#1116/3137 空中分解2
★タイトル (GSA ) 91/ 8/23 7:33 (169)
派遣前の出来事( 5) ハロルド
★内容
○ ジャズクラブ・『ソールトレイン』
マスターの川原の他にその娘である川原静子(18)
が店の手伝いをしている。カウンターの前には真知子
が一人でカクテルを飲んでいる。
真知子「(独り言)あいつが寂しがるわけな
いじゃない!」
静 子「(川原に耳打ちして)今日は北室さん来ないの?」
川 原「何か事情があるみたいだよ」
そこへ阿倍野がドアを開けて入ってくる。
真知子「あら!」
阿倍野「やあ、どうも!」
ふたり、しばらく見つめ合う。その二人の姿を川原と
静子、キョトンとして見る。阿倍野、真知子の隣に腰
掛ける。
阿倍野「隣、いいですか」
真知子「(微笑みながら)どうぞ」
二人、並んでしばらくの間、沈黙。
阿倍野「……あの……」
川原と静子、二人の成り行きを見守っている。
○ 今内商事・1Fフロア
阿倍野がそこに佇んでいる。そこへ北室が来る。
阿倍野「(びっくりして)北室!」
北 室「(不思議そうに)何だよ。その驚きようは」
阿倍野「どうしてお前がここにいるんだ?」
北 室「どうしてって外回りからの帰りだよ」
阿倍野「だってお前、今日から三日間名古屋
へ出張の筈じゃあ……」
北 室「(呆れて)何言ってるんだ。もうとっくに俺の代わりに他
の者が行く事に決まったじゃないか」
そこへ真知子が阿倍野の背後からやってきて北室と顔を合
わせてびっくりする。
真知子「進悟!」
北 室「真知子! どうしたんだ? 今日会うなんて聞いてなかっ
たぞ」
阿倍野「いや、違うんだ。そのう……」
真知子、阿倍野のそばに来る。二人並んで立っている。
阿倍野、ばつが悪そうに頭を掻いている。
真知子「(ためらいながらもきっぱりと)私、今日は阿倍野さんと
約束があるの」
北 室「…………なるほど…………それで俺が名古屋に行ってて会
社にいないと思った日にここで待ち合わせってわけか」
阿倍野、頭を掻きながら北室に近づき、肩に手を回す。
阿倍野「ちょっときてくれ」
阿倍野、北室を廊下の角まで連れていく。
阿倍野「黙ってたのは悪かったよ」
北 室「言い分を聞こうじゃないか」
阿倍野「聞けばお前は真知子さんと別れたそうじゃないか。いや正
確に言えば別れてるそうじゃないか」
北 室「…………」
阿倍野「真知子さんは言ってたぞ。お前は昔から彼女の事を本気で
愛してたわけじゃなかったってな」
北 室「…………」
阿倍野「彼女を一人にさせておいて……可愛そうだとは思わないの
か」
北 室「なるほど、それで黙って見ていられなくなったってわけか」
阿倍野「北室……」
北 室「お前さんは前に俺から彼女は盗らないって言ったよな。確
か」
阿倍野「そこの所を誤解するなよ! 俺はお前からは何も盗っちゃ
いないぞ。お前は……(怒りがこもる)事もあろうに彼女
を捨てたんだぞ! そして俺は!……お前の捨てた物を拾
って自分の物にした。ただそれだけの事だ」
北 室「ほおう、……拾得物横領罪だな」
阿倍野「(ため息をつき)真面目な話だぞ」
北室の口元に笑みが走る。そして微笑みは段々と顔全
体に走っていく。そして、しだいに笑い声まで上げて
いく。阿倍野、それを唖然と見ている。
北 室「本気にしたか?」
阿倍野も段々微笑みが広がっていく。
阿倍野「(苦笑して)一杯食わせやがって」
北 室「心配するな。俺はなんとも思っちゃいねえよ。お前の言っ
てる事は正しいしな」
阿倍野「北室……」
北 室「ただ一つ聞いておきたい事がある」
阿倍野「何だい?」
北 室「あの女は前に俺と付き合ってた女だ。それに拘りは……」
阿倍野「(きっぱりと)ないね」
北 室「そうか。それともう一つ……」
阿倍野「ああ、」
北 室「お前さんが付き合ってる例のあの女の事だが……」
阿倍野「もうその事は気にしなくていいんだよ…………俺の方も別
れたよ。きっぱりとな」
北 室「そうか、それならいいんだ」
阿倍野「お前こそ本当にいいんだろうな。後で返せなんて泣き言を
言うなよ」
北 室「……お前さんはいい奴だよ」
二人、真知子のいる所へ戻る。
阿倍野「和解成立!」
真知子、微笑む。
北 室「(真知子に)まあ、しっかりやりな」
真知子「(ニヒルな笑い)……うん」
北 室「(阿倍野に)お前さん、思ってたより嫌な奴じゃなさそう
だしな、安心したよ」
阿倍野「(微笑んで)ありがとう」
北 室「喧嘩なんかして俺に心配かけさすんじゃねえぞ。しっかり
した交際をするんだ」
真知子「(笑って)まるで私のお父さんみたいな口の聞き方ね」
三人、笑う。
○ 同・部長室
北室がドアをノックする。
北 室「北室ですが」
増田の声「入り給え」
北室、入室する。
増 田「(書類を整理しながら)何かね?」
北 室「大事な話が……」
増 田「後五分で重役会議があるんだがね」
北 室「すぐにすみます」
増 田「手短に頼むよ」
北 室「例のサンディエゴの件ですが……」
増 田「(驚いて北室を見て)うん……!」
北 室「もし私で良ければやらさせて頂きたいと思いまして」
増 田「(喜ぶ)そうか! そうか! いや良かったよ。君以外に
適任者がいないから困っとったんだ」
増田、北室の手をとる。
増 田「早速上層部にこの事を伝えなければな。君は外国生活の準
備をしてもらわにゃいかん。君の恋人は連れて行くんだろ
うね?」
北 室「いえ、それが……」
増 田「ん?」
北 室「今はもうフリーの身なもんでして」
増 田「まさか今度の事が原因なんじゃ……」
北 室「いえ、それは違います。まったく個人的な事でして……」
増 田「そうか。それは残念だったな。しかし外国で一人暮らしと
いうのは寂しいだろう。前田のようになりかねんかもしれ
ん」
北 室「私に限りましてはそのような事はないと思います」
増 田「それはそうだとは思うが……それならどうだろう? 前に
君が断ったお見合い、あれをもう一度考えてみる気にはな
らんかね?」
北 室「それはそうと部長。もうそろそろ重役会議の時間が……」
増 田「そんなもん後でもいいんだ。(机の引き出しを探し始める)
確かまだ残ってた筈だぞ。ええと……あった! あった!
これだ。見給え、君。最高の美人とは思わんかね」
部長、見渡すと、もうそこには北室の姿はない。