AWC 呪術士(5)        青木無常


        
#992/3137 空中分解2
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呪術士(5)        青木無常
★内容
 呪殺屋蒼龍は、特異な人間だった。運――それも悪運が異様に強いのである。人
を呪わば穴二つ、というが、呪殺を生業とする者でありながら蒼龍は、自分の墓穴
が掘られる時を巧妙に先送りにし続けて今日まで生き延びてきた。否、生き延びた
だけでなく、少なからぬ富と物騒な名声と、そしてある種の権力さえ、その手中に
握り続けている。――今、この瞬間も。
 “因”が生じ、それが“果”を結ぶはずの位置から、巧妙に己自身の存在を逸ら
す術を心得ているのかもしれない。人はそれを悪運と呼ぶ。
 しかし、蒼龍は知っているのか。結ばれず、行き場を持たない“果”が、いつか
必ず頭上に巡り来たらずにはいられない、ということを。因果応報――やがて確実
に訪れる逃れようのない負債。
 そして、浄土武彦こそ、その果を結びに現れた者なのではないか。
 根拠はない。ただの、強烈な直感に過ぎない。しかし奇妙な確信が払いようもな
く黒猫の胸の奥で渦巻くのだ。浄土武彦こそ、その男である、と。
 そして、蒼龍の上に、溜り貯められた無数の果が、一斉にその実を結ぶ時、自分
もまたそこでなんらかの役割を果たすのではないかという、予感めいたものをも感
じていた。
 流行病を運ぶ虫獣のごとく人々に凶運をふりまく自分という不可解な存在もまた、
なにかの因果応報なのであろうか。そして、そんな女が呪殺屋という格好のパート
ナーに出会ったということも、なにかの因縁なのか。
 黒猫と蒼龍は、まるでパズルの隣りあった一片のように、互いにきれいにおさま
りあっている。そういう奇跡のような組み合わせも、時間と空間のスケールを無視
すればありふれた関係なのかもしれない。が、同じ時間、同じ場所で出会い、すれ
ちがうこともなく行をともにできるのは、やはり奇跡のように思えてならない。
 それだけに、蒼龍を喪いたくはなかった。
 今、黒猫がこの世で執着を示すただひとつのもの――それが蒼龍だった。
 では――
 では、今、自分をとらえているこの気持ちはなんなのか。
 会いたい。
 蒼龍を殺すかもしれない男に、無性に会いたくてたまらない、というこの狂おし
い欲求は。
 問いに対するこたえは、自分の内部には見当たらない。
 答えを得たい、とも思わなかった。ただ自分の求める気持ちに忠実に、捜し歩く
だけだった。
 浄土武彦を。


 そのころ、武彦は煙を見ていた。
 建物が燃える時に出す、もうもうとした黒煙である。
 駅裏の煙草屋の店先で、あてどない探索に突破口がうたれたか、と思えた矢先の
ことだ。
 店先に座る無愛想な老婆からハイライトを受け取りながら、さほど期待するでも
なく雲つくような大男と黒髪の美女のカップルを見なかったか、と訊いてみた。老
婆は、傍らに置いたポータブルテレビのチャンネルを染みと皺の浮いた骨と皮だけ
の手でいじりながら、至極面倒臭げに「見たよ」と答えたのである。
 「――どっちへ行った……?」
 武彦の目が鋭い光を放ったのに気づくこともなく、老婆は指先だけで方角を指し
示した。
 「ありがとさん」礼もそこそこに走り出した武彦には見向きもせず、老婆はただ
テレビに眺め入っているばかりだった。消防車のサイレン音が店先をかけ抜けてい
くまで、彼女は自分のひからびた指の指し示した方角で火事が起こっていることに
は気づかなかった。
 わらわらと集まってくる野次馬に混じって、武彦は現場にかけつけた。
 木造の、古い二階家はは盛大な勢いで燃え広がる炎に包まれていた。
 以前は遊廓ででもあったのだろう、壁土がはがれかかって屋台骨さえ見え隠れし
ている小さな安宿であった。地上げがらみの放火かな、と周囲でひそやかにささや
き交わされるのをよそに、武彦は注意深く集まった人群れの顔ぶれを検分していく。
 陣内蒼龍の巨体は見当らない。もしかするとあの人形は、逆巻き荒れ狂う炎の中
で赤い舌にからめとられて、最期の呪咀のうめきでも上げているのかもしれない。
 それが願望に過ぎないことを、武彦自身理解していた。
 騒々しいサイレンの音をまき散らして、真っ赤な消防自動車が割り込んでくるの
を、野次馬たちは熱気に充ちた目で迎える。
 仰々しい出で立ちの消防士がホースを抱えて水の噴流をぶっ放し始めるのを横目
に、舞い上がる灰や火の粉を避けながら武彦はハイライトの封を切って火をつける。
 「不謹慎なひとね」抑揚を欠いた無感動な声音が横手からかけられた。「あなた
を捜していたのよ」
 ふりむいた武彦に、妖艶な美貌が笑いかける。
 感情を欠いた微笑の底に、ぞくりとする色香をにじませている。
 「奥羽の黒猫か」
 ゆっくりと煙を肺の中から押し出しながら、武彦は言った。質問の口調ではない。
 浮かべられた微笑がうなずく。
 「蒼龍はどこだ?」
 女は答えず、武彦の手を取って引いた。
 逆らわず、武彦は導かれるままにひとけのない路地裏に連れこまれた。
 身構えるひまもなく、黒に包まれた女体が覆いかぶさるようにして武彦の長身に
しなだれかかった。
 声もなく唇の赤が迫るのを、武彦は掌で押しとどめる。
 「蒼龍はどこにいる?」
 訊いた。
 黒猫は、つと身を離し、笑った。
 紅のマニキュアをぬった長い爪が、武彦の頬をつうとかすめた。
 痛痒感がその軌跡を追った。手をやると、ねっとりとした赤い液体が指先に付着
する。
 武彦の頬を鋭利に切り裂いた指先を、奥羽の黒猫は濡れた唇に寄せる。やけに薄
い、真っ赤な舌がちろりと朱をなめる。
 「あるところで、あなたを呪殺する準備をしているわ。人形も一緒」
 挑むような笑みが、赤い唇の両端をつりあげた。
 白くしなやかな両腕が正面からのびて、武彦の首の後ろにまわされた。
 うす汚れた風体に臆するでもなく長身にとりすがり、熱い息とともにその耳もと
にささやきかける。
 「捜していたのよ、浄土武彦」言葉がねっとりと潤んでいた。「抱いて。貫いて、
わたしを」
 「嫌だね」にべもない返事だ。「あんたは美人だが、おれはまだ不慮の死ってや
つに見舞われたかぁないんでね」
 くっ、くっ、くっ、と、女は喉で笑った。
 「意気地なしね。蒼龍は初めて会った時、ためらわずにあたしを抱いたわよ」
 「相性がよかったんだろうさ。あんたと」
 言って、ぷうと煙を吹き上げる。
 肩口にかけられていた女の体重が、ふいに遠ざかった。
 美貌からは微笑が消え失せ、能面のような無表情が取ってかわった。
 「蒼龍から伝言があるわ」
 「聞く」
 ぶっきらぼうに答える武彦に黒猫は一瞬顔をしかめて見せ、台本でも棒読みする
ように、
 「“お連れさまはお預かりしております。今晩午前二時三十分、お会いしたいの
ですが、ご都合はいかがでしょう”」
 言い終え、ぎくりとして凶女は後退った。
 武彦の両の眼に、炎が浮かび上がっていた。
 「場所は?」
 静かに問う声音の底に、暴発寸前の危険な爆弾が潜められているのを見た。
 背筋をぞくりとするものがかけ抜けていくのを、黒猫は感じた。

     6

 杉木立に囲まれた未舗装の林道を、シトロエンは低速で走り抜けていく。
 街灯さえ備えられていない暗い山中の道をかろうじて照らし出すのは、遥か上空
の欠け始めた月光だけだった。車の前面で強力に輝くヘッドライトの光芒も、黒々
と立ち並ぶ木々と濃密な夜の闇黒にはばまれて生彩を欠いている。
 午前二時三分。
 生い茂る下生えをぬって山腹を少し下れば、定間隔に整然とならぶ水銀灯を両端
に、舗装され整備のいきとどいた新道に出る。整地技術の確立されていなかった前
時代の名残にしか過ぎない、下生えさえ刈り取られていない旧道をわざわざ選んで
走りたがる人種となれば、暇をもてあました肝だめし気分の学生くらいのものだろ
う。
 そんな真夜中の旧道をたどっていた車のライトが、ふいに闇の中に奇妙なものを
浮かび上がらせた。
 軽くブレーキを踏んで車を停止させ、エンジンはそのまま武彦はハイライトを抜
き出して口にくわえる。
 道は右側に大きく切れこんでいる。前方には、赤土を剥き出しにした崖の壁。
 その壁に、一枚の、白く長い垂れ布がかけられていた。
 文字が書かれている。

  歓迎! 浄土武彦様 これより死出の旅路に御案内申し上げます

 「なかなか達筆だな」
 つぶやき、煙草に火をつけた。
 午前二時十二分。約束の刻限まであと十八分。
 エンジンをとめて草深い空き地に降り立った武彦に、夜気が音もなく吹きつけた。
肩口まで袖をまくり上げた剥き出しの素肌から、体温が静かに奪われていく。
 シャツのボタンに手をかけ、胸の下まで順々に開いた。左腋の下が重くふくらん
でいるのは、衣服の下に何かを抱えているからか。
 すり切れたデニムの尻ポケットからは、一本の黒々とした長い得物がにょっきり
と生え出ている。
 森が風の流れに鳴いた。
 武彦は視線をゆっくりと周囲に巡らせた。
 月明かりのわずかな照明の下、立ち重なる樹木やそびえる崖の岩肌、そして連ら
なる山々の稜線が、宵闇の中におぼろげに浮かんでいる。
 と、さ迷う視線が一点に定まった。
 丈高い葉叢の中に沈む、一見なんの変哲もない場所だ。
 そこへ向かって歩を踏み出そうとした時――
 「なにを捜してるんだい? 旦那」
 背後から、からかいと悪意をこめた声がかかった。
 武彦はふりむかず、声だけを送った。
 「妹と姫野女史は?」
 「ここにゃいねえよ」蒼龍の言葉が楽しげに響いた。「あるところで、おねんね
してもらってる。安心しな。死んじゃいねえ。――動くな」
 静止の警句が、一気に飛び出そうとした武彦の筋肉を硬直させた。
 「動くなよ。あんまりあっさり殺しちまっちゃ、面白みがないんでな」
 ニヤニヤ笑いが目に浮かぶようだ。
 武彦はくわえたままの煙草から深々と肺まで煙を吸いこみ、夜気の中へと紫煙を
吐き出した。
 「うまそうだな」心底うらやましげな声が言う。「おれにも一本くれよ」
 「いやだと言ったはずだぜ」
 「この期に及んでケチな野郎だ」
 「なんとでもいえ」
 どちらからともなく、笑声が静寂に溶けていった。
 午前二時二十五分。丑三つまで、あと五分ある。
 「浄土武彦」
 と蒼龍が言った。
 「なんだ」
 「あの婆ァに義理立てすることもあるまい。ここらへんで、やめにする気はねえ
か?」
 「ないね」
 「強情な野郎だな」
 「きさまの方こそ、いまさらやめるつもりなんざないんだろうが」
 「まあな」含み笑い。「おれはてめえみてェな正義漢ぶった野郎が大嫌いなんで
ね」
 「別に正義漢ヅラしてるわけじゃない」くわえた煙草を、左手でつまみ取る。
「ただ、偽悪者のポーズも必要だとは思えんのでな」
 「おれを偽悪者だとでも?」
 「いや」武彦は笑った。「てめえは、ほんもののワルだ」
 「ちげェねえ」
 「とりあえず」蒼龍の潜む闇には背を向けたまま、武彦の体内に強烈な変化が起
こった。「おれはまだ死にたくない。したがって、てめえの方に死んでもらう」
 丹田に向けて収縮していた気が、急激に解き放たれて爆発した。
 闘気が熱と化して襲いかかる寸前、蒼龍はふたつの動作を一瞬にしてやってのけ
た。
 熱気の強襲を横ざまに倒れてやり過ごした蒼龍が放つ二本のアーミーナイフは、
かがみこんだ武彦の頭頂をかすめ、幾本かの頭髪を闇に舞わせた。




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