AWC 巨人ブーバー(3)     永山


        
#1027/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 7/14   9:21  (120)
巨人ブーバー(3)     永山
★内容
「事件の話を聞いたときには、すでに一つの閃きがあったんですよ」
 地天馬は歩き回りながら、しゃべり始めた。聞いているのは私と早矢仕刑事
だけで、牟田綿子殺人事件の捜査に加わっていた人達は遠慮したらしい。
「どんな閃きです?」
「遺体を木に吊るすなんて、こんなことをわざわざする人間はいない。これは
何かの事故でこうなったのだ、とね」
「しかし、事故でああなるとしたら、天から降ってくるしかないぜ」
 私は馬鹿にされるかなと思いつつも、そんな意見を言った。
「その通りだよ! 遺体は空から落ちてきたんだ」
「ええ? じゃあ、飛行機から落ちる訳ないから、気球か何かから落ちたとで
も?」
「ううん、さっきの冴えはどうしたんだい。落ちると言っても空から地面に、
ストレートに落ちたんじゃない。地面から高く飛ばされて、引力によって引っ
張られ、また落ちてきたんだ」
「抽象的なことはいいから、詳しい説明をしてくれよ」
「自分もそう願います」
 刑事も言った。
「これでも具体的に話しているつもりなんだけどねえ。よろしい。具体的に話
しましょう。被害者の牟田は、麻薬の売人として笹崎から品物を卸していたん
だろう。その過程で、利益をピンはねするようなことをしでかし、笹崎から追
われる身となった。一週間は逃げ回れたが、ついに見つかり、二台の車でカー
チェイスとなった。できるだけややこしく、しかも自分は詳しい道を選ぶもの
だろうね、逃げる側の気持ちとしては。牟田は例の山奥を選んだ。が、笹崎も
食らいついてくる。暴力団の上の方が怖くて、必死だったのかな。さて、何と
か振り切りたい牟田は、あの池のあるカーブを利用しようと思った。牟田は笹
崎を池に落としてやるくらいのつもりでいたんだと思う。ギリギリまで曲がる
そぶりを見せなければ、あそこに池があるなんて、初めてあの道を走る者は思
わないだろうね。おっかけっこが夜だとしたら、なおさらだ。が、意外にも池
に落ちたのは牟田の方だった。いや、牟田は池に落ちてなくて、車だけが落ち
たんだが……。まあ、そいつは後回し。とにかくギリギリの線を計り誤った彼
女は、急ブレーキをかけた。車は地面のそこかしこから飛び出ている木のねっ
こで弾みがついたか、縦回転を始めた」
「縦回転って」
「文字通り、フロントグラスから突っ込んで行って、何回転かしたんだと思う。
その勢いで、運転していた牟田はフロントを突き破り、車外に飛び出した」
「ええ?」
「信じられないかもしれないが、そういう事故例はあるんだ。それも、空高く
打ち上げられるように飛び出すという例がね。という訳で、車が池にポチャン
となっている間に、牟田は大きな木の幹に首をぶつけ、ついで枝にぶら下がる
格好となり、絶命した」
「説明はつきますがね、地天馬さん。それじゃあ、地面にタイヤの跡があるは
ずでしょう。私達が調べたときには、そんなものはありませんでしたが」
「二週間というものを無視してはいけないですよ、早矢仕さん。この十四日間
に何があったか、覚えていますか?」
 試すように私達を見る地天馬。
「何って、特別なことは何も」
「特別とは言えないでしょうが、雨が降っている。相当の量のね。加えて、あ
の現場の土だ。流され易い物質だったでしょう」
「で、では、雨が急ブレーキの痕跡を消し去ったと」
「ご名答! これで不可解な状況が完成するのです。追っていた笹崎の方は、
何が起こったか分からなくて、とにかく牟田の車が池に沈んだし、しばらく待
っても牟田が浮かび上がってくる気配もないので、死んだと判断し、さっさと
現場を離れたんだと思いますね。今頃は、池で死んだはずの牟田が木の上で見
つかったと知って、震えているんじゃないですか!」
 地天馬は楽しそうに最後を締めくくった。
 捜査本部の方へは、早矢仕刑事が自分で解決したという形で、通る手筈にな
っていた。後日、新聞に報道された事件の解決は、いかにも警察が真相を見抜
いたように書いてあった。

「木の上で遺体が見つかった事件のことは、新聞でも大々的に報じられたから、
説明するまでもないでしょう」
 地天馬が言うと、今度のそもそもの依頼人である片桐は、わざわざ持って来
ていた新聞を広げて、言った。
「はい。それにしても、さすがですねえ、地天馬さん。こんな事件を解決でき
るなんて」
「事件というか、事故の当事者を見つけるまでには至りませんでしたがね。ま、
笹崎とかいう男も捕まって、何よりです」
 事件の解決が報道されると同時に、密告か何かで、笹崎の居所が判明したら
しい。大方、へまをやらかした笹崎は暴力団の上から、とかげの尻尾切りをさ
れたのだろう。
「さて、問題の巨人ブーバーですが」
 地天馬は、依頼人の話した巨人のことを、勝手にこう呼んでいる。
「はい。正体が分かったのですか?」
「多分ね。そんな巨人が存在するとは初めから思っていないので、これは外国
人だなと思ったんです。その頃、日本に来るような体格のいい外国人と言えば、
プロレスラーが真っ先に思い浮かぶじゃないですか。僕は元号はあまり好きじ
ゃないんだが、それでも昭和三十年頃というと、プロレスが庶民の人気スポー
ツになった頃じゃないかな。
 調べてみると、団体もたくさんあるんですね。日本プロレスだの国際プロレ
スだの東亜プロレスだの亜細亜プロレスだの……。そんな中で、特に小さい、
単なるドサまわりの団体と言っていい東洋プロレスってのがありました。資金
がないから、呼ぶ外国人もいい加減で、本当はレスラーじゃないのもいたらし
いんですよね。サーカス上がりのトーテムポール・ジョンという外国人が、昭
和三十六年の夏に来日しています。Y県にも興業に行っているし、これに間違
いないと思う。当時のパンフレットによりますと、このジョン君、身長が二メ
ートル五十センチとありますが、いくらなんでもこれはサバを読んでいるんで
しょうね。それでも二メートル十センチはあったと言われてますから、この人
が子供の頃のあなたを担いだとすれば、初めて見る外国人への恐怖も手伝って、
大きな鬼のような巨人に見えたんじゃないかと思いますね」
「そうでしたか……。そう言われますと、そんな気がしますなあ」
 懐かしがるような目になる依頼人。
「でも、小さいと言え、団体の招きで来日した外人レスラーが、あんな山奥を
勝手に歩くものでしょうか。街を見物していたとでも言うなら、ともかく」
「全くの推測ですが、このジョン君、ラテン系の人でして、同時に来日してい
た外国人二人は英語しかしゃべれないんですよ。それに対し、ジョンはスペイ
ン語かポルトガル語か、とにかく英語以外のどこかの国の言葉しかしゃべれな
かったんだと思いますね。でも、少なからず日本語をしゃべったということだ
から、それは、戦争で捕虜になった日本兵に教わったのかもしれない。とにか
く、団体としては通訳なんか用意できていなかったろうから、ジョン君はかわ
いそうにも、精神に多大な負担を受けたか、ホームシックになるかしたんじゃ
ないですかね。それで逃げ出したんじゃないかな。逃げると言っても、この巨
体じゃ、すぐに見つかってしまったけど」
「ははあ、有り得ますね。じゃあ、私が見た巨人は、日本経済が産んだ、最初
の外人の被害者だったかもしれないと」
「最初と言うのは大げさに過ぎると思いますが」
 地天馬は苦笑した。
「あ、ブーバーと言うのは何のことです? トーテムポール・ジョンとかいう
名前があるのに。ブーバーって」
「ああ、それはですね、馬場って知ってますよね」
「ええ、もちろん。ジャイアント馬場のことでしょう?」
「そうです。その馬場が、昭和三十五年の九月にデビューしていて、一年後の
この頃にはもう話題になっていたんですね。外国人レスラーの間でも、ちょっ
としたもんだったようです。でもBABAとは発音しにくいらしく、BUBA
と発音してしまう様なんですよ、外国人は。それで、ジョンは体格が似ている
ということでか、同時期に来日していた外国人からブバだかブーバーだかと言
うあだ名をもらったんでしょう。言葉が通じないと、こういうあだ名をもらう
ことになるんですかねえ」
 そうして地天馬は、アメリカ人みたいなそぶりで、肩をすくめて見せた。

−この章終わり




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