#1303/3137 空中分解2
★タイトル (EQM ) 91/11/27 16:25 ( 97)
<もう一つの時代> 星虹
★内容
うららかな春の日。桜の花びらが舞い落ちる校庭。教室からは子供達の楽しげ
な歓声が聞こえてくる。
新学期の歴史の時間。いよいよ中世の歴史が学べるのだ。この教科は生徒達の
あいだで人気が高く、歴史とともに道徳の修得にもつながるから、教師にもすこ
ぶる評判がよい。視聴覚教室に集まった子供達が興奮気味に語りあう中、やがて
映像が映し出される。
不気味な色の朝焼けの中、廃虚と化した街並がシルエットに浮かび上がる。タ
イトルが流れ、やがて画面は荒廃した大地をなめるように進む。重苦しい旋律が
流れ、アナウンスは、地上のあらゆる生命を奪い取ってしまった大戦について語
りはじめる。
「せんせい、質問!」元気あふれる生徒が手をあげ「戦争ってなんですか?」と
質問する。 画面は制止し、教師が回答する。
「人間同士が人を殺しあうことだ。昔の人間は『憎しみ』と『自己中心』いう本
能を持っていた。たとえば、君の成績が悪くて、友人がよかったとする。その
とき君はどう思う?」
「えーと、たぶん、次はがんばろう…かな」
「そう、それが現代の人間だね。しかし、次にがんばったけど、また成績が悪か
ったらどうする?」
「うーん……また次にがんばるよ」
「そうだ。それが大事なんだ。あくまでも自分を磨きあげることが大切。ところ
が中世の人間達は、そのとき『あいつさえ、いなければ』と考えるのさ。これ
を自己中心主義という。そして『あいつがいなければ』という妄想が、結果的
に『あいつを抹殺しよう』という考えに変わり、最後は殺しあう。これが憎し
みというやつだ」
「憎しみって、よくわからないな」生徒は不満げに言う。
憎しみによる殺人など、皆無の世の中。人に憎しみの感情を教えることはむず
かしい。また、教える必要などないのだが、生徒達の心の中を、のぞいておく必
要があるのだ。危険な思想は、いまのうちにつみとっておかなければならない。
「じゃあ、こうしよう。君のノートを誰かが盗む。それには大事なことが書いて
あるんだ。君は盗んだ奴をどう思う?」
「ノートなんか盗む奴はいないよ、先生」
富があふれる時代。盗むことを教えることも至難の業。
「もっと勉強しようか」教師はあきらめて、そう言い、映像が再び動き出す。
最も悲惨だった世界大戦の模様が映し出される。子供達の顔がみるみる紅潮し
て、驚嘆のため息がもれだす。
「これはよくないと思います」女子生徒が言う。大戦中の独裁者による虐殺を映
し出した画面だ。幾重にも重ねられた屍。いまにも漂ってきそうな死臭。教師は
きく。
「どうしてだね?」
「だって、無差別殺人はよくないことだと思います」
「よし、いいところに気がついた」教師はうれしそうな顔をして、手を打つ。
「無差別な殺人は、絶対によくないんだ。わかったね?」
再び教師は画面を動かすと、大戦末期の戦闘場面へと変わる。
「先生! 戦争での人の殺し方は合理的ですね」生徒のひとりが感心した顔で、
そう言う。子供達は毎年同じ反応を示す。ここがかんじんなのだ。
「どうしてかね?」
「だって、どうせ人を殺すんなら、この戦争みたいに、楽しみながらやるほうが
いいじゃないか。殺される人は、運動能力が劣っているとか、それなりの理由
があるわけで、自然淘汰の掟にも触れることがないでしょ?」
「なるほど、いいところに気づいたね。どうだろう、この意見に賛成の人は?」
クラスのほとんどが手をあげる。手をあげない小数の子供は、他人よりどこか
が劣っている者ばかり。子供達には生存試験が待っているのだ。ある一定の年齢
に達すると、この試験を受ける義務がある。よりよい社会を築くため、選ばれた
者だけが生存する権利を有する。過去の苦い大戦から得た貴重な教訓だった。試
験に合格しない者達は、法律に従って抹殺される運命が待ちかまえている。だか
ら子供達は必死で勉強に励む。教師はそういう落ちこぼれを少なくすることに全
力をあげる。そのために聖職についていると言っても過言ではない。
教師は映像を進める。
「いいか、これから映るのが、無差別殺人の最もひどいやつだ。よく見るんだよ」
強烈な閃光とともに破壊される都市。一瞬にして何百万という人間が蒸発する。
生徒が固唾を飲んで画面を見守る中、映像はやがてエンディングを迎える。視聴覚
教室にどんよりとした沈黙が訪れる。それぞれが物思いにふけり、口を閉ざしたま
ま。
「中世の時代は、こういう時代だったんだ。優秀な者も、そうでない者も、みんな
無差別に殺されてしまった。一瞬のうちにね。残された人間は、危険を事前に察
知して大量殺人から身を隠した、ごくわずかの優秀な科学者達だけ。彼らは、つ
まり我々の祖先は、いわば自然淘汰の法則に従って生き続け、やがて現代に至っ
た。これからわかるとおり、この世の中は自然淘汰という大原則なくして成立し
ないのだ。だから君達も自分を磨いて、淘汰されない人間になるよう勉強するん
だ」
生徒のあいだから小さな拍手が起こり、やがて教室全体に広がる。終業のチャイ
ムが鳴り、起立、礼を終えて、生徒達は校庭に出る。桜の散る校庭で無邪気に遊ぶ
生徒達を見ながら、教師は考える。
これから生徒達に、弱者生存による社会基盤の崩壊の問題、そして政府による選
抜制度の必要性や、その方法についての正しい知識を教えこまなければならない。
彼らのうち、ひとりでも社会の仕組みに疑問を抱く者が出てくれば、それは社会の
崩壊につながる。長いあいだ忘れていた『憎しみ』の感情が、再び人間の心に芽生
えるかもしれないのだ。そして、その感情は、世界をあの悪魔のような中世に逆戻
りさせる原動力になる。あの悲惨な歴史は再び繰り返されてはならない。
「けれど」と教師は思う。
「中世のあの、もう一つの時代というのは、本当に悪夢だったのだろうか。弱者あ
るいは反逆者というレッテルをはられた人間だけが抹殺される現代。それが理想
の姿なのだろうか。可愛い教え子の生命を奪う権利が政府にあるのか。政府には、 もっと効率的な社会構造をつくる義務があるのではないか。いったい役人は何を
しているのだ」
そんなやりきれない思いに、ふととらわれることがある。もしかしたら、これが
憎しみという感情なのではなかろうか……と。
(了)