AWC 呪術士(6)        青木無常


        
#993/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 6/ 6  11:22  (176)
呪術士(6)        青木無常
★内容
 前方に向けて突っ込むと同時に武彦は、肩ごしに火のついたまま“く”の字にお
り曲げた煙草を指ではじく。
 グラム単位の軽量物にいかなる超自然的な技が加えられたのか、弾丸と化して撃
ち出された吸い殻は切り裂かれる空気の抵抗にその炎の赤を一段と燃え立たせて、
蒼龍の倒れる地点を正確に襲撃した。
 「熱ッ」と不様な声を上げるかわりに、蒼龍は不自然な形に身をねじって火口の
急襲を逃れ、そのまま樹間の奥へと巨体を転がしていく。
 態勢を取り直して立ち上がった時、その巨躯の傍らには異様な鬼気を充満した小
さな物体が佇んでいた。いうまでもない。あの少女人形だ。
 一方、武彦は月光の下に見つけた、あのなんの変哲もない葉叢の中の一点に身を
沈めて、蒼龍の消えた暗闇に向けて身構えていた。
 「隠れたって無駄だぜ、浄土武彦。このあたり一帯は陰気のたまり場だ。おめえ
の姿は見えなくても、呪行をやるのに支障はねェ」
 声の方向から、大体の敵の位置は見当がつく。だが、攻撃にはまだ早い。逃走途
中でひろいあげた二本のアーミーナイフを投げ放っても、蒼龍の、巨体には見合わ
ない素早い動きを考えれば、難なく避けられるだろうことは目に見えている。
 「丑三つまであと十五秒だ。逃げるなら今のうちだぜ。逃げても無駄だがよ」
 勝ち誇った太い声は、北東の方位――鬼門の方角に移動していた。武彦が動けば、
それにあわせてさらに移動を続けるのだろう。
 「どうしたどうした! 秒読みをして欲しいのか? ならしてやってもいいぜ。
てめえがもがき苦しんで死ぬまでに、あと五秒だ。三……二……一!」
 人形の背に押し当てられた武骨な掌から、不可視の巨大なパワーが炸裂した。
 武彦の唇が歪んだ。笑みの形に。目を閉じ、上体を起こし、印を結ぶ。
 葉叢の中から上体を現した武彦のシルエットに向けて、人形の妖気に増幅された
激烈な陰気の塊が砲弾と化して肉迫する。蒼龍は己が勝利を確信して野太い笑みを
その口もとに浮かべた。
 次の瞬間、微笑は驚愕へと変化をとげた。
 衝撃波と化して銃弾の高速で進撃する呪咀の念が、ためらうようにゆらりと揺ら
めき、次の瞬間には霧が晴れるようにして四散したのである。
 「畜生!」蒼龍の口中で奥歯がみしりと音を立てた。「なんなんだ!」
 「レイ・ポイントだ」
 武彦が静かに告げるのを耳にして、蒼龍は敵が山中の一点に身を潜め、己の呪行
を受けて立つのにそこから動く気配さえ示さなかった理由をはっきりと理解した。
 1921年、イギリスの写真家にして発明家のアルフレッド・ワトキンスが劇的
に発見して以来、全世界の神智学者、神秘思想家から熱い眼差しを送られているレ
イ・ポイントとは、超古代人の直感と叡知によって発掘された、驚異的な“力”の
源泉をさす。
 ブレッドウォーデンの丘で太古の遺跡や聖地をつなぐ蜘蛛の巣状の直線を幻視的
に眺望したワトキンスは、整然とした古代の直線路“レイ・ライン”の存在を実証
するためにフィールドワークによる探索を開始し、多くの学者知識人からあびせら
れる冷笑にもめげず、その一生をレイ・ラインの裏づけ作業に捧げた。彼はついに
レイの謎を解明するには至らなかったが、ワトキンスの努力は権威にとらわれない
自由な思考を追求する人々に受け継がれていく。
 大勢のダウザーがレイ・ラインの探索にかかわり、UFO研究家、神秘主義者、
占星術師、霊媒といった類の人間のみならず、数学者、工学者、建築家、地理学者、
言語学者、そして考古学者さえもが研究に乗り出した。その結果、ダウザーの発見
したレイの交差地点とワトキンスの発見したレイ・ポイントとはまさに一致を見せ、
さらにそこにはドルメン、メンヒル、ストーン・サークルといった遺跡が鎮座して
いるという事実が浮かび上がってきたのである。
 導かれる結論は、驚くべきものであった。中国でいう竜脈とも酷似するこのレイ・
ラインは、地球における未知のエネルギーの動脈であり、レイ・ポイントとはその
エネルギーの流出地点だったのである。
 無論、この結論はオカルト・サイエンスのものに過ぎず、科学的な立証はなお時
を待たねばならない。が、武彦はこのレイ・ポイントを割り出す秘密を知っていた
らしい。
 「“汚れた場所にも光の亀裂”――今度はこっちの番だな」
 つぶやき、武彦は葉叢から一気に飛び出した。
 二本のナイフが空を切って飛来するのを、蒼龍はかろうじて逃れた。呆然とした
思いをふりはらうべく首を激しく左右にふりつつ、人形を手にして逃亡に移る。
 武彦の手が、シャツの右腋にもぐりこむ。それが再び現れた時、そこには三本の
黒い手裏剣が握られていた。
 閃光が闇にうなり、蒼龍は続けざまに横に跳んだ。風圧が頬と剥き出しの上腕を
切り裂いて吹き過ぎる。
 さらに二発の強襲。防戦一方だ。渾身の力をこめて放った呪法が破られた時点で、
すでに蒼龍の体力と気力は大きく削り取られていた。
 「糞ッ!」
 自ら力をふりしぼるようにしてうめくと、蒼龍はくるりと踵をかえして武彦に背
を向けた。
 次々に放たれる手裏剣を危うくかわしつつ巨漢は旧道を横切り、カーブした前方
に向けて全力で疾走した。
 「逃げるか」
 つぶやき、武彦はシトロエンに飛び込んだ。
 差しこまれたキーをひねるより早く、側方、蒼龍の消えた暗闇から豪放なエンジ
ン音が上がった。巨大なタンクを抱えた大排気量の二輪の上げるエンジン音だ。
 武彦はキーを回した。エンジンを停めてから一時間と経ってはいないが、強力な
陰気の澱みがフランス製のエンジンにも影響を与えているのかもしれない。
 空ぶかしがスロットル全開の音へと変わり、蒼龍が走り出したことを告げた。
 三度キーをひねり、四度目にアイドリングが始まった。
 鉄の塊がうなり声を上げ、武彦は追撃を開始した。

     7

 濃い闇の淀む埃っぽい空間に、かすかに音がした。
 姫野涙子が目覚めようとしているのだろう。ゆかりは、縄で背中側に固定された
両腕から、意識を涙子に転じた。
 う、うん、と、苦しげな声とともに、涙子はかすかに身じろいだ。
 さほどの広さもない倉庫の一角に、ゆかりと涙子は転がされていた。涙子は後ろ
手に縛られたまま、拉致されてから目を覚ますのはこれが最初、ということになる。
 ゆかりの場合、捕縛は念入りになされていた。後ろ手にまわされた両腕はさらに、
肘の部分で不自然な形に折り曲げられ、手首を縛り上げた縄は白く細い首にまでま
わされている。下手にもがけば首がしまるようになっているのである。ハイティー
ンの美少女を監禁のみを目的に縛り上げるには大げさすぎるやり方だが、蒼龍はこ
の少女の秘めたる力をそれなりに評価したのであろう。あるいは、その評価は少し
ばかり甘かったかもしれない。
 コンクリートで八方を囲まれた空間には、ゆかりと涙子の他にはなにも置かれて
はいない。窓らしい窓もなく、換気口から入りこむわずかな光だけが弱々しく周囲
を照らし出している。だが、ゆかりの視覚には、それだけの光量で充分だった。
 ちぷたぷと、かすかな水音が響いてくる。この殺風景な倉庫は海の近くにあるら
しい。時おり、マフラーに抑圧されない耳ざわりなエンジン音が数基、遠くの方か
ら聞こえてくる。
 静かな夜だった。風さえ淀んでいるのだろう。倉庫内は耐えがたい暑さだった。
 涙子が、うっすらと目を開く。闇にはばまれて目が効かないのだろう。幾度もし
ばたたき、落ち着きなく四囲をうかがった。
 ゆかりは、声も音も立てずに、待った。
 「――ゆかりちゃん……?」
 訊いた時、涙子の視線は明らかにゆかりのいる方向に焦点を結んでいた。
 ゆかりは少し不思議そうな顔をして、
 「見えるの?」
 と訊いた。
 涙子はほっと息をつくと、首を左右にふった。
 「いいえ、なにも見えないわ」
 「勘がいいねの」
 「占い師で暮らしているわ。これでも評判はいいのよ」
 「知ってる。政財界から依頼がくるんだってね」
 「生臭い依頼がね」と顔をしかめて見せた。「ところで、どうなっているのかし
ら」
 「二人とも縛られてるわ。倉庫の中よ。場所はわからないけど、海の近く」
 「そう。身動きがとれないわ。困ったわね。これじゃトイレにもいけやしない」
 「少し我慢してて。今なんとかするから」
 「え?」
 「もうすぐよ」
 不可解なゆかりの台詞に、涙子は耳をすませてみた。
 すぐに、蒸し暑い暗闇から異音が聞こえてくるのに気がついた。きしきしと響く
苦しげな音の正体に思い当たり、涙子は小さく悲鳴をあげた。
 「紐を切ろうとしているの?」
 「うん」
 こともなげにゆかりが答える。
 「手が千切れてしまうわよ、やめなさい。武彦に申し訳がたたないわ」
 「大丈夫よ」微笑を浮かべて、ゆかりは言った。「それより、兄さまの方はどう
なっているのかしら」
 涙子は呆然とした眼差しを闇に据えていたが、痛々しい擦過音がやみそうにない
と知ると、力なく首を左右にふった。
 「さあ、どうなっているのかしらね」
 「わからない?」
 「カードもないし、こんなところに閉じこめられてちゃね。でも――そうね、生
きてはいると思う」
 「そう」ゆかりは、かすかに笑った。「だったら、なんとかなるわ」
 「だといいんだけど」と、涙子は眉間に皺を寄せ、「武彦と陣内蒼龍との間にあ
る因縁は、浅くはないのよ。強引に決着をつけようとすれば、かえって深い禍根を
残すことになりかねないわ」
 「どういうこと?」
 「どちらかが死んで終わりってことにはならないのよ。武彦にはゆかりちゃんが
いるし、蒼龍には黒猫がついてる」
 「なるほど」
 「それだけでもないの。いい? 当の武彦と蒼龍にしても、殺されればそれでお
しまい、ということにはならないのよ。殺す方も殺される方も、因縁はつきるどこ
ろか、ますます深まってしまうのよ。遥のおばあちゃんは蒼龍を殺せと言ったそう
だけど、あたしには信じられないわ。死の間際でそういうことを考えられなかった
のかもしれないけど」
 「どうすればいいの?」
 「殺しあいじゃ駄目なの。具体的にはどうすればいいのかわからないけれど、な
にかもっと別の解決方法をさがさないと、二人の――」
 涙子の言葉をゆかりが、シッ、と鋭く中断させた。
 息をつめて、涙子は耳をそばだてた。
 ことりとも音はせず、異変はなにも感じられない。
 どうしたの、と訊こうとした時、鍵の解かれる金属音が埃の舞う暗黒に冴えざえ
と響いた。
 重い扉がゆっくりと左右に開き、光の細線が鮮やかに幅を広げていった。
 闇に慣れた目が、夜の閑静な埠頭にただよう弱々しい光にさえ、痛みを訴える。
 その光の中にシルエットとなって佇んだ美しい肢体が、優雅な仕草で室内に入り
こんできた。
 「お目覚めのようね」
 艶やかな声がかけられる。暗がりにうずくまる二人にゆっくりと近づいてくる黒
猫は、先細りのしなやかな手にナイフを握っていた。
 思わず身を固くしたゆかりの背後にまわりこむと、黒猫は入念に結ばれた縄を鋭
利な刃物で断ち切った。
 「無茶な真似をするのね。皮膚が破れて血まみれになってるわよ。きれいな肌が
台無し」
 不審そうな目を向けるゆかりに、ほんのわずかに口もとをほころばせて黒猫は言
った。涙子を縛り上げた縄にもナイフを当てる。
 「どういう風の吹きまわし?」
 疑わしげなゆかりの口調に、黒猫は微笑んだ。
 「猫は気まぐれなのよ」
 「気まぐれであたしたちを逃そうっていうの? 蒼龍の思惑を無視して?」
 そうよ、と答えた黒猫の顔から表情が消えていた。その、血の通わない仮面のよ
うな無表情の奥にひそめられたものがなんなのか、ゆかりにはわからなかった。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE