#1011/3137 空中分解2
★タイトル (CGF ) 91/ 7/ 5 22:19 (102)
お題>『鏡』 舞火
★内容
『鏡』
私は鏡である。
もっと具体的に述べると、J社の女子更衣室にある、350mm×200mm程度
の長方形の鏡である。
目前には、洗面台がある。
ここは、髪をとき、化粧をし、歯を磨くためのものであり、私は彼女達が顔を映せ
るような高さに存在した。
しかも場所は壁の中心にある関係で、部屋全体を見渡せることができるのは衆知の
事実である。
しかるに、私はこの部屋の主として存在していた。
同じ壁に並んでいる鏡達など、私の僕にすぎぬ。ロッカーの中にいる、たかだか
150mm×100mm程度の鏡達など論外であった。
私は、いつも胸を張って、全ての事柄を映しだしていた。
新入社員がなれない手付きで化粧する姿を・・・・・・。
ベテラン社員が仕事の合間に、こっそり昼寝を取っている姿を・・・・・・。
いい歳したおばさんが、仲間と井戸端会議に精を出している姿を・・・・・・。
しかし。
なんとしたことであろう。
いつしか、私はこんな生活が嫌になってしまったのだ。
ただただ、他人を映すだけの生活にだ。
私は、動きたかった。
この部屋の外に出てみたい!
私が初めて映したものは、私を生み出してくれた人間だった。私を生み出した工場
の中であった。
その時、私はもっと大きかった筈だ。人々の手を渡り歩くうちに、いくつもの分身
に分けられてしまった。
そんなことはどうでもいい。
私は、その中でももっとも大きかったのだから。
問題は、その後の記憶がとぎれ、気が付いた時には、もうこの部屋の更衣室にいたことだ。
私は、『外』というものをこの体に映したことがない。
『外』とは、とても美しいものらしい。
この部屋から『外』を見ることができない。
女性達の話を聞く度に、私の思いは募っていく。
その思いのままに、一生懸命体を動かそうとするが、いかんせん私は自力で動くこ
とができなかった。
ーーーーーー外へ、行きたいっ!
思いだけが膨れあがり、我が身をうち震わせる。
ただ、やみくもに体を動かそうとするーーーーーー無意味とは判っていてもーーーーーーそ日が続いていた。
ーーーーーー外へ、行きたいんだっ!
いったい全体どうしたことだ。
神が存在したというのか。
神が私の願いをかなえてくれたというのか。
気が付くと、一人の男が私を壁から取り外そうとしていた。
私を抱えて・・・・・・なんということだ!
私を外へ連れだそうとしている!
この胸の高鳴りはなんだ。
私は感動に打ち震えていた。
通路を曲がる。
おおっ!
私は念願の外を映しだしたのだ。
美しい!
これが『外』というものなのか!
私は至福の時を過ごしていた。
が。
ガシャーーーーーーーンッ!!
ガシャガシャ!
ガシャッ!
なっ
何でっ!
驚愕のうちに、私は無数の破片と化してしまった。
男が乱暴にも、私を放り投げたのだ。
私は抗議の声を上げようとした。
しかしーーーーーーしかし!
私は、しゃべれないのだあっ!
だ、駄目だ。
意識が・・・・・・遠くなる。
わ・・・・・・私は・・・・・・もう、駄目だ。
「ねえ、今日あの鏡換えたんだね」
「あ、そうよ。今日業者の人が来たから」
「変な鏡だったもんねえ。どっか歪んでてさ」
「どう見たってあの鏡、反ってたもの」
「最初は良かったのにね。中心部だけ盛り上がるようになっちゃってさ」
「あたし、あんな現象初めてみたわ」
「ほら、なんかさ、前へ前へ出ようとしているのに、4角を止められてるって感じね」
「あ、そうね」
「そう見えたわね」
・・・・・・私は、外を見た。
これでよかったのだろう。
だが、もうあの女性達を映すことはないのだ。
綺麗に拭いてもらうこともないのだ。
私は、
ここに埋もれて永遠の時を過ごすのであろう・・・・・・。
廃棄物処理場で、無数の鏡の破片が、光っていた・・・・・・。
<END>
『鏡』
舞火