AWC 交通信号殺人事件 2    赤川一郎


        
#1879/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 6/27  14:18  (174)
交通信号殺人事件 2    赤川一郎
★内容
 同じ日、つまり二月十四日のバレンタイデーに、今、売り出し中のロックバ
ンド・イエローモンキーズのコンサートが、割と大きなライブハウスで行われ
ていた。
 メンバー三人の中で、最も人気があるのは、ボーカルの落合武志だ。二番手
は最年少のドラマー、大鳥飛雄馬、最後はエレキの堤健造である。
 落合は少しきざで、自慢をしたがる性格がある。年長者の割には、子供っぽ
いところがあるのだが、そこが人気の秘密なのかもしれない。
 堤はあまり目立たないが、我の強そうなきつい眼をしている。音楽センスで
は、自分が一番だという自負があるからだろう。
 大鳥は最年少ということもあって、感情的になり易い。この世界に入ったき
っかけも、イエローモンキーズのマネージャーである紅林達尾と、つまらない
ことで喧嘩になったからであった。
 この紅林という男は、先の赤川一郎と関係があるのだ。中学時代、紅林は一
郎と同級で、陳腐な言い方をすれば、ライバルというやつだったのだ。
 とにかく、ライブは仲々の入りであった。プログラムは次々に進行して行き、
前半最後の曲「鬼神岩」が終わると、ミーハーっぽいのがステージの前に殺到
して、プレゼントを渡したり、握手を求めたりした。バレンタインデーのため、
プレゼントの中身はチョコレートが圧倒的に多いようだ。
 後半も滞りなく進行し、最後の曲が済むと、すぐ様にアンコールの声が起こ
った。それに応えた彼ら三人は、ようやく控え室に戻って来れた。
 そこでいきなり、汗を拭くのもそこそこに、彼らはチョコレートの数比べを
始めた。子供っぽいことこの上ない。ちなみに、宛名がはっきりしていた分を
数えたところ、落合が二十三個、大鳥が十八個、堤が十五個だった。
「どうだ、やっぱり俺が一番多いぜ」
「ふん、相手は年増ばかりだったみたいだぜ。それに引き換え、俺のは、若く
てカワイイのばかりだ」
 落合と大鳥が言い合うのを、堤はつまらなさそうに聞いていた。
 そこへ黒のサングラスをかけた紅林が来て、
「おい、出発は三十分後だ。早く、用意をしとけよ。それから、廊下でこれを
拾ったんだが、大方、おまえらがもらったやつじゃないのか」
 と言って、チョコレートらしき箱を示した。
「どうせ俺のだろ」
 落合が取り上げ、宛名を見てみると、落合武志様とある。にやりと笑った落
合。
「さっそく、一つもらおうかな。早く食べ始めないと、他の二人が食い終わっ
ても残ってしまうからなあ」
 落合は他の二人に見せびらかすようにしながら、今手にした箱を開け、中か
ら一つ、チョコレートを取り出した。ウイスキー入りのものだ。
「あまり食いすぎて、調子を崩すなよ」
 こう言い置いて、マネージャーの紅林が部屋を出ようとしたその時、落合が
喉をかきむしったかと思うと、ばたんと倒れた。
「どうしたんだ? しっかりしろ!」
 メンバーの二人とマネージャーが駆け寄り、身体を揺さぶってみる。しかし、
落合武志はすでに死んでいた。

「すると……落ちていたチョコを食べ、落合さんは苦しみだし、死んでしまっ
たんですね」
 捜査にあたった刑事の名は、浜本と言った。
 応対は紅林マネージャーがしている。さすがに今は、サングラスを外してい
る。
「はい。あの、落ちていたと言っても、箱のまま落ちていたのですが」
「そうでしたね。それでですね、死因は恐らく、青酸でしょう。残っているチ
ョコをちょっと見せてもらいましたが、市販の物に穴を開けて、ウイスキーの
部分に注射記で毒を入れたらしい。穴は柔らかめのチョコでふさいである。こ
んなややこしいことを、一瞬にしてできるはずはないのですから、犯人はチョ
コを持ってきたファンの誰かとなりますね」
「そんなのは、ファンとは言えませんよ」
 横で座って聞いていた堤が、俺達のことも疑っているのか、と驚きながらも、
そう応えておいた。
「あっと、それからですね、紙、宛名があった紙ですがね、裏にSIGNAL
とあるんですが、何かお心当たりはありませんか?」
 浜本刑事は、すでにビニール袋に入れてある紙片を三人に見せた。
「知りませんね。何か意味があるんですか、こんな物に?」
 逆に質問をする紅林。
「さあ。ないならいいです。じゃ、ここらでいいとしますか。あの、もちろん、
明日からのスケジュールはキャンセルされるんでしょう?」
「ええ、もちろんです。全く、散々だ」
 紅林は両肩をすくめるポーズをした。

 それからまた三日が過ぎた。一郎の遺体は未だに上がっていない。
 浜本刑事は三日前、SIGNALのカードについて、同じ様な事件があった
ことを思い出していたので、前日、吉野刑事に会いに来て、合同捜査という方
向に意見が一致していた。
「足跡について、調べてきました」
「ご苦労さんで。して、首尾は?」
 部屋に入ってきた浜本に対して、顔を上げて吉野は聞いた。
「マネージャーの紅林とメンバーの一人、堤のが同じサイズでしたね」
「ほう、二人も。靴だけじゃ決め手にならんが、参考にはなるね」
「それから、イエローモンキーズの事務所を張り込みさせといたんですけどね。
人の出入りが結構多くて、あまり意味がないんですよ」
「一人々々に尾行までは、つけられんですからなあ。しょうがないな」
「それに、SIGNALのカードにどんな意味があるんでしょうかね」
 進まぬ捜査に愚痴をこぼしていたところ、警官が来客の旨を伝えてきた。
「何? 赤川修? ああ。まあ、通してもいいだろう」
 耳打ちを受けた吉野は、赤川修の顔を頭に思い浮かべながら、通すように命
じた。
「お邪魔します」
 物珍しそうに、きょろきょろ頭を動かしながら、探偵の赤川修は入ってきた。
何か、厚手の書物を小脇に抱えている。そして吉野の顔を見つけると、安心し
たように表情を崩した。
「ああ、浜本刑事。こちら、被害者の赤川一郎のお兄さんで、私立探偵をして
いる修さんです」
「どうぞよろしく。浜本と言います。イエローモンキーズの事件を担当してお
ります」
「赤川修です」
「ま、座りましょうや」
 吉野の一声で、全員、席に着く。
「ここに来させてもらったのはですね、今度のロックバンドの事件で、弟が殺
されたときに見つかったのと同じ様なカードが見つかったと聞いてですね。よ
くよく、そのバンドの事件の新聞記事を読んでみたら、紅林達尾というマネー
ジャーがついているそうですね」
「ええ。それが?」
 浜本が答える。
「自分の記憶に間違いがなければ、そして同名異人の偶然でなければ、この紅
林という男は、弟と中学の時、同級生だったはずです」
「何? それは事実ですか?」
「あるのでしたら、紅林という人の鮮明な写真を見せてくれませんか? こっ
ちは弟の中学の時の卒業アルバムを持ってきました」
 修はしおりを挟んでいた箇所を開けた。紅林達尾・化学部所属とある。
「なるほど」
 二人の刑事の合図によって、紅林達尾の鮮明な写真が届けられた。
「おっ。こいつは似てるぞ」
 吉野の言葉を待つまでもなく、同一人物だというのは明かであった。
「これでより深いつながりが浮かび上がったんですね?」
 嬉しそうに言ったのは、赤川修。
「いや、これはあんたのお手柄だ」
「誉め言葉もいいんですが、できたら、捜査の進み具合いなんかを、ちょこち
ょこっと話してくれませんか?」
「うーん……。そいつはなあ。どうです、浜本刑事?」
「別にいいんじゃないですか。聞くところ、弟さんの遺体捜索も難航して、迷
惑をかけているそうだし……」
「じゃあ、そういうことで。あんまり、外に漏らさないように。これは守って
もらおうかな」
 赤川修が教えてもらった捜査の進展具合いをまとめると、以下のようになる。
なお、今まで記してきた分は、略す。
 赤川一郎殺しでの密室について−−室内にある飲食物か何かに毒を混入し、
毒殺せしめたものと推定し、室内を捜索するが、毒入りの飲食物及び毒の塗ら
れた切手の類等も発見されず。
 SIGNALカードについて−−何の意味を持つのか、不明。文字は二枚と
もボールペンによって書かれており、その形状から、犯人は定規を使用したと
思われる。加えて、二枚目のカードにあった「落合武志」の文字も、同様の手
によって書かれたことは明か。指紋はいずれも検出されず。
 その他−−いずれの現場周辺でも、有力な目撃証言は得られず。
「−−この密室ですが、一つ、思い付いたことがあるんですよ」
「聞きましょう」
 期待していない様子で、吉野らは修の言葉に耳を傾ける。
「密室での毒殺と言えば、警察の皆さんが考えられた通り、室内の何かに毒が
あって、それが被害者の口に入ったんでしょう。弟は小説を書く間は、いつも
鉛筆を使うんですよ。編集の人から、万年筆か何かに変えてくれと言われてい
たようですが、直さないでいたんです」
「何が言いたいんですかな?」
 吉野が腕組みをした。修を威圧しにかかっているようだ。
「まだ、途中なんです。で、一郎は鉛筆の先をなめる癖があった。何度も何度
もです。ひょっとしたら、犯人はこの癖を知っていて、鉛筆の先に青酸カリを
塗り付けたんじゃないかと」
「面白い意見だ。確かめてみないと分からんが、可能性はあるだろう。だが、
それにしたって、どうやって犯人は毒を鉛筆に塗るんだ?」
「それはカードと関連して来るんじゃないでしょうか?」
「どういう意味です?」
 今度は浜本刑事。
「密室内の毒殺が、さっきの考え通りだとすると、SIGNALカードをどう
やって、室内に置いたのか、問題になります。それを解決するよう考えてみた
んですが、ドアや窓の隙間から投げ込むなんてことは、できない。これは多分、
殺す前に犯人の奴、取材とか言って弟の家を訪問したんだと思います。この時、
ベッドにカードを置いて行けるでしょう。それに毒を塗った鉛筆にすり替える
こともできる」
「ふーむ」
 そんな息がした。刑事は二人とも、感心している様子である。
「道理は合うな……。こいつは調べる価値がある」
 吉野は何回目かの合図を、若い刑事に送った。
「それも大事だと思いますが、もっと心配すべき問題があると思うんですが」
「何ですか、赤川さん?」
「SIGNALからの連想なんですが、信号と来れば交通信号。あの青黄赤っ
てやつです。次に、被害者の名前を思い浮かべて下さい。一人目は自分の弟、
赤川一郎。赤が付いています。二人目はイエローモンキーズのリーダー、落合
武志。名前にこそ黄という字はありませんが、バンド名は黄色に関係あります」
「ああっ。そうか。それは気付かなかった」
「と言うことは、次に狙われるとしたら、名前に青の字がある人……」
「しかも、かなりの有名人が狙われるんじゃないでしょうか、刑事さん?」
 修は実際、かなりの自信を持って言い切った。警察も動く。
 だが、それは無駄となってしまうのだ。何故なら、もうこの時点、つまりは
二月十七日の時点で、第三の犠牲者が出ていたのだから。

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