AWC 短編「風波通信器」(1)       浮雲


        
#1221/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ     )  91/10/ 5   5:38  (151)
短編「風波通信器」(1)       浮雲
★内容
   1
 みなさんは、「風波通信器」というのを知っていますか。
 ご存じの方もおられると思いますが、これをはじめに考えついたのは、あるき
はじめという人です。「あるきはじめ」とは、どんな字を書くのか忘れてしまい
ましたが、なんでも本名だと聞きました。
 さて、彼の説明によると、風は「粒子」から成っている。この原理・原則を見
極めてしまえば、あとは簡単なことだ、「風波通信器」の90%は理解できたこ
とになる、というのです。
 「粒子」一個一個に一つずつの符号をあたえ、それをある仕掛を使ってまとめ
て空中に送り出す(つまり風を送る)。
 受け手側では、それをある仕掛で受けとったあと、順序よく並べ替え、「粒子
」から符号を取り出す。これで万事終了である。そんなようなことを話してもら
ったことがあるのですが、わたしには何がなんだか少しもわかりませんでした。
 みなさんはどうですか。
 はなしは、ある日、わたしがそんなことを聞きに彼の家に行った時にもどりま
す。

「ある仕掛とは、どんなものですか」
 わたしは、おそるおそる聞きました。どんな返事が戻ってくるか、わたしはす
っかり縮み上がって待ちました。
「はっはっはっは」
 彼は、口をいっぱいに開けて笑いながら、
「それはね、餅を焼く網のようなもので、中華なべのようでもあるかな。鳥かご
みたいだと言った人もいますよ」
 そんなふうに答えてくれました。
 わたしは、いろいろ想像をたくましくしてみましたが、どんな形をしたものか
、どのぐらいの大きさなのか、それすら思い浮かびませんでした。あまり長い間
考えこんでいるのも失礼だと思い、わたしは質問を変えました。
「粒子の集まりというか、かたまりが風というわけですね」
「そうです」
「では、その粒子一つ一つはなんと呼んだらいいのですか」
「ああ、」
 しまった、これはまずかったか。わたしは、口から出まかせに言ったことを悔
やみました。ところが彼は、
「あなたはお眼が高い」
 などと、妙なことを言うのです。
「なにしろ、わたしの発見の眼目はそれですから。で、あなたは、風を形作って
いる粒子に名前を付けたいと考えておられるようですが、なぜですか」
 その口ぶりには、何やら含みがあるようで身構えなければなりませんでした。
「そ、それは」
 そう言われてみれば、なぜ名前が必要なのだろう。わたしは、自分で質問して
おきながら、そんなことを考えなければなりませんでした。
「ものごとの性質を、その、定義づけておくことで、ええ、シンボル化し、付加
価値をそれに与える、で、抽象的な概念を普遍化する、ということではないでし
ょうか」
 わたしは、どこかで読んだか聞いたかした話を二つ三つ適当につなぎあわせま
した。
「なるほど。では、名前などというものは何か記号みたいなものでもいいわけで
すね。たとえば、Aとか」
「ええ、」
「はあ」
「いえ」
 わたしの顔がどんなに醜くゆがんでいたか、それを見ないですんだだけでも有
り難く思わなければならなかったでしょう。

   2
「じつは、この考えはぼくのまったくの独創というわけではないのです」
 わたしが汗を拭うのを不思議そうに眺めながらそう言うと、彼は本棚から百科
事典を持ってきて、あるペ−ジを開き、ほら、という具合いにわたしの前に示し
ました。
 ちょっと抜きだしてみましょう。

   図2−地衡風

   北半球では風を右に
   曲げるように
   コリオリの力が働くため、
   Aにおける静止位置から
   出発した空気粒子は、
   Bにおける等圧線に
   平行になるまで偏向し、
   コリオリの力とつり合った
   状態になる。
   このような風を
   地衡風という。

               (「平凡社大百科事典」3−309)

 正直に白状します。わたしには、何が書いてあるのか少しも分かりませんでし
た。百科事典からあげたわたしの顔は正直にそのことを物語っていたはずですが、
「『空気粒子』、これこそ風の正体なのです」
 彼には、わたしの反応の鈍さなど少しも苦にならないようでした。
「では、空気の移動がすなわち風である、という説はどうも表面的なわけですね」
 わたしは、ほめてもらおうとして、また出まかせをいいました。
「それです。それがあなた、科学の進歩を阻害しているまさに元凶なのです。常
識という奴なのです」
 彼は、レモンを10個も口に入れたような顔をして言うのです。
「でも、もう愚痴はよしましょう。でね、・・・」
 そこまで言うと、急に声をひそめました。わたしもつられて、思わず身体を前
に迫り出しました。
「ここだけの秘密ですが、実は、もう一つヒントになったものがあるのです」
 誰が聞いているわけでもないのに、それはやはり声をひそめて話すべきことの
ようにわたしには思われました。
「ちょっと待ってください」
 彼はそう言うと、書棚のところに走って行きました。
 何か捜し物をしている彼の後ろ姿を見ながら、わたしは、秘密とはいいものだ
、なんとしても守らなければならない秘密は、それこそお金で買うことなど出来
ない宝なのだと思いました。
「これです」
 彼は、ねだっていたオモチャを買ってもらった子どものように上気した面もち
をあらわにして、文字どおり飛び跳ねるように席に戻ってきました。
 それは、少々くたびれたパンフレットのようなものでした。うす汚れた表紙に
は、クレヨンででも描かれたように下手くそな絵と、かしこまった字がなにやら
書かれています。
「まあ、手にとってごらんなさい」

   3

 『北方の詩人たち』

 それが、わたしが手にした小冊子のタイトルでした。
  ひっくり返して奥付を見ると、発行人は「佐藤重男」、住所は「仙台市成田町
**番地三浦方」となっています。
「おやおや、」
 くたびれているはずです。「発行1971年秋」というのですから、いまから
ちょうど二十年前になります。
「ははあ、仙台の人たちか」
 わたしは仕事で仙台に何度か行ったことがあったので、思わずそんなことを口
にしていました。
「ええ、ぼくも東北の出身です」
 わたしのつぶやきが聞こえたのか、彼はそんなことを言いました。
 その古ぼけたパンフレットには、何編かの詩と短編が二つばかり載っていたの
ですが、二十年も前の作品と「風波通信器」とどんな関係があるのか、わたしに
は少しも見当がつきませんでした。
 なんとなくじれてきたわたしの気持ちも知らずに、彼は、わたしが興味深そう
に読んでいるとでも思っているのか、こぼれそうな笑みを浮かべながら、わたし
の反応をじっと待っているふうでした。
「あの、これが」
 わたしは、ついに意を決して尋ねました。
「お話の秘密とやらと、どんな関係があるんですか」
「おや、お目にとまりませんでしたか」
 彼は、驚いたように目を大きくしました。
「ほら、おしまいの方に『風の行方、不明なり』という短編がのっているでしょ
う」
 彼は、にが笑いをしながら、仕方のない人だという具合いにわたしの手元にあ
る小冊子をのぞきこみました。
 わたしは、あわててペ−ジをめくってそれを探しました。
「ええ、ありました、ありました」

  「風の行方、不明なり」
          みちやすお

 とあります。
「どうです、めんどうでなかったらお読みになっては」
 わたしは、彼のことばを待つまでもなく、読んでみることに決めていました。
てっとり早く、秘密とやらを彼の口から聞き出そうなどというのは、どうも虫が
良すぎると気がついたこともありますが、何より、「風の行方、不明なり」とい
うタイトルに興味を覚えたからでした。
                                 つづく
1991/10/04





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