AWC 「失透」           ニーチェ


        
#1389/3137 空中分解2
★タイトル (NJF     )  92/ 1/17  20:41  ( 22)
「失透」           ニーチェ
★内容

 霧がでてきた。アスファルトのところどころには、露の降りやす
い部分があり、月明かりできらきら光って見える。それも、少しず
つ鈍い輝きに変わりつつある。
 白いボディが湿気を増して曇ってきたようだ。フロントウィンド
ウはとうに結晶化したガラスのように不透明だ。風の音が少しずつ
小さくなっていくような錯覚を覚える。それほど空気の密度が増加
している。
 北斗七星が傾いて見える。彼女が走り去り、湿度の高い空気の向
こう側に消えてしまってから、ぼくの中に、代わりにあるぼんやり
とした感覚が生まれる。たとえばそれは、今のような季節特有の空
気の匂いと似ていて、つかみどころがない。
 あるいは、彼女という一個の生体フィルターを通して眺めたある
種の幻覚のようなものかもしれない。まるで、小さな子供が母親の
声を通して聴く童話と、現実の区別がつかなくなるような。
 夜の静寂の何と饒舌なことよ、と謳ったのは誰だったろう。きっ
と、露が身体にまとわりつくように体内に残った、多くの人間の声
が自分に向かって語りかける瞬間が、こんな言葉を言わせたのだろ
う。ひとつひとつの断片を繋ぎ合わせて彼の中でできあがった存在
の、精神が希薄なのでもなく、高慢な怜悧さが一人歩きするでもな
く、重たいカーテンをすっかり開いてしまった脳味噌が、穏やかに
呼吸したがるだけなのだ。




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