#1880/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 92/ 6/27 14:21 (173)
交通信号殺人事件 3 赤川一郎
★内容
三番目の犠牲者は、青葉勇という、若手プロゴルファーだった。
死因は後頭部殴打で、凶器はゴルフクラブ。ただし、これは青葉本人の物で
はないとみられている。
現場はKというホテルの一室で、第一発見者は和田聖子なる専門学校生。彼
女が部屋を訪ねた訳は、青葉の恋人だったからで、夜八時にホテル近くのレス
トランで待ち合わせをしていたと言う。が、あまりに遅いため、ホテルの部屋
に行ってみたところ、中で彼氏が死んでいたと話す。
そして言うまでもなく、現場にはSIGNALのカードがあった。
「鍵はかかっていなかったんですね?」
「はい」
浜本刑事の言葉に、和田は力なく答えた。さっきから質問しているのだが、
極力短く答えようとしているらしく、刑事の方から深く突っ込んで聞かないと
いけない。
「青葉さんが亡くなったのは、午後七時から八時くらいと思われるんですが、
それについて何か?」
「……私を疑っているんですか?」
「いえ、そうじゃなくて、この時間の幅を縮めるような事実を、あなたが御存
知ないかと思って」
「……ありません、何も。私はずっと、レストランにいましたから」
「七時からですか?」
結局、アリバイを聞く形になっているな、と思いつつ、浜本は続けた。
「いいえ」
「では、それまではどちらに?」
「家でお化粧して、ちょっと街をぶらついて」
「レストランに着いたのは?」
「七時四十五分か五十分、それくらい」
「ふーん。では、二月の十一日と十四日は、どうしておられましたか?」
「……その日でしたら、両日とも、勇さんの試合を見に行ってました。ちょう
ど学校、休みでしたから」
これは後に、確認された。他の若手ゴルファーが、見せつけられて嫌になっ
ちまいましたよ、等と証言したのだ。
他の二つの事件でアリバイが確認されたので、とりあえず、和田聖子は帰さ
れることになった。
「……と、こんな調子ですね。捜査にプラスになったとは思えません。カード
も今までと全く同じでしたし」
「かえって混乱したかもしれんな、浜本刑事」
気の毒そうに見やるのは、吉野。
「ええ。凶器のアイアンには例のごとく、指紋なし。当日の午後七時から八時
の間に、怪しい人物を見かけなかったかとホテルのフロントに聞いてみたんで
すが、こいつはちょっと収穫がありましたよ。黒サングラスの、帽子を目深に
被り、コートを着込んだうさん臭い男が、押しつぶしたような声で『青葉勇は
何号室だ』って聞いてきたそうです。人相はよく分からなかったが、造り声に
しても若々しさがあったと証言してますね」
「そいつは重要じゃないか。背格好はどうだった?」
「170センチ足らずと言いますから、そう、事件の関係者で近いのは、赤川
修や紅林ですかね。大鳥や堤は、背がありすぎますから」
「なるほどなあ。で、当然、そいつは大きな荷物を持っていたと」
「ええ、そうですね。細長い袋とも筒ともつかぬ物を、左肩にかけていたと、
フロントは言ってます」
「じゃあ、そいつに凶器は仕込んであったんだろうな。こっちもイエローモン
キーズの事務所に行ってきたんだが、あのマネージャー、サングラスをかけて
いて、ムシが好かんな。そいつはともかく、二月十一日と十七日のアリバイを
聞いて来たよ。十一日は、紅林は事務所に一人残って、ライブの準備とか手配
とかに忙しかったそうだ。大鳥や堤は死んだ落合と一緒に、練習をしていたん
だと。こっちは第三者の証言もある。十七日の方は、紅林は変な呼び出し電話
が午後六時半頃にあって、それから九時近くまでかけずり回っていたそうだが、
これは後で詳しく話す。大鳥・堤の二人は、今後の売り出し方の対策会議とや
らに出ていて、アリバイがある」
「じゃ、紅林が圧倒的に怪しいんじゃないですか」
「それが、そうでもないんだよ。さっき言った時刻に、事務所に電話があった
そうだ。電話がかかって来るとこを、他の事務所の人間が目撃しているから、
これは事実だ。『落合武志殺しのことで、あんたに話したいことがある。六時
五十分にO公園の一番奥のベンチまで、紅林さん一人で来てほしい』という内
容だったらしい。一応、事務所の人間達で相談した結果、時間もないので、と
にかく行ってみようということになった。行ってみると、指定されたベンチに
はペンキ塗りたてとあって、よく見ると、その注意書きの裏に『一人かどうか、
試させてもらった。次はY駅の三番ホームのキオスク前の電話に、午後七時半
に来てほしい』と書いてあった。こいつは紙切れをもらって来たので、確から
しい」
吉野はそうして、問題の紙を見せた。確かに、そのような内容がボールペン
で書かれている。
「それで、どうなったと言ってました?」
「何とか間に合ったが、電話は何の反応も見せない。それでも待っていたが、
同じことで、誰かが話しかけて来ることもなかったそうだ。いい加減しびれを
切らして、午後八時には駅を出て、元のO公園に戻って、しばらく待ってみた
が、それも徒労に終わったということさ」
「はーん、奇妙な話ですね。何のために、犯人は電話なんかしたのか、さっぱ
り分からない。もし、電話の主とSIGNAL殺人の犯人が同一人物だとした
ら、かなり忙しく動き回ってますね、こいつは」
「ああ。これで犯人はいなくなっちまう訳だ。探偵の赤川修だって、二月十四
日は弟の遺体捜しに加わっていたからアリバイがあるし、十七日は十七日で、
彼は我々と話をしていたんだからな、問題の時間には」
「目的の人間を一人殺すために、無関係な人間まで殺すやり方ではない、とい
うことですか」
「そうだな。これでは本当に、SIGNALに何かの意味があるのかと疑って
しまう」
ところが、ここから急転直下、事件は解決に向かうのである。それは赤川修
の推理によってであった。それは警察をも納得させたのである。
「……私が犯人ですって? 何の根拠があると言うんですか?」
よほど驚いたのか、紅林マネージャーはサングラスを取り、相手の顔をまじ
まじと見つめた。折角の休日、自分の家にまで刑事が乗り込んで来て、それだ
けでも驚いていたようだが。
「そうですよ。こちらの赤川さんがお話しますよ」
「赤川? もしかすると、赤川一郎の兄貴とかいう探偵か」
「そうだよ、紅林君。子供の頃に、何度か顔を会わせているはずだがね」
修は普段とはうって変わって、格好をつけて言った。
「いいでしょう。だが、そんなことを言うのなら、その発言内容にも責任を持
ってもらうぞ。刑事さん達も証人になって下さい」
刑事らがうなずくと、修は相変わらず、コートの袖を気にしながら、話を始
めた。
まずは副次的な事柄、つまり、第一の事件での密室の作り方等を話しておく。
「……さて、毒の入手経路ですが、これははっきり言って、どこからでも入手
可能なんです。が、可能性の高さから言うと、紅林君が一番ある。芸能界って
のは、常に暴力団との関係が噂されますからね。毒の入手なんて、お手軽だ。
さらに、君は中学高校と、化学部なんてクラブに所属している。これは毒に強
い証拠じゃないかな」
「馬鹿々々しい。例えそうだとしても、何で、それが犯罪の立証となるんだ?」
「まだあるんだな。アリバイから考えると、犯人は関係者の中にいないように
思える。しかし、本当にそうでしょうか? 紅林君のアリバイは、第三の事件
だけだ。これを崩せば、彼には犯行が可能ではないか? そう考えたとき、自
分は閃いたんです。このアリバイは、たった一本の電話によってのみ、構成さ
れているとね。事務所にかかってきたという電話から後の話は、作り事だとし
ても差し支えない。では、どうやって電話がかかってきたように見せかけたか
? 簡単だ。144をダイヤルして、受話器を戻しておけば、すぐにベルが鳴
る。通話回線がちゃんと通じているかどうかを確かめてもらうための番号、こ
いつを利用しただけのことです」
「でたらめだ。刑事さんは、こんな奴の言うことを信用するんですか? だい
たい、アリバイがないだけで、犯罪の立証にはならない」
紅林は、同じ様な言葉を繰り返した。
「いやいや、証拠はあるよ。この部屋にね。例えば、毒殺に使われた青酸カリ
の残りだとか、凶器のゴルフクラブだとか」
「ふん! くだらない。そんな物、あるはずない。私はやっていないんだから
な」
「では、捜させてもらいますよ」
吉野が口を挟んだ。
「ええ、どうぞ。でも、令状を見せて下さい」
紅林の言葉に、浜本はさっと書類を示した。
捜索開始から十数分後、一緒になって捜していた修が、
「あったぞ!」
と叫んだ。本棚の奥から、ちり紙に包まれた青酸カリと、凶器のゴルフクラ
ブのヘッドの部分を見つけたのだ。ヘッドには血らしき痕跡が付着している。
「これでもまだしらを切るつもりかね」
吉野は紅林をにらみつけた。
「し、知らん。これは何かの間違いだ。私が、自分の抱えている売り出し中の
歌手を殺す理由がないだろう?」
「それについては、調べがついている。あんた、ギャラのパーセンテージを巡
って、リーダーともめておったそうじゃないか。あんたが不正に、ピンはねし
ていたようだね。それが動機だろ」
「……それは……。だが、私は絶対に殺しちゃいない! 誰かが、はめようと
してるんだ!」
「そいつは、警察の方に来てもらってから、聞こうか。さ。来るんだ」
待機していた警官二人が、紅林を両脇から押さえつけるように抱えた。
「知らん! 違うんだ、罠だ!」
紅林の叫びが、虚しく響いた。
「いやあ、赤川さん。あんた……いや、あなたのおかげで、我々も恥をかかず
に済んだよ。 お礼の言葉もない」
事件解決後、赤川修の家を訪ねた吉野と浜本の両刑事は、初対面時とは正反
対の表情で、修に接してきた。
「お礼なんて別に。紅林は裁判に?」
頭に手をやりながら言う修。
「もちろんです。死刑の可能性もあるなあ。無関係な人間を二人殺しているし」
「そうですか、馬鹿な奴だな。もう少し頭のいい犯人なら、自分の名も上がっ
たのにな」
冗談っぽく、修は笑った。
「はは。あんたは割と推理力があるみたいだから、なれるんじゃないかな。こ
っちとしては、あまり犯人の頭がよくなったら、困るんですがね」
同じく苦笑する吉野。それから、表情が一変する。
「ところで、弟さんの捜索だが……」
「もう、打ち切ってくださっても結構です。弟の変わり果てた姿を見るには、
忍びないですからね。あの信号機みたいに、色々な色を見せながら生きてこそ、
人間というもんですから」
そう言って、修は窓の外に見える信号機を指さした。ちょうど、赤から青に
変わるところだった。
変わる、変わる。信号が変わる。
変わる、変わる。色が変わる。
青から黄色、黄色から赤、赤から青へと。
でも、信号の色は、消えてもまた蘇る。
人間はそうはいかない、普通は……。青は緑なのだ。
−交通信号殺人事件.終−