日本から飛んで来たところ
である。彼は、友人で刑事の山元義隆を用心棒として連れて来た。
 山元は休みを使っているとは言え、金がもらえ、ただでフランスまで行ける
のだから、喜んで着いて来た。
 ところが二人はフランス語が全く駄目なので、真田は現地の通訳も雇ってい
た。その男、パストールと空港で会う約束なのだ。
 目印はお互いの胸ポケットに入れた白いハンカチ。
 見つからないでオロオロしている真田と山元に、肩まで髪がある、整った顔
だが少し垂れ目の中背の男が近付いた。
「日本から来た真田角尾氏に山元義隆氏ですね。パストールです」
 男は二人に向かって、鮮やかな日本語で話しかけてきた。
 山元は、その男の若さに少し不安になったが、とにかく、ほっとしていた。
「助かりました。世話になります。えー、日本警察の山元です」
 いかつい顔に似合わず、丁寧な言葉で刑事は言った。
 真田の方は雇主ということもあってか、落ち着いた様子で言った。
「ウム、ご苦労。早速だが、案内してもらおうか」
「はい、表にタクシーを用意してます」
 パストールはそう言うと、二人をタクシーの前まで案内した。真田と山元は
後部座席、パストールは助手席に座った。真田の膝の上には、宝石の入ったア
タッシュケースがある。
 タクシーが動き出してから、真田はパストールに聞いた。
「これからどこに行くのかね」
「パリ市役所です。市長代理にお会いしてもらって、その後、展示会場に行き、
宝石を出展していただきます」
「そうかね。では、到着したら起こしてくれたまえ」
 真田は言うと、すぐに眠り出した。山元も同様で、最初は用心棒ということ
で辛抱していたのだが、やはり旅の疲れが出たか、眠くなってしまった。
 どのくらい走ったのだろう。タクシーは市役所らしい建物の前に止まってい
た。真田と山元は、パストールに起こされて、ふらふらと車外に降りた。
 降りた途端、足元のおぼつかない真田に人がぶつかって来た。
「ごめんよ!」
 フランス人らしいその人物は、そう叫んで足早に去って行く。
「何だあいつは、失礼な……。あっ、まさかスリじゃないだろうな!」
「まさか、真田さん」
 言葉とは裏腹に、落ち着かない山元。
「山元君、すぐに調べてくれ」
 真田はアタッシュケースを山元に渡し、調べさせた。山元はケースを開けて
みて、胸をなで下ろす思いになった。
「何ともありません」
「そうか。ん? おい、ちょっと待て。そのケースの底にあるのは何だ?」
 真田はこう叫び、その物をはぎ取った。
 それはトランプくらいの大きさで、プラスチック製のカードだった。フラン
ス語で何か書かれてあったので、パストールに渡す。
 パストールはカードを見て驚いた様子で、山元にせかされてようやく答えた。
「まず、訳します。『親愛なる真田角尾氏へ。パリ美術祭開催中に、貴殿が出
展される”フレンチコネクション”を頂きに参上する。心の準備を忘れること
なく。 市民のユニコーン』とあります。ユニコーンと言うのは、今、フラン
スを騒がせている怪盗なんです」
「怪盗?」
 山元はそれっきり、絶句した。
 真田も似た反応を示す。
「怪盗? そんな者が現代にいるのかね?」
「はい。このユニコーンがそうです。ある新聞社がユニコーンの特集を組んで
るくらいです。その内容を思い出してみます。変装は自由自在、盗む予告の時
と盗み終わった時にはユニコーンカードをいつも遺して行く。警察の裏をかき、
盗みはするが、殺人は絶対にしない。弱者の味方。今までの経歴は……」
「もういい! まるっきり義賊じゃないか」
 真田の言葉に呼応して、山元が、
「そうだな。まるでフランスの英雄、アルセーヌルパンみたいだな」
 と皮肉を込めて言った。警察の人間だけに、余計にこんなタイプが好かない
のだろう。
 パストールが言った。
「言うまでもありませんが、ユニコーンは、盗むと言った物は必ず盗みます。
でも一応、警察に知らせた方がいいです」
「ううむ、分かった。知らせてくれ」
 こうして予定は大幅に変更され、彼ら三人は警察で事情を話した。
 聞き終えた刑事が、たどたどしいフランス語で言った。
「なるほど、それでは美術祭の間、警備にあたらしてもらいます。私、ジョン
カーターと言います。よろしく」
 たどたどしいと思ったら、名前から分かるように、この刑事は英米人であっ
た。後になって知ったことだが、カーターはアメリカの刑事で、ユニコーンが
アメリカで「活躍」していた頃、その担当になったが、常に逃げられていた。
そのユニコーンがフランスに移ったので、彼も追ってフランスに渡り、半ば強
引にフランス警察に編入してもらったということだった。

 翌日の新聞に、ユニコーンの記事が載った。
 それを見た一人の男が、カーター刑事を訪ねてやって来た。男はカーターの
前に立ち、端正なその顔を見せるためか、濃いサングラスを外してから言った。
もちろん、フランス語で。
「ジョンカーター君、お久しぶり」
 カーターの方は誰なのか分からず、困惑の体である。
 すると男は口元を笑みでほころばせ、今度は英語で話しかけてきた。
「分からない? それじゃ、こう呼ばせてもらおう。ジョニカタ刑事!」
「おお! 金沢じゃないか」
 刑事はぽんと手を叩き、言うと同時に思い出していた。
 カーター刑事はアメリカではマンション暮しだったのだが、彼の隣にハーバ
ード大学を出たばかりの秀才学生が部屋を借りていた。それが金沢という男だ
った。
「やっと分かりましたか。しかし、こっちに来ているとは知りませんでしたよ。
新聞に初めてあなたの名前が出ていたので、やっと分かった。ジョニカタさん」
「そのジョニカタっての、やめてくれないか。いくら俺の名前がジョンカータ
ーで、これを縮めてジョニカタだなんてな。日本のテレビ漫画にあるんだろ?
ルパンの三代目にいつも逃げられている銭形っていう警察官が。それと似てい
るってのは、縁起でもないぜ」
 カーターは肩をすくめた。アメリカでの隣人時代からつけられたニックネー
ムには、今でも閉口していた。
「で、おまえさんは、何をしているんだ、今?」
「私立探偵をやってるよ。秘書と助手が各一名でね」
「ほう! ハーバード大をトップクラスで卒業した君が、探偵なんてのは意外
だなあ! それで生活していけるのか?」
「他に某大学の助教授をやっているからね、食うには困らないさ」
「そっちが本業だろ、普通?」
「そんなことよりも、ユニコーンの件、協力させてくれないかな。このアルセ
ーヌ金沢剛に」
 日仏混血の若者は、単刀直入に申し込んだ。
「そりゃ無理だ。確かに君の頭脳には敬服している。特に、俺達が住んでいた
マンションで起こったあの事件を、見事に解決したのには、感心させられた。
だが、今、俺は無理にここの警察に入れてもらった身なんだ。この上、無理が
叶うと思うか?」
「思いません。でも、僕の父は日本領事館で働いている外交官。母はこの国で
は名の知れた貴族の一人。この二人が言えば……」
 いたずらっぽく笑った金沢。
「や、やめてくれ! 権力の板挟みなんてごめんだ!」
「ふふっ、冗談さ。まあ情報だけ教えてもらいたいな。それを、日本人特有の
勤勉さとフランス人特有の芸術性を持って、分析・推理してみせます」
「分かった分かった。その話、呑もう。分かったから、用が済んだら早く帰っ
てくれ。これから警備の相談なんかで、忙しくなる」
「はいはい、承知しました。後で、差し支えない程度に教えて下さい」
 刑事に名刺を渡すと金沢は、三カ国語を用いて別れの挨拶を言い、警察を出
た。これから自分の城に戻るのだ。
 城と言っても、本当の城ではない。アルセーヌ金沢の探偵事務所である。そ
れは凱旋門が見える高級住宅街の一角の、こぎれいな二階建ての建物であった。
とても探偵事務所などという、うさんくさい物には見えない。

「ただいま。行って来たよ」
「おかえりなさい」
 戻った金沢に、秘書のフランソワがやさしい声をかけた。
 彼女は家柄は不明で、子供の頃捨てられたところを子のいない家族に拾われ、
育てられてきた。彼女が金沢と出会ったのは、彼が大学生の頃フランスに里帰
りし、家庭教師のアルバイトをした相手が、彼女だったのだ。
 その後、彼女の養い家族は二人とも死去してしまい、成人になるかならない
かの彼女は、苦労を重ねていた。が、偶然フランスに戻っていた金沢と再会し、
秘書として雇われた。
 ロングヘアーの似合う、二十歳のパリジェンヌである。
「で、どうだった?」
 口を挟ませてもらったのは、助手で物語の語り手である私、ブライアンロッ
ク。
 フランソワの、金沢との出会いを記したのだから、私と金沢との出会いも記
すのが筋というものだろう。
 恥をさらすようだが、私はイギリスでタレントをしていたが売れなくなり、
フランスに渡って来た。今は物書きの真似事をしながら、居酒屋の余興に出て
いる。金沢とは、その居酒屋で知り合ったのだ。
 さて、金沢が答えた。
「情報提供は取り付けておいた。これでユニコーンと手合わせできる。前々か
らユニコーンには興味があったから、嬉しいねえ」
 揉み手までしてみせた金沢だった。

 いよいよ美術祭開幕前日となった。
 真田は宝石を手元から放さずに、今日まで会場近くのホテルに泊まっていた。
無論、用心棒役の山元刑事も、通訳のパストールも一緒である。
 部屋は412,413,414号室という具合いに続けて取り、山元・真田
・パストールの順に入っていた。
 問題のフレンチコネクションは、開幕当日に展示してもらうことになってい
た。
 真田は何もしないカーター刑事に文句を言ったのだが、当の刑事は、
「ユニコーンは美術祭の間に盗むと予告しとります。約束は守る奴ですから、
大丈夫ですよ」
 と、ユニコーン専門の自信を覗かせた答をした。実際、警備をつけていない
のだ。
「何という−−」
「いえ、真田さん。これで正しいのです。ユニコーンは絶対に約束を守ります」
 怒鳴ろうとする真田をなだめたのは、パストールだった。彼はどうやら、ユ
ニコーンのやり口に拍手喝采をする口のようだ。
 真田は呆れた様子になって、部屋に備え付けの冷蔵庫から、酒と氷を引っ張
り出し、一人飲み始めた。パストールの部屋に集まっているから、これはパス
トールのツケとなる。
 こうなると真田も意固地なのか、山元の警備をしましょうかと言う言葉にも、
「ユニコーンは変装の名人だそうだから、おまえに化けて部屋に来るかもしれ
ん」
 と言い出す始末。これには幾分、冗談も含まれていたろうが、真田としては
ユニコーンに約束を守らせたくない、つまりはフレンチコネクションを盗まれ
たくないという気持ちが大きくウェイトを占めているはずである。
 その日の、と言うよりも日付が変わった午前一時に、大きな物音が、真田ら
のいるホテル四階に響き渡った。413号室は真田の部屋のドアに、何かがぶ
つかったようだ。
 山元ははっとして、すぐに飛び起きた。問題の宝石はアタッシュケースに入
れたまま、真田の部屋にある。
 廊下に山元刑事が転げ出てみると、パストールも飛び出してきたらしく、姿
があった。
 彼に山元は聞いてみた。
「どうしたのか、知ってますか?」
「いえ、分かりません。とにかく、中を覗いてみましょう」
 パストールはこう答えると、山元より素早く、真田の部屋のドアを開けよう
とした。ここの鍵はどこも、閉めると自動的に鍵がかかるタイプだったことを、
山元は思い出していた。急ぎ、鍵をフロントに持って来させに走る山元。ここ
のホテルのフロントは、日本語が通じるのだ。
 少しも眠そうでないフロントは、マスターキーをちゃらつかせ、ゆっくりと
した、しかしてきぱきとした足取りで問題の部屋の前に立った。
 鍵を開けてドアを引いたが、引っかかる手ごたえがある。見ると、チェーン
ロックがかかっているのだ。
 山元がフロントに聞いた。
「これはどうやって開けるのですか?」
「内側からでなければ、外せません。外から開けるには、壊すしか……」
 フロントは、壊すのだけは嫌だとでも言いたげな表情と口調で質問に答えた。
 その間、パストールはドアのわずかな隙間から室内をのぞき込んでいた。「
アッ」と叫んだ彼。

−続く




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