#1390/3137 空中分解2
★タイトル (YPA ) 92/ 1/18 0: 5 ( 88)
「男と女の、短いお話」第1話(1) 左党駄 甘始
★内容
俺は目がさめると鉛色に垂れ込めた空を見て、いっそうゆううつな気分になった。
昨日の酒の残りを振り払うかのように体を起こし、ベットの横に目を落とすと、女が
軽い寝息をたてながら横たわっている。一見派手な感じだが、どことなく育ちの良さ
も感じさせる、世間一般では美人に属するであろう女。
昨夜酒場で知り合い、そのまま男とホテルに泊まったという、どこにでもありそうな
パターンだ。
俺の名は「ヒデキ」、昨日この女、「芳美」と寝たのは、実はビジネスだった。
と、言っても結婚詐欺師ではないし、ゆすりたかりの類でもない。表向きは私立探偵、
実は、・・・・・いや、今はやめて置こう。そんな事はどうでもいい。
ただ、昨日の夜はビジネスとは言え、久しぶりに燃えた夜だった。
彼女の熱く、白い躯を思い出すと不思議と自分の口元が緩むのが分かる。ツンと上を
向いた鼻も、切れ長の眼も男心をそそった。美人は大味でそっけないと言うが、芳美
に限っては少なくとも違っていたと思う。不思議な女だ。
俺は、彼女を起こさないよう、そっとベットを抜けるとサーバーのコーヒーをカップ
に注いだ。黒く茶褐色の液体がカップの中でからまりながらダンスを踊っている。く
るくるくるくる、と。コーヒーを口へと注ぐと、胃壁を熱いものがなめるように伝わ
り、俺の意識をはっきりさせるのに十分な刺激を与えてくれた。
「起きたの?」
不意に後ろから声がかかり、一瞬驚いたが、気づかれないよう、ゆっくりと振り向い
た。
「おはよう、コーヒーだけど飲むかい?」
彼女は、黙ってうなずく。俺はもう一つカップにコーヒーを注ぎながら、改めて彼女
を見た。切れ長の眼は若干腫れぼったいようだが、男心を十分かき立てるし、鼻は健
在だ。
胸にシーツをあて、躯を起こすと、甘えるよ。な、けだるいような、そんな眼で俺を
見るそんな彼女の前に、俺はおどけるように、コーヒーを差し出す。
彼女は形の良い唇で軽く微笑むと、カップを受け取った。
(牧村芳美、24歳、F女子学院大卒、M商事秘書室勤務、専務取締役筆頭秘書)
俺は彼女に関するデーターを脳裏に駆け巡らした。
(勤務態度 良、両親健在、父親S電機営業部長、趣味テニス、乗馬少々、感度
優)最後は俺がつけ加えたものだ。
「どうかしたの?・・・何考えてるのよ?」
「いや、別に、昨日の事考えてた」
「やだ、・・・エッチね」
「飲んでた時の、店の事だぜ」
「!!すごい、いじわるッ」
「ははっ、綺麗な娘はいじめたくなるのさ、・・・でも素晴らしかった」
「・・クスッ・・お店が?」
「分かってるくせに」
何か言い掛けた彼女の口を唇で塞ぎ、そのままベットへ倒れ込んだ。
床でコーヒーカップの割れる音がする。構わず俺は我を忘れる・・・・・・・・・・
・。
眠ってしまったのだろうか、かすかにシャワーの音がする。
俺は、一時の快楽に身を寄せてしまった自分を笑いながらタバコに火を着けた。
床を見るとコーヒーカップは既に片づけられているようだ。
「ごめんなさい、先にシャワーを借りたわ」
彼女の細身の顔がドア越しにのぞくと、何故か胸がドキン、と鳴った。
「いいとも、どんどん使ってくれ」
俺は2本目のタバコに火を着けながら、答えた。
(しっかりしろ!仕事なんだぞ!)自分で自分に言い聞かせながら、彼女に聞こえ
ないようにつぶやいた。
(この腰ぬけめ!!!)俺はもう一度横になりながら自分の仕事を思い浮かべた。
・・・・・・・・・・・
俺の本当の仕事は「トラップ屋」。「企業内失脚屋」、とでも言うべきか。
単純に言えば企業内に置ける役員レベルの人間を、スキャンダルに巻き込んだり、あ
らゆるマイナス条件を探して失脚に追い込むのを、商売としている。
依頼人は様々で、ポスト争いのものがほとんどだが、中には労働組合からの依頼もあ
ったことがある。昨今の状勢向きの商売であるのか、なかなかの需要があり、これで
もかなり忙しい身なのだ。
今回のターゲットは、「M商事専務取締役 井上 茂 57歳」。
そう、そいつの秘書が、さっきの感触がまだ残ってる、「牧村 芳美」な訳だ。
彼女に接近したのは、井上の行動を知るためだったが、そのためだけの付き合いには、
余りに惜しい気がしてならない。大抵このケースでは役員が失脚した後、女は配置転
換になり、俺もクライアントの手前逢う訳にも行かず、結局、自然消滅となる。
従って、俺は「独身」である。(仕事が忙しいのだ)
「ただいまっと!」
いきなりベットに彼女が飛び込んできた。
ほのかに火照った肌と、石鹸の香りが俺の心をくすぐる。・・・・いかんいかん、こ
れは遊びじゃないんだ。