#1122/3137 空中分解2
★タイトル (GSA ) 91/ 8/23 7:55 (196)
派遣前の出来事(11) ハロルド
★内容
○ ジャズクラブ・ソールトレイン(夕方)
店内は北室と春美とマスター以外に誰もいない。マス
ターが春美の前にコーヒーを差し出す。
川 原「さあさあ、遠慮しないで飲みなさい」
春美、おずおずとしながらもコーヒーカップに手を伸
ばし、口をつける。
北 室「お前さんが阿倍野の恋人の娘さんとは偶然だな」
春 美「…………」
北 室「それでこの俺の後ろ姿を阿倍野と間違えて刺そうとした訳
か……」
川 原「あんたと阿倍野の後ろ姿が似てるって? 今度、一緒に並
んで見せてくれよ」
北 室「マスター……」
川 原「しかしなんだな、あの北室進悟がこんな小さな女の子に殺
されたとあっちゃあ形無しだろうな」
北 室「茶化さないでくれよ」
春 美「あの…………」
北室と川原、春美を見る。
春 美「本当に申し訳ありませんでした」
北 室「(微笑む)意外と素直なんだな」
春 美「私、皆さんには関係ない事でご迷惑をかけてしまいました」
北 室「関係はおおありだよ」
春 美「…………」
北 室「君は自殺しようとして周りの人間を騒がせたんだ。決して
関係なくはない」
春 美「でも私は誰にも迷惑をかけずに一人で死のうと思ったんで
す」
北 室「人に迷惑をかけないで自殺するなんて出来っこないよ。そ
れがわからない歳でもあるまい」
春 美「……それは……」
北 室「でもまあ君は本当にそれが正しいと思ってしたことなんだ
ろうけど」
春 美「…………」
北 室「俺を殺そうとした事は結局は両親の為にと思ってした事な
んだろう?」
春 美「…………」
北 室「両親想いはいいけどやり方がマズすぎるぜ。お袋さんの愛
人を殺す娘なんてマスコミが喜ぶだけだ」
春 美「じゃあどうすればいいんですか?」
北 室「さあね、とにかく大人のする事にはあまり首を突っ込まな
い方がいいんじゃないか?」
春 美「北室さんはどうして他人の事に首を突っ込みたがるんです
か?」
北 室「だから言ってるだろう。自殺されるのははっきりいって迷
惑だからさ」
川 原「お嬢ちゃん。その男はね、前に一度アメリカでね……」
北 室「(怒鳴る)マスター!」
川原、肩をすくめる。
春 美「(不思議そうに)アメリカがどうかしたんですか?」
北 室「別になんでもないよ」
春 美「アメリカに行った事があるんですか?」
北 室「昔ね……。実はまた今度行くんだ」
春 美「旅行? それとも出張か何かで?」
北 室「……サンディエゴという所に派遣されるんだ。数年はそこ
で暮らす事になる」
春 美「まあ!」
北 室「アメリカに興味があるのかい?」
春 美「私の父がよく仕事でアメリカに行くんです」
北 室「俺の先輩だな」
春 美「父は仕事一本槍のタイプで家に帰って来るのはたまになん
です」
北 室「なるほどね」
春 美「母はそんな父に愛想をつかしてしまって……」
北 室「アメリカに親父さんをとられたってわけかい」
春 美「北室さんはアメリカが好きなんですか?」
北 室「お前さんは嫌いなのかい?」
春 美「……ええ、アメリカも嫌いだし、それにかぶれた人も嫌い
です!」
北室、やれやれといった表情。
春 美「あっ、私は父の事を言ったんです。気に触ったらごめんな
さい」
北 室「いや、別に謝る事はないさ」
春 美「北室さんはどうしてアメリカが好きなんですか?」
北 室「そうだなあ……いろいろ全部話すと長くなるけど……一言
でいうならアメリカは努力すればそれがちゃんと報われる
国だって事かな」
春 美「…………」
北 室「アメリカンドリームって言葉は聞いた事があるだろ? ア
メリカは自由な国で個人個人がそれぞれ尊重されるんだ。
そしてこれはと思う者が出てきた時は国民全体がそれを歓
迎する」
春 美「…………」
北 室「日本は違う。法律で自由は認められても日本人全体の意識
の仲で個性は迫害され、夢は押しつぶされる。自分が本当
にやりたい事が……絶対にやれないとは言わないがやり難
い国なんだ」
春 美「私の父も似たような事を言います」
北 室「そうだろ? 少しは親父さんの気持ちも理解できたってわ
けだ」
春 美「(不機嫌そうに)ええ、ほんの少しですけど」
二人、苦笑い。
北 室「お前さんは何か夢はもってないのかい?」
春 美「夢?」
北 室「やりたいこととか」
春 美「強いて言えば一つだけ……」
北 室「どんな夢?」
春 美「ちょっと変わってるんですけど……」
北 室「言ってごらん」
春 美「私、本当に好きになった人のお嫁さんになりたいんです」
北 室「(怪訝な表情)それのどこが変わってるんだい?」
春 美「友達はみんな言うんです。結婚するんなら自分の好き嫌い
で選ぶんじゃないって。その相手の地位や財産、相手の親
が一緒に暮らすのかどうかとか、とにかく少しでも玉の輿
にのれるように決めるのが大事なんですって」
川 原「中学生でもうそんな考え方をしてるのかい? せちがらい
ねえ」
春 美「私は違います。……私、地位も財産も関係ない、本当に好
きになった人と家庭を築きたいと思ってるんです」
北 室「それが普通だと俺は思うな」
春 美「それが子供の為にもいいと思っているんです」
北 室「子供って……誰の事?」
春 美「(戸惑いながら)……私の……」
北室、笑い出す。
川 原「(笑いをこらえて)北室ちゃん。そんな笑うもんじゃない
よ!」
北 室「(笑い続ける)だって……」
春 美「夫と子供とで幸せな家庭を作りたいと思ってるんです!」
北 室「(笑い続ける)わかる。わかる」
春 美「…………私の子供には、私みたいな思いはさせたくないか
ら……」
二人の笑い、凍り付く。川原、皿洗いにもどり、北室
はコーヒーを飲み干す。春美は、再び寂しげな表情。
北 室「マスター、バーボンくれ」
川 原「バーボンって?」
北 室「ボトルキープしてあるバーボンだよ」
川 原「何言ってんだ。この前全部飲んじまった癖に……」
北 室「じゃあ新しいのを出せばいいじゃないか」
川原、しぶしぶボトルを出す。
川 原「春美ちゃん」
春美、川原の方を向く。
川 原「親が仲良くして欲しいと思うのは当然だよ。しかし人間っ
ていうのは必ずしも自分が望むようにはなかなか生きられ
ないものなんだ。夫婦は仲良くした方がいい。一生懸命勉
強していい大学に入れ。いつまでも病気をせずに健康でい
ろ。……そして一度は別れた恋人ともう一度よりを戻した
い……」
北室、びっくりして川原を見る。
川 原「みんな当たり前の事なんだ。しかし彼らはある何らかの間
違いでそうする事の出来なかった、或いは出来ないでいる
連中なんだ。私が言いたいのはそんな人間でもそれはその
人の生き方として尊重してやって欲しいという事さ。ひょ
っとすれば君の親は離婚するかも知れない。しかしそれは
ある意味で仕方のない事だろう。大事なのは君がその事実
を冷静に受けとめて、それぞれの親の生き方を尊重し、君
自身の人生に従って両親といつまでも仲良くしていく事な
んじゃないのかな」
○ 同・数時間後
春美と北室、帰り仕度を整えている。
北 室「(春美に)先に表で待っててくれ。すぐに出るから」
春美、先に外へ出る。
北 室「マスター、ありがとよ」
川 原「(笑って)いいんだよ」
北 室「あの娘も少しはわかってくれたと思うよ」
川 原「お前さんはどうなんだい?」
北 室「……俺は初めからわかってたさ」
川 原「……どうかな。まあ人間の感情なんて演説によって変わる
もんじゃないしな」
北 室「それじゃあ行くよ」
川 原「北室ちゃん」
北室、振り向く。
川 原「……アメリカで起こった事は忘れな」
北 室「……」
川 原「それがお前さんの人生に重い負担をかけてる」
北 室「……忘れてるさ」
川 原「本当にそうか?」
北 室「…………ああ、……本当だ」
川 原「……そうか、それならいいんだ。余計な事を言ったな」
北 室「じゃあな」
川 原「ああ、気をつけてな」