AWC 短編「風波通信器」(2)       浮雲


        
#1222/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ     )  91/10/ 5   5:39  (114)
短編「風波通信器」(2)       浮雲
★内容
 それは、児童文学とでも言うべき類のものでした。ちょっと長いので要約を掲
げるだけにしておきましょう。

      *
  仙台市のある小学校に、秋沢という名前の四国出身の独身の先生がいました。
  秋沢先生は、ある日、受持ちのクラスの子どもたちにある提案をしました。
 「宮沢賢治という人は、『鹿(しし)踊りのはじまり』という作品の中で次の
 ように言っているよね。

   わたくしがつかれてそこに眠りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだ
   ん人のことばに聞こえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行わ
   れていた鹿踊りのほんとうの精神を語りました。
                                   」

  秋沢先生によれば、どうやら風には人間の声を伝える働きがあるらしい。そ
 れも、音を運ぶというだけではなく、もっと別のはたらきがある、いやそうに
 違いない、というのです。
  秋沢先生は、ほかにも宮沢賢治の作品を二つ三つあげて、そのことが疑いの
 ないことを説明しました。
  子どもたちは、おしまいには一人残らず、まるでそれがあたり前のことのよ
 うに思われたのでした。
  そして、最後に秋沢先生は、風を使って通信のできる装置をみんなで作って
 みよう、と言い出したのです。
  子どもたちは大喜びです。
 「ノ−ベル賞もらえっかや」「俺えの家までとどぐべか」

  さて、そこで秋沢先生は、子どもたちに、風はいったい何から出来ているか
 、まずそれを考えてみるように言いました。いっぺんに教室は静かになってし
 まいました。
  しばらくして、
 「なんだべか」「おら、見だごとねえべっちゃ」
  子どもたちはひそひそやりだしました。
 「よおし、田んぼさ行ってみっぺ」
  秋沢先生は、子どもたちを田んぼに連れ出しました。

  それから何日かあとのことです。いろんな意見が出ましたが、風とは「水み
 たいなもの」ということに落ち着きました。
  そうなれば、あとは簡単です。水車のようなものを作ればいいだけです。
  まず、大きな車のようなものに羽根をつけ、それに人間の声の波長に似せて
 長さを決めたすずらんテ−プを何百本もつけるのです。長さは、T=1/fで
 かんたんに求められます。
  こうして、稲刈りも終わったある日のこと、秋沢先生の学校では、風を使っ
 た通信の実験が始まろうとしていました。
  気象台からは、北北西の風、風速5メ−トルとの報告がありました。

 【いよいよ、実験開始の午前十一時。秋沢先生のクラスの子どもが、記念すべ
  き第一声の伝文を持って【送信器】の前に立った。
  いまや、風は北から南へまっすぐに吹いていた。
                               おわり 】
      *

「う−ん」
 わたしが顔をあげると、彼はなんだかそわそわした様子で天井を見上げたり、
窓の方に目をやったりしているのです。
「なんと言ったらいいのか、その、」
 わたしは、そこでことばを切ってしまいました。本当になんと言ったらいいの
か分からなかったのです。
 わたしは、水車と荷造り用のすずらんテ−プを思い浮かべてみましたが、どう
してもその二つがひとつのものになりませんでした。

   5
「その作者が、風は水みたいなものだ、と見抜いたのはなかなかです。水の正体
も粒子なのですから。でも、水車をつくってしまったのはまずかった」
 かれは、しまいには大きくため息をつきました。それは、わたしの反応に対し
てなのか、それとも作者のみちやすをという人に対してのものだったのか、それ
は分かりませんでした。
「風波通信器と同じものが、だいぶ前に考え出されていた、ということですか」
 怒鳴られるのを覚悟で、もしかしたら秘密とはそのことを指すのかと、尋ねて
みました。
「いえ、それは違います。たしかにヒントにはなっていますが、彼の場合、粒子
という考えが全く認められません。むしろ、電波と同じ発想から風の波長という
ところに注目しているのです」
 彼は、怒りもしなければ、その口ぶりには少しも威張ったところがありません
でした。
「仕方がない。とっておきの秘密を話してあげましょう。いいですか、ぼくの場
合は、風の粒子一つ一つに文字を書き込んでしまうのです」
「書くと言うと、」
 わたしは、ほかにことばが見つかりませんでした。
「はっはっは、ですから、粒子一つに一文字書きつけるのです。<あ>とか<い
>とかいった具合いです。これ以上たしかなことはないでしょう」
 彼は、笑いながらいいました。
 それではまるでファンタジ−の世界じゃないか。わたしは、危うくそんなこと
を口にするところでした。しかし、
「でも、なんとも愉快な話でしょ。風が吹いていったと思ったら、それにはたく
さんのことばが書き込まれていたというわけですから」
 そんな彼の楽しそうな口ぶりや、「風の行方、不明なり」という短編のことを
考えあわせているうちに、そんな自分が恥ずかしくなってしまいました。
 わたしは、そんな自分の気持ちをごまかすように先を急ぎました。
「それで、この秋沢先生たちの実験は、どうなったのでしょう」

 「いまや、風は北から南へまっすぐに吹いていた」

 という、最後の一行に目を落しながら言いました。
「誰も同じですね。ぼくも、これを読んだとき、何よりも知りたかったのはそれ
でしたから」
 彼は、いたずらっぽく笑いながら言いました。
「実は、ぼくは知ってるんですよ」
「えっ、ほ、ほんとうですか」
 わたしは大声をあげました。


「おとうさん、起きなさいってば。もう、風邪引いても知らないよ」
 娘の大きな声に、わたしは目を覚ましました。
「ああ、」
 わたしは、一人で焼酎を飲んでいるうちに、うたた寝をしてしまったのでした。
「夢か」
 ところが、たしかに夢をみたのは覚えているのですが、それがどんな夢だった
のかどうしても思い出すことが出来ませんでした。
「いやだ、いやだ。歳はとりたくない」
 わたしは、よっこらしょとかけ声をかけながら立ち上がりました。

                                 おわり
1991/10/04





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