#1304/3137 空中分解2
★タイトル (EQM ) 91/11/27 16:28 (103)
<活気のある村> 星虹
★内容
秋深い、やまあいの道。
澄みきった空。ひんやりとした空気。道ばたの柿の木や紅葉をいただいた山肌、
すべてがすっぽりと秋にくるまれている。
身なりの整った初老の男が、ひとり砂利道を歩いていた。男は村長。ある村の
噂をききつけ、これからその村を訪れるところ。その村には、なぜか若者が多く、
人口流出が少ないという。過疎化の進む村の悩みを、村長はかかえていた。なん
とかして若者の流出をくい止め、村の活性化を図らなければならない。今回の訪
問が、なにかの参考にでもなればと、はるばるこんな村に足を運んだのだ。
刈り入れのすんだ田には、ところどころにわらが積まれ、老若の農夫が野菜の
収穫によねんない。どことなく活気にあふれた村だ。山あいには、焚火の煙がま
っすぐに立ち昇っている。落ちついた山村といったところ。村の入り口に大きな
松の木がある。その根元、松の木陰を映す小さな池の脇に、古い地蔵が立ってい
た。色があせた前かけは、ところどころ破れている。そこら辺にあるような、な
んの変哲もない地蔵だ。その前を通り過ぎようとしたとき、どこからか声がした。
「やめたほうがいいよ」
少女の声。村長が声のほうを振り返ると、十才くらいの子供が地蔵の後ろに立
っている。古びた赤いスカートに、泥のシミがこびりついた白いブラウス。あま
り上品な家庭の子には見えないが、おかっぱ頭に、顔立ちは端整で、まるで地蔵
様のようにも見える。
「おやおや、お嬢ちゃん。なにか用ですか?」村長は笑顔を浮かべ、少女は言う。
「あの村には、いかないほうがいいよ。やめなよ」
「おやまた、それはどうしてかい?」
「あの村は、悪魔の村だよ。いかないほうがいいよ」
(かわいそうに。どうやらこの子は頭がおかしいらしい…)
村長がそう思ったとき、
「あたし、頭がおかしくなんかないよ」と、少女は答えた。
村長の理性がぐらっときた。
「これは忠告なんだよ。絶対にあの村にはいかないほうが…」
少女がそこまで言ったとき、遠くのほうで呼ぶ声がした。村長が声のほうを見
て、それから少女を振り返ったとき、少女の姿は消えていた。あちこち探したが
少女はいない。松の木と小さな池以外、隠れる場所もない。地蔵だけがぼんやり
と立っていた。
「どうしましたかの?」
きょろきょろとあたりを見回す村長に、迎えにきた村の長老と名乗る老人がた
ずねた。
「女の子が出ましたかな?」長老が言った。
「たまに出るんですわ。少女の幽霊が…」
幽霊といわれると、なんとなくそんな気もする。老人は続ける。
「あの子は、この村でも由緒ある家の子だった。あの子がちょうど十才になる夏
のこと、突然、気が触れたのじゃ。なにかを叫びながら、村はずれのこの地蔵
様の前で、あの池に落ちてしもうた…」
老人は、少女が落ちたという池に目をくれる。池はひっそりと静まって、そこ
にあった。
その夜。
村長は盛大なもてなしを受けた。村の衆が集まり、夜遅くまでうたげが催され
る。若者が多く、活気がある。どこといって取り柄のない、へんぴな農村。若者
達は、こんな村のどこにひかれるのだろう。村長はぼんやりと考えながら、深い
眠気に襲われた。
村長は夢を見た。
顔に鬼の面をつけた、たくさんの人間が、一風変わった大木のまわりに集まっ
ている。いや、よく見ると鬼の面ではなく、それは顔そのものだった。口が耳元
まで裂け、むき出した歯は鋭くとがっている。獣のようなうめき声を上げながら、
大木の木の葉にむしゃぶりついている。焚火の火が揺らめき、鬼達の顔をエンジ
色に染めている。この世のものとは思えない光景だった。
木の陰から様子をうかがっていた村長は、恐ろしさのあまり後ずさりをした。
木の根につまづき、カサッという小さな音がして、鬼達がいっせいに振り向いた。
気づいた鬼達は口々になにかをわめきながら、こちらに向かって走ってくる。村
長は逃げた。わき目もふらずに。遠く、松の木の根元から見つめる少女を見たよ
うな気がした。村長は必死に走るが、やがて鬼達の足音が背中に迫る。鋭い爪が
肩に食い込む。村長は力つきて、その場に倒れこんだ。生臭い息が顔を包み、首
筋に痛みが走った。
「これで、あなたも仲間入りだ」長老の声が頭の奥に響いた。
「我々の仲間になった以上、もう人間には戻れない。この木の葉っぱが欲しくて
たまらなくなる。村から離れたいと言い出す者が誰一人としていないわけがわ
かったろう」
記憶の彼方にそんな声が響いていた…。
翌朝、早く目がさめた。
頭にしびれるような重さを感じる。昨夜はいやな夢を見たものだ。村長はぼん
やりと考えた。しかし、いやに現実的な夢だ。奇怪な鬼の顔が、まだまぶたに浮
かんでくる。首筋のあたりに痛みさえ感じるようだ。
「よく、寝んさったな」長老の声がした。
「おみやげに、苗木を持ってゆきなされ。この木は人ばなれを防いでくれる、あ
りがたい木じゃ。地面に植えればすぐに大きくなるぞ」
長老は、そう言いながら一風変わった苗木をさしだす。村長はゆっくりとうな
ずき、そして、すべてを悟って微笑んだ…。
村はずれの砂利道を、村長は歩いていた。
朝もやの中に遠くの山並がかすんでいる。どこからか漂う焚火の香りに、もう
冬の気配が感じられる。野菜の取り入れに励む作業衣姿の若者達から、楽しそう
な笑い声がもれる。この村には活気があるのだ。その源は、この苗木に違いない。
村長は大きく深呼吸をして、苗木を大事そうに抱えなおした。
「おじさんも仲間になっちゃったんだね」
地蔵の後ろに赤いスカートの少女が立っていた。ちらっと少女を見て、村長は
言う。
「ああ、そうだよ。おじさんの村にも、ようやく活気が戻ってくるんだ。うれし
いことだよ。ほんとにうれしい…」
「おじさん、悪魔なんだよ。悪魔になったんだよ」少女は淋しそうに呟く。
「どこが悪いんだい? 若者のいない淋しさから開放されるんだ。村にとってか
けがえのない活気が戻るんだ」
「悪魔の力をかりて、人をひきとめて、おじさんうれしいの?」
村長が、鋭い牙をむき出して少女をみらみつけると、少女は黙って地蔵の陰に
消えた。遠くでからすの鳴く声がした。
(了)