#1012/3137 空中分解2
★タイトル (TPC ) 91/ 7/ 5 22:41 ( 71)
お題>「鏡」 久野
★内容
それらは、ひどく透明な結晶体だった。
いろんな結晶方向のいろんな形の面が、複雑ではあるが正しい規則性のも
とに組合わさり構成されていた。
それによりこの物体の特性として、全方向に対して鏡の様な、つまりこの
物体に当たるほとんどどんな角度からの光でも、その来た方向へ正確にはね
返してしまうという性質を持っていた。
そんな物体が、とてつもない数集まり、巨大な雲となって宇宙をさまよっ
ていた。
はじめにそれに気付いたのは、アマチュアの天文家だった。
彼は、自分は新星を発見したのだと思い込みずいぶんと興奮した。
しばらくして、大きな天文台で、それが三日月の様な形であることが確認
された、しかもまるで月や金星の様に、上弦になったり下弦になったりし、
さらに少しづつ大きくなって(近づいて)いることがわかった。
後にその星は、非常に考えにくいことであるが、前述の雲に写し出された
地球の姿であると、天文学者たちは結論した。
そして彼らの計算によると、その雲は2年後に地球に最接近し、その時の
距離は、天文学的にほぼゼロであると予想した。
世は恐慌した。ええじゃないか的現象が世界中で起こり始めた。
まず宗教家たちが騒ぎ始めた、彼らは、その雲の鏡を自分らが信じる神の
下す神罰だと定義し、神に祈りなさい、さもなくば自らの醜い姿を見ながら
人類はその雲に飲み込まれ滅びゆくでしょうと説教した。
次々と新興宗教が出てきたが、どれも似たようなことを教義としていた、
しかしやはり世の不安を反映してか、みんなそれぞれ潤っていた。
政治家達もとりあえず騒いだが、大衆はそれどころではないのでたいした
効果は無かった、やがて彼らも大衆にまぎれていった。
暴動、サボタージュ、無気力、自殺等が日常茶飯事になっていった。
天文学者達はあわてた、断言するのに躊躇したが彼らは言い切った。
地球と金星が最接近した時の距離でさえ、我々は天文学的にゼロの距離と
言うだろう、地球が滅びるなどと言うことは、絶対に、断じて、、無い。
人々は学者達の言葉の意味を理解した。彼らには「絶対」という言葉は、
使えない、ただ感情的な否定だ、しかしそれでも人々は、その言葉を信じよ
うと思った。
世界はいくらか鎮静化していった。始めの発表から半年経って、不安にも
少しずつ慣れていった。
それでもやはり人々は情報に飢えた、本がバカ売れした、「大予言」だの
「天文図鑑」だのの本が記録的に売れまくり、また次々新しい本が出版され
ていった。
望遠鏡も飛ぶ様に売れていった、アマチュアの天文家が次々現れ、雲の鏡
を観察する事は(それは即ち、地球を観察することなのだが)、ひとつのス
テータスとなっていた。
1年経って人々は、日常を取り戻していた。<もしかして>という恐怖も
丸め込んでいた。恐いとは思うが、じたばたしてもしょうがないことを悟っ
ていた、自分達にも信じられないくらいに、世界中の人間は落ち着いていた。
雲の鏡に写った地球は、もう肉眼でも見える程に近づいていた。
やがて始めの発表から2年後、最接近の晩がやってきた。
人々は誘い会い、星空の下へ集い、それを見上げた。
大人も子供も宗教家も政治家も学者も本屋も。
それがどこにあるのか、世界中の人が知っている、数カ月も前から肉眼で
もはっきり形が判る。そして今日、それが最も大きく見える。
それは月の数十倍の大きさの半円の地球だった。
はぐれた雲の鏡のかけらが、地球の引力に捕まり大気に燃やされ流れ星に
なる。その流星群の中を、青い地球が少しずつ満ちながら、なめるように夜
空を渡って行く。
その後、雲の鏡は、世界中の芸術家のため息を踏みつけながら、水星の公
転軌道の少し内側で、太陽による重力ターンを行い、かに座方向へぶっ飛ん
でいった。
雲の鏡とニアミスした地球は、重力干渉等の影響で、多少の火山活動や、
異常気象に見舞われたが、たいしたことはなかった。
人々は、あの晩の空を見ていた目で、自分の立っている足元を見た。
それぞれの人が、それぞれいろんなことを想った。
ぴぱぽ