AWC 巨人ブーバー(2)     永山


        
#1026/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 7/14   9:17  (184)
巨人ブーバー(2)     永山
★内容
 翌日、下田警部からの連絡を待ちかねていた地天馬は、かかってくるなり、
メモを取り始めた。
「木、被害者が引っかかっていた木には、何か擦った痕跡なんかは? あ、な
い。それなら、犯人がロープか何かでつり上げたんじゃないみたいですね。そ
れと……そうだ、被害者は車の運転ができました? あ、免許証があったと。
自分の車も持っていたらしいと。らしいって言うのは? ああ、今は車が見あ
たらないんですか。
 もう一つ聞いておきたい、遺体発見から遡って二週間ほどの天気を教えてほ
しいんです。もちろん、現場辺りの。え、どうしてそんなこと聞くかと言われ
てもね。今はいいでしょう。で、分かります? 時間がかかる? じゃ、いい
です。Y県の現場も見たいし、向こうの人とのつなぎを取ってくれた方があり
がたいな。天気はあちらで聞きましょう! 承知してくれますね。じゃあ、お
願いします。頼みましたよ」
 そう言って、地天馬は電話を切った。やけに浮かれた声だった。
「ロープでつり上げたんじゃないとすると、どうやって犯人は木に引っかけた
のかねい?」
 私はガムを口に入れてから聞いた。だからか、語尾が変になった。
 地天馬は私の質問に直接は答えず、私のガムの残りを手に取って見つめなが
ら、
「どうやったかよりも優先することがあるだろ。どうして木に引っかけるなん
て面倒なことを犯人はしたのか、というのが」
 と言った。
「遺体を隠すためだろう」
「そうかな。いや、その可能性もあるが、必然として迫って来ないんだ。山の
中で殺したのなら、もっとうまい隠し方があると思う。木に引っかけるなんて、
結局は見つかり易くしているようなもんじゃないか?」
「でも、他にどんな理由があるって言うんだい?」
「うん、死因から考えて、一つの過程を描いてみてはいるんだが、現場に行か
なくちゃ、確信が持てない。下田警部次第だが、明日にでも行きたいね」
 地天馬の意向はこうだったのだが、下田警部からの電話はすぐにはなかった。
警部もそれなりに忙しいと見える。連絡があったのは、三日ほど経っていたと
思う。その間、地天馬は別の事件の処理に当たっていたのだが、それは別の機
会を待っていただきたい。
 Y県の県庁所在地のある駅で降りると、スーツ姿の若い男が、すぐにこちら
に駆け寄って来た。彼は、私達が目的の人物だと確認すると、
「Y県警のはやしと申します。早い矢に仕事の仕と書いて、早矢仕です。よろ
しくお願いします」
 と、実直そうに言った。ひょっとしたら、下田警部は、地天馬と喧嘩になら
ないような人物を選んでくれたのではないだろうか。だから三日のブランクが
必要だったとみるのは、うがち過ぎだろうか。
「早矢仕さん、早速ですが、現場を見たいんです。案内をお願いできますか?」
「もちろんですとも。車を用意してますので、どうぞ」
 早矢仕刑事は足早に駐車場へと向かおうとしたが、地天馬は動かないで、刑
事に質問をぶつけた。
「ああ、警察の車となると、税金で動いてるんですよね」
「は? それはそうですが、何か」
「でしたら、僕は乗りたくないなあ。僕らは個人の依頼で動いているのだから、
これだけのことで警察の予算を浪費するのは、気がひけます」
「それではどうしましょう」
 戸惑った表情になる刑事。それを楽しんでいるかのように口元を緩めた地天
馬は、追い打ちをかけた。
「タクシーやレンタカーも一つの手ですが……。時に早矢仕さん、捜査の進展
具合いはどうです?」
「言いにくいことですが、難渋しております。一応の容疑者はいるのですが、
犯行方法がさっぱりで……」
「早期解決は、警察としても望んでいるでしょうね、やはり」
「それはもう。こうして、地天馬さんのような名探偵の方をお迎えするほどで
すから」
「Y県警の総意として、僕らに依頼したと考えてもいい訳ですか?」
「……そうですね。そう解釈してくださって、結構だと思います」
「よし! では、車に乗りましょう。そういうことなら、警察の車に乗るのに、
何の差し支えもない」
「はあ。では、こちらへ……」
 面食らった様子で、早矢仕刑事は私達を見ていた。

「こちらが現場です」
 早矢仕刑事は手慣れた運転で、現場まで案内してくれた。下田警部から話を
聞いた限りでは、山奥で、とても車では入れないような所が遺体発見現場だと
思っていたのだが、意外にも一度も歩くことなく、車で来れた。
 車から降りると、乾いた砂のような土があった。水害なんかで簡単に流れて
しまいそうな質の土だ。
「この木の、あの辺りに引っかかっていたらしいんですが」
 刑事は暑いせいか、スーツを脱いで腕にかけてから、問題の木を指で示して
くれた。樹齢何年になるのか分からないが、なかなか立派な木である。
「降ろすときは、どうしたんです?」
 地天馬は周囲を見回しながら、刑事に聞いた。
「降ろすというのは、遺体の事ですか」
「そうです」
「居合わせた訳じゃないので、詳しくは知りませんが、下の町役場に頼んで、
梯子を持ってきたそうです。いくら道路があるといっても、クレーン車や消防
車を繰り出すには、あまりにも狭いからでしょう」
「木に傷はなかったんでしたよね」
「はい。ロープを使ったような傷跡はなかったのです。が、何かがぶつかった
ようなへこみが一箇所、ありました」
「へえ、どの辺りです?」
「遺体のぶら下がっていた枝のすぐ下くらいですか。高さとしては、ほとんど
同じです」
 それを聞いて、地天馬は一人で納得したようにうなずいている。かと思った
ら、突然、
「あちらの池は、深さはどのくらいでしょうね」
 等という質問を口にした。
 地天馬が指さした方向には、確かに池があった。池と言うには大きく、湖と
言うには小さい。沼と言いたい感じだ。ちょうど道路のカーブに当たっていて、
沼を見るために車を止める人もいるのか、あまり草は生えていなかった。
「深さですか。はっきりとは知りませんが、溺れた子供がいるくらいですから、
相当あるんでしょう」
「結構ですねえ。で、捜査やら何やらで、何か他に、面白いものは発見できま
せんでしたか?」
「え? そういうものはないように思いますが」
「では、そろそろ戻りたいですね。一応の容疑者という人についても、知りた
いし」
 何かを掴んだらしく、地天馬はうきうきした口調になっていた。無論、何を
掴んだかなんて、私には分からない。

「まず最初に」
 早矢仕刑事は、天気のリストをくれた。
「頼まれていた、遺体発見から遡って二週間の、現場周辺の天気です」
「雨が多いですね。降水量はどうでしたか?」
「数字までは知りませんが、かなり降っていたですね」
 思い出す風の刑事。が、それもすぐにやめると、次の行動に移った。
「こちらが容疑者です」
 早矢仕刑事は、ファイルの束の中から、一枚を抜き出してきて、こちらに見
せてくれた。いかにも暴力団関係という、目付きの悪いパンチパーマの男の顔
写真が貼ってある。
「笹崎五郎と言いまして、さる暴力団の下っ端と思っていただければいいと思
います。牟田綿子の勤めていた店での聞込みで分かったことなんですが、牟田
とは親密な間柄にあったようです。それでですね、この男が麻薬の売人だとい
う噂がありまして、ひょっとしたら、牟田も客だったか、もしくは売人仲間だ
ったかという線で追っているのです。しかし、いかんせん、この笹崎が行方不
明なので、行き詰まっている次第です」
「この男が、被害者を追っていたということはありませんか」
「どうしてそう思われるのです、地天馬さん?」
「いや、被害者が遺体発見の三週間ほど前から行方不明になっていたと聞いた
ものですから。死亡したのは遺体発見の二週間くらい前T判断されたんでしょ
う? となると、一週間の空白ができる。この間、牟田綿子はどこでどうして
いたのかと、気になりませんか」
「ははあ。さすがに気付かれていますね」
 軽くウィンクする早矢仕刑事。意外にも、なかなかの洒落者らしい。
「実は我々警察も、その一週間を追っているのです。どこかで笹崎と結び付く
のではないかと。今のところ、一向に結び付いてきませんが。それで地天馬さ
んは、どうして笹崎が牟田を追っていたのでは、と思い付かれたのでしょうか
?」
「ですから、空白の一週間は、牟田自身の意志で姿を隠したのか、それとも誰
かに拉致なり何なりをされて行方不明とならざるを得なかったのか、と考えて
……。後者だとしたら、どうしてすぐに殺さず、一週間後に殺したのか。犯人
が牟田から何かを聞き出すためか。まあ、可能性は色々あります。が、どんな
場合にしても、牟田が犯人に追われる身だったということは、かなりの確率で
間違いないと言えるでしょう」
「なるほどなるほど。その追われる身になった理由とは、どんなことが考えら
れましょう?」
 両肘をテーブルに付き、組んだ手に顎を乗せ、熱心に聞いてくる早矢仕刑事。
「麻薬に関係しているとみるのが、一番順当です。笹崎が売人であることもま
ず、間違いない。売人が追う立場に立つのは、客が金を払わずに逃げたか、同
じ売人仲間が利益を横取りしたかくらいのもんでしょうね。僕らには、麻薬と
か覚醒剤ってのは、買ったその場で現金払いをするというイメージがあるんで
すが、これに間違いはありませんか?」
「それはそうです。最初の一回は、ただで渡すこともあるらしいんですが、そ
れは客を溺れさせるための罠でして、その次からは確実に取り立てるでしょう。
払えなくなった客は、新しい客を見つけることで麻薬をもらうこともあるはず
です」
「じゃあ、牟田綿子は、売人の側になってしまっていたかもしれない。遺体に
麻薬の痕跡は」
「分からないのです。注射するやつならともかく、こういうのは時間をかけれ
ば分かるのですが、科研も一つのことだけに関わってはいられないらしくて」
 申し訳なさそうな顔になる早矢仕刑事。
「いやいや、そう悲観するもんじゃないですよ。それで下田警部から聞いたん
ですが、被害者は車の運転ができたんですよね。でも、今、被害者の家に車は
見あたらないと。そこの所の確認、もう一度お願いしたいんです。本当に車が
ないか、被害者が生きている間に行ったようなとこも、細かく調べてもらいた
いな」
「はあ、分かりました。でも、もう一度、調べても無駄だと思います。地天馬
さんが言うような場所は、すべてしらみ潰しに当たっていますから」
「では、車が行方知れずになっていることは、間違いないものとしていいんで
すね?」
「はい、これだけは断言できます」
「うん、素晴らしい! これは時間の節約になったかもしれない。じゃあ、明
日の朝一番に、現場に戻って、あの池をさらってみることです。まあ、さらう
までもないと思いますが、被害者の車は、あそこに沈んでいるはずです」
「何だすって?」
 私と早矢仕刑事の声がデュエットして、奇妙な音を作り出していた。

「本当に出るんでしょうね。出なかったら、自分のクビが危ないんですが」
 早矢仕刑事は本当に首をさすりながら、そんなことを言っている。
 早矢仕刑事は上の方に無理を言って、この池をさらうように手配してもらっ
たらしい。さらうと言ってもダイバーが一人で、上層部が素人探偵の言葉を重
く扱っていないことが、よく表れている。
「大丈夫、潜るまでもないと思いますがね」
 地天馬は例のごとく、自信満々の体で現場周辺をのんびりと見回している。
 その言葉通り、さっき潜ったばかりのダイバーが、すぐに水面に顔を出した。
「乗用車があります! 車種は……」
 ボンベのマスクを外したその口から出た言葉は、確かに被害者の持っていた
車の種類を言い当てていた。

−以下3−




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