AWC 影の棲む館(4)        青木無常


        
#889/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 3/19   5:32  (149)
影の棲む館(4)        青木無常
★内容
 秋月葉子の家が幽霊屋敷であることは、葉子の級友たちの間でも有名なこ
とであった。そして物好きな人間はどこにでもいる。級友の一人が探険気分
で葉子の家に一泊することを強行に主張し出したのである。警告はしておい
た。怖い思いをしなければわからないのだろう――そう考えて招待を約束し
た葉子の見解もまた甘かった。食事中のフォークが宙に舞い上がり、級友を
滅多突きにしはじめたときに、葉子はやっとそのことに気づかされた。
 救急病院に運びこまれた級友は、幸いにも致命傷をおってはいなかった。
夜勤の医師と看護婦二人によって、手際のよい手当てを受けながら、心配顔
で声をかける葉子に大丈夫よ、と答えつつ笑顔すら見せていた。
 突然の心臓発作に見舞われて、数分で死亡するに至までは、である。
 異常な級友の変死に触発されて、後に判明したのは恐るべき事実であった。
それ以前にも、秋月家を訪れた来客は、ことごとく心臓に変調をきたして急
死していたということがわかったのである。
 秋月家の洋館に足を踏み入れた者は死ぬ。秋月の館は来客を拒み、死をも
って応ずる。
 戦慄した秀明はさっそく拝み屋を雇ってお祓いをさせようとしたのだが、
それは完全に失敗に終わった。敷地に足を踏み入れたとたん、突然胸の変調
をうったえて意識を失った拝み屋は、到着した救急車の車上で急死してしま
ったのであった。
 この恐るべき事態は、新しい獲物に舌なめずりをしていたほかの営業霊能
者たちの心胆をも震え上がらせた。正真正銘、本物の超常現象なのである。
ペテン師的な悪徳宗教屋の介入を排除できたのは幸いというべきなのかもし
れないが、むしろ真に有能な超感覚者こそ尻込みしていたのかもしれない。
つてをたどってなんとかさがし出した二人目の拝み屋も、結果は前回と寸分
違わなかった。
 秋月秀明はついに洋館を手放す決心をしたのだが、今度は買い手がまった
く見つからないという事態に直面する。
 「ふうん」くわえ煙草のまま、武彦はつぶやいた。「家があんたたちを手
放すのを嫌がってるのかもな」
 「……わたしもそう思ってるんです」と葉子。「それどころか、もしかす
るとわたしたち一家は、あの家に招き寄せられたんじゃないかとさえ、思え
るんです」
 「ふむ。で?」
 「それで、窮状を見かねた方が柳瀬さんを紹介してくださったんですけれ
ども……」
 八方ふさがりのまま一年をむかえようとしていた秋月家を久方ぶりに訪れ
たのが、柳瀬真治であった。霊感にたすけられて実業家としての成功を手に
した人物である。そのまれなる霊能を自ら意識的に駆使することは滅多にな
いらしいが、過去何回か友人知己の窮状を救うためだけに使ったことがある、
という。
 柳瀬はまず、館に関する資料を集めることから取りかかったらしい。私立
探偵を友人に持つ柳瀬はかなり詳細な資料を手にしていたのかもしれないが、
残念ながら葉子にはそれを目にする機会はなかった。
 そしていよいよ除霊に取りかかる当日、柳瀬は場所を二階の葉子の寝室に
定め、家具一切を運び出させると四脚の椅子だけを部屋に持ち込んだ。これ
は、怪異現象の起こる頻度を計算に入れての場所設定だ。
 こうして、一家の立ちあいのもとに除霊を開始したのである。
 「で、死んじまった――ってわけか」
 「はい……。病院へ向かう途中で、浄土武彦という人のことと、待ち合わ
せていらっしゃった日時と場所を教えてくださってから、意識不明になって
――そのまま……」
 「なるほどな」
 武彦はつぶやき、それっきりしばしの沈黙が訪れた。
 「ねえ」その沈黙を破ったのは、ゆかりであった。「ひとつ訊いていい?」
 「はい、なんでしょうか」
 バックシートをふりかえる葉子に、ゆかりは言った。
 「ここに来るまでに、事故かなにかなかった?」
 「ありました」即座に答えが返ってきた。「交通事故が二件に、飛び下り
自殺が一件。あと、人だかりの向こうに警官が何人かいたのも見ました。人
が殺されたとか、集まった人たちが言ってましたけど、そばにはいかなかっ
たから……」
 気丈にも、口調はきわめて平静だ。
 ヒューと武彦は口笛を吹く。
 「館の見えない主どの、よっぽどあんたとおれたちを会わせたくなかった
らしいな」そして、さらにつづけてこう言った。「柳瀬の旦那だが、どうせ
謝礼は要求しなかったんだろ?」
 「え――はい」
 「おれたちはそうはいかないぜ」
 「え――?」
 「寝ぐらと、三度の食事が条件だ。もっとも、今夜中にやられちまえば、
夕食だけですむがね」
 葉子の表情がぱっと明るくなった。
 「じゃあ、やっていただけるんですか? 除霊を……」
 「ああ」街路灯が一瞬、闇に閉ざされた車内に光をもたらし、武彦の顔を
照らし出した。葉子はそこに、凄絶な表情を垣間見たような気がした。「柳
瀬の旦那には世話になったんでね。……このまま引っ込んでるわけにはいか
ねえな」

       3

 怪異が嘘のように静まりかえっているのに、秋月千種は気づいていた。
 過去三回、霊能者と呼ばれる人間が敷地内に足を踏み入れている。そのた
びに、まるでいらだっているようにポルターガイスト現象がかならず起きは
じめたものだった。その一番の被害者は、殺された霊能者たちを除けば千種
自身であったのかもしれない。客に出すお茶の用意をしているときに、カッ
プやスプーンが踊り出す現象などかわいい部類に入る。一度など、熱湯に満
たされたティーポットが千種を襲撃し、危うく大火傷を負いそうになったこ
とがあるのだ。
 今回は、それがまったく起こる気配を見せていない。
 だが、平穏無事にすむとも思えなかった。なにか張り詰めたような気配を、
千種はピリピリと感じとっていたのである。
 ティーセットを居間に運ぶ際にも、なにかが足もとをすくうような事態に
は至らず、警戒に緊張を強いられている自分がまるで道化を演じているよう
な気にさせられた。しかし、その静けさが、かえって不気味でもある。
 武彦とゆかりは、皮張りのソファに腰を降ろし、ティーカップを寄せる千
種に軽く会釈してみせた。二人の正面には秋月秀明が正対し、葉子はそれを
見守るようにして入口側に腰を降ろしている。
 千種が隣におさまるのを待って、秀明はじろりと二人の兄妹に視線を飛ば
した。
 「君たちにできるのかね」
 あからさまに疑念をこめた口調だ。その表情は、若造に小娘が、とでも言
いたげに侮蔑を浮かべている。
 眼前にすわる二人の風体を見れば、その侮蔑もまた当然といえそうだ。浮
浪者となんら違いはないのである。着ているものは汚れ放題、今にも異臭が
鼻先をかすめていきそうだ。高圧的なところも、神秘的なものも感じさせる
ことはなく、漂然としたつかみどころのない姿はどこにでもいそうな単なる
若者にしか見えない。
 このような人物に、今この館を我がもの顔に支配しているものをどうこう
する力があるなどとは、どうにも考え難かった。
 が、秀明に「なにができるのか」と訊かしめたものは、単なる侮蔑のみで
はない。
 拝み屋、祈祷師、霊媒、巫女――さまざまな霊能者と、秀明は接触した経
験がある。しかしかれらは秋月家にとってまったくに近いほど無力であった。
葉子が生まれてこのかた、なにひとつ解決された試しがない。超常現象は常
に秋月家につきまとって離れず、それをきれいさっぱり落としてくれるよう
な霊能者など、だれ一人としていなかったのである。
 そのためなのだろう。秀明は、こういった種類の人間と対する時はかなら
ず、あきらめの入り混じった不信感を抱かずにはいられなかった。
 もちろん、事態を少しは好転させてくれた者もいないではない。それはそ
れで、一家にとっては歓迎すべきことである。そのことについては秀明自身、
充分に承知している。
 だが、それらとて、根本的な解決には程遠いものに過ぎない。その上、こ
とここに至って事態は最悪のものとなりつつある。
 口先だけでなんの益ももたらさないような輩と顔をつきあわせるのはもう
願い下げだ、というのが秀明の正直な気持ちであった。そしてさらに、そう
感じながらもやはり心のどこからか、期待が湧き上がろうとしているのもま
た、事実だ。まさに藁にもすがろうという悲壮な期待。それに自ら気づき、
秀明は苦々しい思いとともに幾度も、その期待をかみつぶしてしまおうとし
ていた。
 だが、差し伸べられた手を払い除けられるような状況でもない。そのため
に、よりいっそうの絶望感をも感じずにはいられなかったのだろう。
 「できるのかね」
 もう一度、投げやりに秀明は言った。
 「できることをやります」
 武彦はそう答えた。
 「できない、ということかね」
 「そういう場合もあり得ます」
 「ずいぶんいい加減なことをいう」秀明の眉がつりあがる。「そんなこと
では、安心して任せるわけにはいかん」
 「いい加減ではありませんよ」武彦の口調は淡々としていた。「正直に言
っただけです。できることをやる。だが、できないことはやりようがない」
 「冗談じゃない」と秀明は吐き捨てた。「それでは困るんだ」
 「われわれは商人じゃない」やや低音の、よく響く声からはなんの感情も
読みとれない。「したがって、誇大広告をする必要はありません」
 口を開けば苛立ちがこもることを予期して、秀明は煙草を手にとった。高
級外国産煙草を口にくわえて火をつける一連の動作から、神経質なものが抑
えようもなくにじみ出る。
 紫煙を深く吸いこみ、天井に向けてゆっくりと吐き出してから、秀明は武
彦に視線を戻した。




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