AWC 巨人ブーバー(1)     永山


        
#1025/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 7/14   9:13  (168)
巨人ブーバー(1)     永山
★内容
 その当時、我が友・地天馬は、「六面体の蛇」事件を解決したばかりであっ
たが、全く疲れた様子を見せず、次の事件をてぐすねひいて待ちかまえている
次第であった。
「暗号っていうのは、一種、運に左右されるからね。手ごわくも脆くもなり得
る」
 私が、暗号を解くのに苦労したねと言うと、彼はこう言ってのけたものだ。
 そうこうしていると、依頼人がやって来た。その依頼というのが、なかなか
驚くべき謎を有しており、地天馬の探求心を満たすのに充分だったのは、こち
らにとっては好都合であった。
 ノックの音がして、こちらが「どうぞ」と言うと、
「あの、だいぶ旧い事件なのですが、よろしいでしょうか?」
 と、物珍しそうな様子で入って来た。
「まあ、話を急がずに。いくら時間が貴重だとしても、過去と未来を転倒して
は進みません。さあ、この椅子に座って、落ち着いてみてはどうでしょう」
「はい……」
 中年の彼は、おどおどした様子を見せながら、深呼吸をして座った。身なり
はかなりよく、大きな指輪の一つもしている。見た目の年齢の割には、白髪も
ない。ただ、標準より背が低く、痩せてもいるので、本当に小柄だ。
「お名前や住所等を。緊張してしゃべりにくければ、こちらの用紙に書き込ん
でも結構です。あっと、ご職業は宝石のバイヤーではないですか?」
「え? はい……。そうですが、どうして」
「それは、あなたの指が語っているんですよ。本物のエメラルドだ。どんな金
持ちだとしても、本物の宝石を着けて歩く人はいません。普段はイミテーショ
ンを着けるものでしょう。だが、あなたは本物を着けている。本物を着けてい
ないとまずい商売だからじゃないかな、と考えたら、宝石商が頭に浮かんだ訳
です」
「なるほど! いや、噂通りの名探偵さんですね。心強い限りです」
 地天馬が喜びそうな言葉を並べると、依頼人は紙とボールペンを受け取り、
きれいな字で記入した。
「片桐直文さんですか。さて、いよいよご依頼の内容を聞きましょう。どんな
に旧くても構いません」
「それがですね、現在の事件とも関わっていると思えるんです。とりあえず、
昔のからいきます。あまりちゃんと覚えていないんですが、昭和三十五年頃だ
ったと思います。終戦の混乱からようやく抜け出していましたが、無論、年端
もいかぬ子供の私には、そんなことはあまり記憶にありません。ですが、あの
奇妙な事件は、鮮明に脳裏に植え付けられています」
「あまりちゃんと覚えていない、とおっしゃったみたいですが?」
 私が口を挟むと、片桐依頼人は少し笑って答えた。
「『絵』として覚えているんですよ。いつ頃かは覚えていないという意味です」
「ああ。失礼しました。お続け下さい」
「その頃、私は、Y県の山村に住んでいました。七月か八月か、とにかく暑い
夕方でした。かなり暗くなったので、遊び友達と別れて、家路を急いでいます
と、夕陽を背にして巨人が現れたのです」
「巨人?」
 私と地天馬は、同じように聞き返した。
「何ですか、それ」
「ですから、巨人としか言い様がありません。ものすごく足が長く、背も高い
……。私はびっくりしてしまって、転がるように逃げ出しました。正直、怖か
ったです。もうめくら滅法に逃げましたから、どこをどう走ったか分かりませ
ん。気が付いてみると、全然知らない、片側が切り立った崖のような場所に立
っていました。
 夏の日が長いと言っても、辺りは徐々に暗くなってきます。私は心細くなり、
大声で泣き始めていました。すると、その声を聞きつけたのか、巨人がまた現
れたのです。
 私は二重の恐怖に、反射的に身体が動いてしまった。崖の方向に進んでしま
ったんです。あっと思ったときにはもう遅くて、ずるずると身体が落ちて行き、
汗で濡れた皮膚がすーっと気持ち良くなったほどです。でっぱった岩肌に辛う
じて引っかかったようでしたが、痛みで気を失いました。あとで考えると、あ
んな場所を、あんな危険な時間によく走り回ったものだと思います。崖とか沼
とか、いっぱいあったんですから。
 で、次に気が付いたときは、巨人の肩の上です。眼を開けた途端、地面から
何メートルも離れた高さにいるんですから、私は驚いて足をじたばたさせまし
た。すると巨人が振り向き、『どっちだ?』とかなり正確な発音で聞いてくる
のです。むろん、日本語で。
 最初、何のことか分かりませんでしたが、何度か聞かれ、怖さが薄らいでく
る内に分かりました。『どっちがおまえの家なのか』と聞いているらしいので
す。私が分からないと答えると、巨人は見晴らしのよい丘みたいな場所に出、
私を高く掲げました。そこからは、四方の村の様子がよく見えました。私が自
分の家のある村を指さすと、巨人は私を肩に乗せ、運んでくれたのでした。
 ふもとまで来た頃、何か妙な声で『ブーバー!』と叫び声がして、そのあと
訳の分からない言葉が続き、巨人は私を降ろしたんです。私に、『ここまでだ。
悪かった』と巨人は言い残し、叫び声のした方に歩いて行きました」
 しゃべり終わったという感じで、依頼人はどっと椅子の背にもたれた。
 私達は、いや、少なくとも私は言葉がなかった。
 地天馬も黙ってはいたが、その代わりに、彼は立ち上がると頭を両手で抱え
込むようにし、そして髪を手で梳いた。
「……あの……。お引受け願えないでしょうか、こんな馬鹿話は」
「いや、いや! 実に興味深いんです! こんな話を他の人の所へ持って行こ
うものなら、僕はあなたを恨みますよ。だけど片桐さん、あなたはまだ全部を
話し終えてはいないはずでしょう? 現実の事件とも関わっているとか、確か
そうおっしゃった」
「ああ、そうでした。これはうかつでした。自分で言っておきながら、忘れる
とこでしたよ。もう一つの事件とは、この前あった、木の上で死んだホステス
の事件です。そもそも、私が子供の頃を思い出したのは、この事件を目にした
からなんです」
「あ、あれですか。ほんの一時、話題になった」
 私は思い出した。
 おおよそ一週間前、奇妙な事件が発生した。Y県の山奥で牟田綿子という名
のホステスの死体が見つかったのだが、その死体はなんと、木の枝に引っかか
っているところを発見されたのだ。杉だか松だかは忘れたが、とにかく巨木の
枝に引っかかり、首の骨を折って死んでいた。
 発見者はきのこ取り(これもあやふやで、山菜取りだったかもしれない)に
来た老夫婦で、長時間歩いて痛くなった腰を伸ばして、ふと上を見上げたら、
木の枝に何かがぶら下がっている。悪くなった目をよく凝らして見たら、どう
も人間の女らしい、しかも死んでいることは間違いない、うわ大変だというよ
うないきさつで、通報に至ったと聞く。
 死亡してから二週間ほど経っていると、警察は判断していた。
 被害者の身元は、運転免許から分かった。牟田はY県の中心都市にある店に
勤めていて、確か遺体発見の三週間ほど前から、姿を見せなくなっていたらし
い。仕事ぶりは真面目であったが、柄の悪い客と親密になって行ったようで、
仕事仲間からは嫌われつつあったという。
 この事件、結局、未解決のまま、話題から外れていったのだ。
「あの事件の被害者と、何らかのご関係でも?」
「いえ、何の関係もないんですが、Y県といえば、私の故郷だし、木の上で見
つかった遺体というのも、なんとなく巨人の犯罪のような気がしまして」
「なるほどね。何かの理由でホステスを殺した巨人が、死体を隠すために木の
上に置いたと。怖いメルヘンだなあ!」
 地天馬は、声を震わせるようにして笑っている。依頼人の中には、これを気
味悪く思う人もいるらしい。
 ところが、片桐は気味悪がるどころか、うんうんうなずいた。
「そうなんですよ。そんな考えが頭について、離れないんです。夢にも見る始
末で、私もあんな目に遭うんじゃないかと、恐ろしくて……。妄想でしょうか、
これ?」
「いえいえ。分かりますよ! 引き受けます。えーっと、昔の事件は巨人の正
体を突き止めればいいんですね。今のホステス殺しの方はどうしたらよろしい
のかな?」
「事件の解明さえできたら、私はいいんです。そうしてもらえたら、悪夢から
解放されると思うんです」
「そういうものでしょうね。では、解決でき次第、連絡を差し上げます」
「お願いします」
 そうして頭を下げると、片桐は帰って行った。
「さあ、さっそくY県に向かうとするかな」
 いきなり準備を始める地天馬。
「ちょっと。下田警部につなぎをとってもらった方が便利じゃないか」
「もちろん、そのつもりだ。昭和三十五年頃の事件は急ぐ必要がないと思うか
ら、とりあえず、現在の殺人事件を追うさ。警察がすでに捜査をしているのだ
から、それを利用せぬ手はない」
 そういういきさつで、まず、下田警部を訪ねた。
「はあ? Y県の事件ですか。それはまたどういう道筋をたどって、あなたの
ところに依頼が来たんでしょうかな?」
 最初はこの前の事件の礼を述べてくれた下田警部も、こちらの用件を知ると、
ちょっと驚いたようだ。
「一本道よりも単純な道ですよ。Y県出身の人が、依頼に来ただけ」
「その依頼者は、そのY県での事件に何か関係しているのですか?」
「ないと言ってますよ、本人は」
「これはちょっと問題ですなあ。依頼者の名前を教えてくれますかね」
「それはちょっと困るなあ」
 警部の口真似をして、地天馬は応じる。
「どうしてです?」
「依頼者の秘密は守らないとね。信用にも関わりますし」
「それは理屈ですな。しかし、それでは、こちらもY県警につなぎをとる訳に
はいきません」
「……しょうがない。公衆電話」
「電話ならここのを使えばよろしい」
 下田警部は机の上にある黒電話を指さしたが、地天馬はかたくなに拒否した。
「税金をあてているんでしょ、電話代にも。それじゃあ、使わせてもらう訳に
はいかない。確か廊下の隅にあったと記憶するから、そちらに行きましょう。
依頼人の意向を聞かないとね」
 と言いおいて、地天馬は一人で部屋の外に出て行った。
「相変わらずですな、地天馬さんも」
 下田警部は苦笑いさえしていた。私も苦笑で応える。
「疲れませんか、あの人と一緒にいると」
「疲れますよ。でも、だいぶ慣れましたから」
 私がこう言ったところで、地天馬が戻ってきた。
「承知してくれました。依頼人の名前は、片桐直文です。詳しいことは、事務
所に帰らないと分からない」
「まあいいでしょう。一応、念のため、照会させてもらいます。Y県警には私
の方から聞いておきます。今までに分かったことを、お伝えしたらいいんでし
たかな?」
「そうですね。ひょとしたら、Y県に行くかもしれないから、その時はその時
で、よろしくお願いすることになるでしょう」
 これでこの日の調査らしい調査は終わりであった。警察を出た後、地天馬は
書店に寄って、スポーツ分野の所で熱心に立ち読みをしていた。

「ふむ、叩きつけられた形跡があると。内臓破裂、肋骨の数本も折れて……。
ひどいなあ。それでも死因は首の骨折なんですね?」

−以下2−




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