#964/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ ) 91/ 5/17 2:52 (158)
ポケットベル(下) 青木無常
★内容
「君の顔を見た時、一目で篠原くんだってぼくにはわかったんだよ。ねえ、チラ
シをつくっている会社なら他にもいくらだってあるだろうに、なんだってうちの会
社なんかに売り込みにきてしまったんだい? 以前の印刷会社の人とは、ぼくもけ
っこううまくやれていたんだよ。それが君が割り込むようになった途端、下痢が続
くようになってしまって。ぼくは君とはなるべく顔をあわせないようにしていたん
だよ。君がぼくを見てあのころのことを思い出しやしないかと、びくびくしながら
顔を伏せてたんだ」
なるほど、それで顔をよく覚えてなかったわけだな。
「それでも、ぼくも外回り主体だったから、あまり君と出くわすようなことはな
かったけどね。でも、再発した下痢癖を我慢するのは地獄の苦しみだったんだよ。
電車の中ででも爆発してごらんよ。目も当てられない」
そりゃまったくだ。おれにも覚えがある。もっとも、一度だけだが。
「でもおめえ、我慢できたんだろ? な、な、な?」
次に展開しそうな場面をなかば予測しながら、おれは祈るようにして訊いた。
「できたよ。あの日まではね」
うげげっ。予想どおりの返答だ。その先は聞きたくないっ。
が、奴は情け容赦もなく考えるだにおぞましい告白を続行した。目が鬼のように
ぎらぎらと燃えている。狂人一歩てまえだ。いや、狂人そのものなのか?
「あの日、そう、ぼくが君に電話して急ぎの公告を発注したあの日さ。いつもな
ら君の相手をするのは課長だったし、電話をかけたりするのが専門の女の子もいた
から、ぼくは君と接触することはなかった。でもその日は遅れていた報告書を作成
するために、ぼくは一日中会社にいたんだ。しかも運の悪いことに電話番の女の子
は休んでいたし、課長は課長で忙しそうだった。その課長が突然、君の会社にチラ
シを注文しとけと言い出した時には、ぼくは真剣に自殺を考えたよ。折悪しく課内
にはぼくと課長の二人だけ。しかも課長はぼくに原稿を渡すと忙しそうにさっさと
出ていってしまった。その時に、来たのさ。下痢が。ぼくは刺すような激痛と戦い
ながら、電話をかけるのを逡巡していた。課長は大至急と言っていたからね。そう
こうしているうちに、課長が戻ってきてなにを愚図愚図しているんだとぼくをにら
みつけ、さっさと自分の仕事に戻ってしまう」
阿呆かこいつは。課長がいない間に糞をしにいけばいいだろうに。いくら大至急
だからって、あの日電話がかかってきたのは三時ごろだ、午後過ぎになっちまえば
いつ注文してもできあがりの日にちは同じなのだから、ちょいと糞を流してくる暇
くらいまったく影響はないのに。まあ、そういう事情をこいつが知っていたかどう
かは知らないが。
「それで、ぼくは決死の思いで電話をとったのさ。その時には、ぼくの肛門はも
う我慢の限界だった。口から下痢便が逆流しそうだったんだ。あの時のぼくの声、
苦しそうに聞こえなかったかい?」
知るか、んなこと! ぐえええっ!
「もう頭の中はまっしろで、目の前の原稿もかすんでよく見えなかった。気が遠
くなりそうだった。会社の電話番号をまちがえるほどにね。電話を切り終えた時、
ぼくにはもうトイレのことしか頭になかったんだ。爆発しそうになるのを必死にこ
らえて、ゆっくりと立ち上がった時……会社の同僚が三、四人、セットで入ってき
た。ごていねいなことに、調子が悪いから欠勤しますと電話をかけてきたはずの電
話番の女の子まで一緒に、ね。……ぼくはその娘が好きだったんだ。だから……わ
かるだろう、その時の、ぼくの驚きが。……それが引き金になった」
うわあああああっもう聞きたくない。これはまちがいなく拷問だ。
「ぼくは……やってしまったのさ。いつもぼくをうすのろと馬鹿にしている課長
の前で。ぼくひとりだけ除け者にする同僚の前で。そして、そして、ただ一人ぼく
に優しくお茶を入れてくれる、ぼくの大好きな、あ、あ、あ、あの娘の前で! ぼ
くは撒き散らしてしまったのさ! びちびちと!!」
救いようのない話だ。が、
「ふん、そうかい」
あまりの救いようのなさに、おれはかえって開き直ってしまった。堕落墜落にも
いろいろな形があろうが、これではあまりに情けない。あだ名が傷になったという
のは本当だろうが、それ以前の根本的な部分でこの男には問題がある。わかりやす
く言えば、おれの知ったこっちゃねえ! ってことだ。
「だからおれを殺そうってのかい。面白ェ、やってもらおうじゃねえか」
凄んで、どん、と胸を叩いてみせると、糞尿、じゃねえ山室はひくっと喉を鳴ら
して後退った。つくづくこいつって奴ァ……。
「どうした、来ねえのか? 来ねえってんなら、おれは帰るぜ」
と言うと、あからさまにほっとした顔をしやがるので頭にきて、
「なんてことは言わねえ」
「へ?」
「どうせ復讐をやめるつもりはないんだろう。だったら、殺られる前に殺る」
決然と言い放ち、おれはへっぴり腰でナイフをかまえる山室に突進を敢行した。
山室はうひいと叫んでナイフを放り出し、くるりと背を向けて全力疾走を開始す
る。かまわず追いすがり、タックルをかましてやるとあっさり倒れ伏した。
「どうしたあ、この野郎!」
腰にしがみついたまま恫喝すると、許してくださいとわめきつつなおもいざって
逃げようとする。おれはがっちりと腰をつかんで離さなかった。
そのまましばらくもみあっていたが、ふいにおれは奴を解放した。
意図してのことではない。恐怖感に支配されたからだ。
異臭が、したのだ。
「うわっこの野郎! また糞しやがった!」
小学生の時そのまま、おれは罵声、というよりは驚声を上げた。
山室のズボンの尻の部分が、重くどす黒く汚れている。おれはげげえ、げげえと
叫びながら上着を脱いで奴の尻に当たっていた顔や首を拭った。その間も奴は這い
ずりながら哀しいほど情けない速度でおれから逃れようとする。
「山室ォ!」
一喝とともに、奴は玩具のようにぴょんと飛び上がって直立した。ぴんと硬直し
ている。きっと上司に叱られる時もこうだったのだろう。
直立不動のまま小刻みに体を震わせておれの次の台詞を待つ奴の後ろ姿を見てい
るうちに、おれの気分は再び果てしなくどん底へと転落していった。
長いため息を吐く。
奴め、横目でおれの様子をうかがってやがる。怯えた小動物の目で。
ぎろりとにらんでやると、あわてて元の姿勢に復元した。
おれはもう一度長い息を吐き、
「おれは逃げも隠れもしねえ」
「はっ……は?」
間の抜けた返事を無視してつづける。
「いつでも殺しにきやがれ。返り討ちにしてやる」
言い捨てると、問いかけの目つきでおれを凝視する奴に背を向け、色気のねえ工
事現場から這い上がる作業に没頭した。もう襲ってくる気力は奴にはあるまい。も
しあったら、まあそれはそれでおれが死ぬだけのことだ。
やっとのことで地上に登り立ち、服についた埃(と汚物)を払っていると、背後
からおしころしたすすり泣きが、かすかに響いてきた。
気のせいだろう。
おれは一度もふりかえることなく、その場を後にした。
信じ難い異変が起こったのは、その一ヵ月後のことだ。
なんと、あの山田三平が結婚するというのだ。
しかも、あの、喫茶店の姉ちゃんと。
どうもおれが山田のことを三平三平と宣伝しまくったことがきっかけで、二人は
急に仲がよくなったらしい。寸暇を惜しんでの濃厚なデートの末、ついに婚約を交
わしたというのである。三平が自慢げに見せてくれた写真には、ちんくしゃな冴え
ない男の横に立つ女優顔負けのボディコン女が燦然と微笑んでいた。無論、プロポ
ーションは天上の美だ。
「先輩のお陰ですよ。本当にありがとうございます」
いつになく明るい顔でそう告げて外回りに出かけていく山田を呆然と見送りなが
ら、おれはなんだかほっとしてもいる自分を発見した。やはり山田の件もなにがし
かの罪悪感を惹起していたらしい。
山室の姿はあれ以来見かけていない。思い出したくもない悲惨な奴だが、どうや
らあれから行方をくらましてどこかへ潜伏してしまったらしい。今度こそどんな障
害にも折れない強力な牙を研いでいるのか、それとも、こちらの方がありそうなこ
とだが、二度とおれに出会うおそれのない遠隔地で、ひっそりと暮らしているのか。
どちらにしろ、もうおれは奴に積極的に関わるつもりなどない。精神修養とやらを
積んでなんとか一人前の男として立ち直ってくれることを祈るばかりだ。無論、奴
が復讐をあきらめていないのなら、おれの言葉も現実になる。返り討ちになるか、
おれが死ぬかは運と実力次第だが。
こうしておれは、今や一児のパパとなろうとしている山田をあいかわらずいたぶ
りながら、フジ三太郎が入社してくるのを心待ちにしている。
(了)
●使用上の注意
1 服読に際して、次のことにご注意ください。
・食前・食後には服読をひかえるようにしてください。
・本品は用法、用量を厳守して服読してください。
・本品の服読により、発疹・発赤、悪寒・嘔吐、食欲不振、めまい等の症状があ
らわれた場合には服読を中止し、医師又は薬剤師にご相談ください。
・服読中、又は服読後に精神の異状興奮が見られる場合は、スカトロ趣味の疑い
があります。数回服読しても回復の見られない場合は、服読を中止し、カウン
セラー又は精神科医にご相談ください。
・本品は、長期連用しないでください。
・お子さまには服読させないでください。
2 次の方は服読前に医師、精神科医師又は薬剤師にご相談ください。
・本人又は両親、兄弟等がじんましん、かぶれ、スカトロ趣味、アル中、二重人
格、SM嗜好、アレルギー性変態等を起こしやすい体質を有している方。
・今までに小説によるアレルギー症状(例えば発熱、発疹、排泄物摂取、痴漢行
為、下着泥棒、幼女誘拐等)を起こしたことのある方。
・心臓又は精神に問題のある方。
・妊婦又は妊娠している可能性のある女子高生・OL。
・高齢者及び虚弱者。変態。
・精神科医の治療を受けている方。
3 保管及び取扱上のご注意
・お子さまの手のとどかない所に保管してください。
・直射日光をさけ、押入や使い古しパンティ等の中に保管してください。
・誤用をさけ、品質を保持するために、トイレの便器には流さないでください。
・包装ビニールを切り離す際などに、変態の原因となりますのであらかじめパン
ツを脱いだりしないでください。
・青木無常を見捨てないでやってください。これは単なる気の迷いです。
(平成二年五月使用上の注意改訂)
発売元 カリェリ製薬株式会社 住所不定
製造元 青木無常株式会社 住所否定
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* Mujoh Aoki Co.,Tokyo,JPN.Reg.Trade Mark