AWC 封神(1)        青木無常


        
#926/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 4/19   7:35  (141)
封神(1)        青木無常
★内容

       1

 「寒いわ」
 つぶやきが震えた。
 「すぐに熱くなるさ」
 はずむ息遣いとともに、暖かいものが耳の奥で震える。
 すでに、健二の熱い手がブラウスの内側をせわしなくまさぐっている。
 下生えに珠を結んだ夜露の冷たい感触。
 小さなあえぎが夜気に吸いこまれていく。
 「お願い、こんなところで」
 甘い吐息の合間に、力ない抗議の言葉はかすれていった。
 二十一夜の月が冴えざえとした光をそそぐ。ブラウスの奥から現われた淳子の白
い胸に陰影を刻んで。
 ざ…………
 樹林がざわめいた。汗の浮き出た体表から、風が体温を奪っていく。
 「もう帰ろうよ」
 「なに言ってんだ、いま始めたばかりじゃないか」
 「だって……あ――」
 健二の手が、下腹部に這い降りる。
 下着の上から花弁をなぞるようにして、ゆっくりと、指が微妙な刺激を伝える。
 じきに、秘部を隠した布がじっとりと湿り気を帯びてきた。
 「健二……」
 夜の吐息はまだ、わずかに白く凍る季節だ。が、淳子の全身は火のように燃え立
っている。健二の指の動きにあわせて、下腹部から熱いものがつぎつぎにあふれ出
してくる。
 唇の感触が乳首をつつんだ。濡れた舌先が、敏感な果実を弄ぶようにしてころが
す。
 淳子の肩先が、ひくりと震えた。
 「いいのか」
 淫猥な微笑がそう訊いた。
 「違う――」
 怯えたように暗い樹林の奥に向けられた目が、きつく寄りそう眉の下に再び閉じ
られる。
 「いいんだろ?」
 からかうような声が、熱い息とともに耳たぶをくすぐった。
 違うのよ――
 心中でつぶやいた言葉が唇に出た時、それは意味のないあえぎ声に変わっていた。
 音が、聞こえたのだ。
 いや、それは声、と言い換えたほうがよかったかもしれない。
 健二は、その音だか声だかには気づかなかったらしい。あるいは、気づいても気
にもならなかったのか。
 だが、淳子にはその音がたしかに聞こえた。
 それも不気味な、一種忌まわしいような響きを伴って。
 キキキキキキキキキキ――
 あるいは、
 チチチチチチチチチチ――
 というように聞こえた。
 鳥の声だろうか。こんな時間に鳥がさえずることがあるのだろうか。それとも、
二人の秘めやかな蠢きに驚いて、眠りから醒まされた小鳥が鳴きながら飛び立って
いったのだろうか。だが、それにしては羽ばたきの音が聞こえなかったような気が
する。
 なによりも、その声にはなにか、尋常ならざる響きがあったのだ。なにか、この
世と接しながらも、微妙に異質さを秘めた別世界からの声ではなかったのか――そ
んな根拠を欠いた不安が、淳子の心の奥底にわだかまっていた。
 熱く硬い肉柱が、秘肉をおしわけて深く侵入してくるまでは。
 それが、愛液にまみれながらゆっくりと上下動を開始する。
 怪しげな声のことなど一瞬で脳裏から消しとんだ。
 性器を荒々しく突き上げられる度に、たかまる鼓動にあわせて痺れるような快感
が押し寄せてきた。
 淳子も健二も、地元の私立大学の史学科に属する学生だった。学年は一緒だが年
は健二の方が二つ上だ。二人の関係はすでに二年以上の間、続いている。野外での
セックスも何度か経験していた。
 が、深夜、それもまだ肌寒い季節に山中で体を交えるのは、初めてのことであっ
た。
 別れ話も幾度か出たことがあった。口喧嘩は日常茶飯事だ。
 それだけに異常な状況下での性交は刺激が大きかった。
 樹々にさえぎられて建てられた民宿では、二人の顔見知りが寝息を立てている。
 遺蹟発掘のアルバイトに潜りこめたのも、二人が史学科の学生であったからだ。
それだけに、知り合いも多い。
 深山とはいえないまでも、町からは隔てられた山中の宿に分宿して寝食をともに
しているのである。二人の関係はもちろん、多くの者が知っている。
 そんな中で皆が寝静まった夜更けに抜け出して野外で肌を重ねるのは、たしかに
刺激的なことではあった。
 白く凍るあえぎが夜を濡らしていく。
 健二の広い胸から両の腕までが、強い力で全身をしめつけてくる。はずむ息が鼓
動とともに淳子の聴覚を支配した。
 チチチチチチチチチチチチ――
 揶揄するように響きわたった声も、二人の耳には届かなかった。
 「あ……いや――」
 やめないで、と哀願するように振られた腰から、健二は素早く努張したものを抜
いた。
 妖しくくねる淳子の肉体を裏返すと、湯気を立てて脈打つ男根を後ろから挿入す
る。
 背中からおおいかぶさって全身を荒々しく突き上げる健二の動きにあわせて、淳
子の声が林の奥に吸いこまれていった。
 無我夢中であえぎながら、ねじふせられるようにして頭を地面に押しつけられ、
なお淳子は律動する健二のからだを求めて手を宙にさまよわせていた。
 絶頂感が白い裸身を痙攣させた。
 キキキキキキキキキ――
 嘲笑のように声が響くのを、朦朧とした頭の片隅が感じとる。
 気にならなかった。
 狂ったように腰を振りたくり、声をあげた。
 低くうめいて、健二は肉棒を抜いた。すばやく淳子が体の位置を入れかえ、その
白い手のひらに健二のものを包みこむとしごき始める。
 待つほどもなくぐっと膨張した男根を、淳子は口にほおばった。
 熱い粘液が口腔内にはじけた。
 音を立てて飲んだ。
 亀頭全体を、舌を使ってきれいになめとった。
 健二の喉が、満足げにうなり声を発した。
 ため息をつくと、脱ぎ捨てた衣服から煙草をまさぐり出す。
 チチチチチチチチチチチチチ――
 不気味なさえずりの声が、さっきよりもずっと近いところで聞こえた。
 淳子が小さく悲鳴をもらして、健二の腕を握る。
 「どうしたんだよ」
 面倒臭げにそう訊く健二に答えた淳子の声が震えを帯びていたのは、寒さのせい
だけではなかった。
 「あの声――」
 「声がどうしたんだ」
 「聞こえないの」
 「聞こえねえな。鳥でも鳴いてるんだろ」
 「こんな時間に?」
 「いいじゃねえかよ。鳥の勝手だろ」
 「ばか。恐いのよ」
 鼻で笑われたが、淳子はなおも不安そうに周囲を見回した。
 くしゃみをし、健二はぶるるっと裸身を震わせた。
 「いけねえ、風邪ひいちまう。おい、早く宿に戻ろうぜ」
 手早く衣類を身につけていきながら、淳子はまだあの声が気になっていた。
 「おい、早くしろよ」
 すっかり衣服を身につけ終わった健二が足を宿の方へ踏み出しながら促す。
 「待ってよ、いま行くから」
 ブラウスのボタンをあわてて止めながら、淳子は小走りに健二の後を追った。
 バサッ!
 背後の音に、二人はぎくりとしてふりかえった。
 闇。
 なにごともなかったように静まりかえる森の奥から、声が響いてきた。
 キキキキキキキキキキキキキ――
 悪寒が背筋をかけぬけた。
 「おい、早くいこうぜ――」
 言って宿の方角にふりかえった健二の背中が、ひくりと硬直した。
 「健二――」
 言いかけて、淳子もまた双眸を見開いた。
 闇の中に巨大な眼光が二つ、立ちはだかっていた。
 月光を反射して、牙のずらりと並んだ口腔がゆっくりと開かれていく。
 悲鳴を上げようとした。
 それが口をついて出る直前、二人の喉に真一文字の斜線が閃いた。
 血珠が浮き出た一瞬後に、噴水のように朱の液体が噴き出していく。
 二人の身体が、相前後して倒れ伏した。
 下生えを、赤いものが濡らしていく。
 キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ――
 さえずりが月光の下に長く尾を引いた。




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