#1113/3137 空中分解2
★タイトル (GSA ) 91/ 8/23 7:23 (159)
派遣前の出来事( 2) ハロルド
★内容
○ 今内商事・外観
北室の勤める一流の商事会社。北室が中へ入っていく。
○ 同・1Fフロア
ソファーにロングスカートにカーディーガン姿の女
(坂本真知子・24)が腰掛けている。誰かを待って
いる様子で時々時計を眺めたりしている。廊下の方に
目をやるとそこに薄い灰色のスーツを着たある男の後
ろ姿が見える。真知子、にやりと笑い、その男に足音
を立てないようにして近づき、男の背後に立つ。
真知子「進悟!」
真知子、男の背中を両手で押す。
真知子「(怒って)遅いじゃないの!」
男、びっくりして振り返る。その顔は北室進悟ではな
く、その同僚である阿倍野耕一(24)のもの。
真知子「(びっくりして)ご免なさい! 人違いでした!」
阿倍野「ああ、びっくりした」
真知子「どうも失礼しました」
阿倍野「(真知子を輝くようにみて)いえ、いいんですよ。どうぞ
気にしないで」
二人、しばらくそこに佇む。
阿倍野「(真知子に)待ち合わせですか?」
真知子「ええ、三時に約束してたのに……」
阿倍野「忘れてるのかもしれない。誰だか教えて下されば呼びに行
きましょうか?」
真知子「いえ、もう来ると思いますから」
北室「(真知子の背後から)どうしたんだ?」
真知子、振り返ると北室の姿。
真知子「(微笑んで)進悟……」
阿倍野「北室君の知り合いですか……」
真知子「(二人を交互に見てから北室に)知り合い?」
北 室「同じ営業三課の同僚だよ。俺と同期で名前は阿倍野……何
だったかな?」
阿倍野「耕一だよ。阿倍野耕一。よろしく」
北 室「こいつは坂本真知子。俺の高校時代からの付き合いなんだ」
真知子「よろしく」
北 室「(真知子に)何があったんだい?」
真知子「この方の後ろ姿を貴方と間違えて押しちゃったのよ。恥ず
かしかったわ」
北 室「(苦笑して)こいつの後ろ姿と間違えたのか?」
真知子「でもよく似てたわよ」
北 室「(冗談めかして)どうせならもうちょっとマシな奴と間違
えろよ」
阿倍野「(笑って)今の言葉そっくりそのまま返してやるよ」
三人、笑う。
阿倍野「でも北室ったらこんな素敵な彼女がいるなんて全然教えて
くれないんだもんなあ」
真知子「あら、いえ、そんな……」
阿倍野「北室がもうちょっと来るのが遅かったら友達になるいいき
っかけが出来たところなのになあ……。惜しい事した」
真知子「あら、それってひょっとしてナンパ?」
阿倍野「まあ有り体に言えばね」
北 室「まったくいい加減にしろよ、この女たらし」
阿倍野「(冗談めかして)またこの次に会う機会があればまた背中
を押して下さっても結構ですよ」
真知子「(笑う)まあ!」
阿倍野「さて、邪魔者は消えるとするか」
阿倍野、その場を去る。
北 室「(皮肉っぽく)随分と楽しそうだったじゃないか」
真知子「貴方が早く来ないからよ」
北 室「別に悪いとは言ってないぜ」
真知子「そんな話をしに来たんじゃないわ」
北 室「何の用だい?」
真知子「今日の九時にいつもの『ソールトレイン』に来てほしいの
よ。それだけよ」
北 室「(呆れ顔で)それを言う為にわざわざ待ち合わせたのか?」
真知子「(ため息混じりに)たまに会ったのにそんな言い方するの?」
北 室「たまにしか会えない程忙しいんだ。そんなつまらない事で
いちいち呼び出すんじゃない。電話で済む事だろう」
真知子「とにかく会社が終わったら『ソールトレイン』に来て。九
時よ」
真知子、呆れ顔の北室を残して去ってゆく。
○ 同・営業三課室内
北室、入室する。同僚の青田直子(22)が北室に声
をかける。
直 子「あっ 北室さん。部長が、部長室まで来て下さいって」
北 室「あ、そう。わかった。すぐ行くよ」
直子、好意的な目で北室を見る。
○ 同・部長室
部長の増田(41)が北室にお茶を勧めている。
増 田「仕事ぶりはなかなか順調じゃないか」
北 室「恐れ入ります」
増 田「ところで、君は前にアメリカのサンディエゴでの事業計画
の主任に任命されかけた事があったね」
北 室「ええ、しかし私にはまだ大事業の仕事は早すぎるという事
で二課の前田さんが行く事になりました」
増 田「君は行きたかった?」
北 室「あの時は。でも今となってはこっちの仕事の方にやりがい
を感じてますよ」
増 田「その君のやりがいに水を差すようで悪いんだがもう一度あ
の仕事をやりたいとは思わんかね?」
北 室「(驚く)しかし前田さんは……」
増 田「……彼は辞表を出したよ。……ロサンゼルス支社でな」
北 室「!……」
増 田「彼にやらせたのは間違いだった。彼は辞表を出すと逃げ出
すようにして日本に帰ってきたんだ。かなりひどいホーム
シックとノイローゼだったらしい」
北 室「……」
増 田「二課の課長に言わせると彼は仕事も出来るし、単身赴任の
経験もある。英語も出来るから適任だった。もっと骨のあ
る男だと思っていたのに……」
北 室「英語が出来るのと海外で暮らせる事とは違います」
増 田「ふむ」
北 室「前田さんの場合、英語を覚えたのは英会話スクールでした。
それだけでは生きた英語は話せませんし、第一外国で暮ら
せるとは限りません。私に言わせればアメリカで暮らせる
人種は二種類しかいません。一つはアメリカそのものが好
きである事。あのアメリカの自由で若々しい精神が好きな
事です」
増 田「で、もう一つは?」
北 室「アメリカそのものもそうですがアメリカに知人がいてその
人の事が好きな事です。親や兄弟、或いは……」
増 田「恋人か夫婦?」
北 室「そうですね」
増 田「君は学生時代にアメリカで暮らした事があるそうだね」
北 室「高校の時、子守とピザの宅配のアルバイトをしながらの無
銭旅行でした」
増 田「君もアメリカに恋人がいた口かね?」
北 室「……えっ、ええ、まあ……」
増 田「それでどうかね? 一つやってみる気にはならんかね」
北 室「……はあ」
増 田「まあ確かに一度降ろされた仕事をまたやってくれなんて言
うのは、いろいろ勝手を言うようで悪いとは思ってる」
北 室「いえ、そんな事は……」
増 田「しかし君はアメリカにはあんなに行きたがってたじゃない
か。(笑って)ひょっとすると昔の恋人にまた会えるかも
しれん」
北 室「今は恋人は日本にいます」
増 田「私が勧めたお見合いを断らせたあの恋人の事だね」
北 室「……」
増 田「別に強制的な事じゃないんだ。君が適役だと思ったから言
ったまでだ。返事はすぐにでなくてもいい。じっくりと考
えて欲しい」
北 室「……はい」
増 田「アメリカに行くからって何も恋人と別れろだなんて言って
おらんよ。一緒に連れて行けばいいじゃないか。本当に仲
のいい恋人同志で信頼しあっているなら、女は男の後に付
いて行くもんだ」