#1533/3137 空中分解2
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炎狼鬼 第一章(3) おうざき
★内容
栄一郎のあばらを粉砕するはずであった一撃は、角井の抜いた名鉄定宗によっ
て封じられ、はじき返されたのである。
氷山が割れるような声が轟いた。
「貴様、邪魔を入れるか!」
見て分からぬか、と応じる時をあたえず、腕塚は角井に向けて、一歩を踏み出
した。その身の丈は、角井を頭一つ分上回る。
怒りを全身に渦巻かせて剣を構えなおした正影の丈は、角井には及ばぬ。しか
し、肩幅は広かった。その肩が、声とともに震えた。
「もはや、もはや許せぬ、無礼者めが!」
幼少においては、寺子屋での読み書きを栄一郎とともに、隣に座って行った正
影英明である。当時は互いに助け合って勉学に武術にいそしみ、転げ回って遊ん
だ仲であっただけに、その憎悪の根は深かった。
「その言葉、そっくりお主に返そう。人の事をとやかく言えぬであろう。ん?」
これは角井源之進であった。容赦のない言葉を、茶をすすってでもいるかのご
とき風情で口にする男である。さらに同じ口調で、今度は栄一郎に話しかけた。
「森口殿、お主の手並を拝見したい、と言いたいところなれど、お主は炎狼鬼と
あいまみえるまでは無傷でいてもらいたい。ここは拙者にまかせあれ」
「えんろうき?」
おたけびを引いて、腕塚が剣を降りあげつつ向かってくる。
「そのまなこ、炎のごとく」
角井は、斬りかかってくる剣をせせら笑うようによけて、名鉄定宗を構えた。
一片の曇りもない見事な剣を目の当たりにして、周囲から怒りと動揺のうめきが
あがる。
「その力、狼をしのぎ」
間髪をはさむ事なく、反対側から正影が一歩を踏み出す。瞬間、彼に向けて光
が走った。不快な音とともに、顔の半分をなかば潰された男が、絶叫すらあげず
に横に吹き飛ぶ。と、切先はありえぬとしか思えぬ動きで今度は腕塚を襲った。
今度はみね打ちではなかったが、切れたのは人ではなく羽織りであった。一緒に
財布が破れたらしく、小判やら十文銭やらが光となって散った。
「その所行、鬼のごとし」
今度は怒りではなく、恐怖のうめき声があがった。森口すらも呆然として、角
井の剣さばきに見入っていた。
正影は、うめき声すらあげる事ができず、地べたに倒れて、ひくつく手で顔を
押えている。
「貴様、何者か」
血の気を失った腕塚が、あえぎつつしぼり出した声は、質問などと言えるもの
ではなかった。
角井は、凄みのある笑みを浮かべた。
「宮津の国は赤葉藩、我が名は角井源之進! 我が名を知り、なおもかかって来
る者がおるか!」
朗々とした声を耳にした者の中には、頭上に雷が落ちた思いをした者が、いく
らもあったであろう。両の眼を恐怖の形に見開いた誰かが、声をつまらせた。
「宮津の角井! あの豪傑の!」
森口大善が「井岡の獅子」ならば、角井源之進は「宮津の豪傑」であった。
井岡の剣士の間にすら響くその勇名は、見えざる壁となって広がり、周囲を囲
む男達を押しやりはじめた。
そして、奉行の望月康正が飛んで来た時、二人の男は、闇の中へその姿を悠然
と消していたのである。
<炎狼鬼 第一章おわり>