AWC 影の棲む館(3)        青木無常


        
#888/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 3/19   5:28  (131)
影の棲む館(3)        青木無常
★内容
 髪の長い、美しい少女だ。清楚な顔立ちを、今は頬だけ紅潮させている。
高校のものらしい制服のところどころに汚れが目立つのは、転びでもしたた
めのようだ。やや小柄だがすらりとした体躯は、少女らしい均整のとれたラ
インを秘めている。そしてその両の瞳には、なにか神秘的なものがその萌芽
を垣間見せていた。
 「おれになにか用かい?」
 武彦の問いに、ずっと走り詰めてきたのか、葉子は荒い息の間から切れぎ
れに言葉をつむぎだした。
 「実は――柳瀬真治さんのご遺言で、浄土さんのことをお聞きしたんです」


 ヘッドライトの輝きが市街地を走りぬけていく。
 泥と油で汚れきったボディが、上弦の月に照らされてくっきりと浮かびあ
がる。シトロエン2CV――車内には三人。
 ハイライトをくわえて、ステアリングを握るのが浄土武彦。髪をポニーテ
ールにした少女――浄土ゆかり、武彦の妹だと紹介された娘は、山積みにさ
れた荷物に埋もれたバックシートに、荷物にうずもれるようにしておさまっ
ている。
 そして、助手席にすわっているのが、秋月葉子。
 郊外へと車を走らせながら、武彦はその視線をときどき、流れる車窓にち
らりと向けていた。
 ゆっくりと肺の底から紫煙を吐き出すと、武彦は助手席に向かって、つぶ
やくように言った。
 「あんた、霊感があるみたいだな」
 自分のことを言われているのだと葉子が気づくまでに、一瞬の間があった。
 「――え……ええ、でも――」
 どうして、と訊く前に、武彦は答えていた。
 「さっきから、車のまわりを雑霊がうろついてるんだ」煙草をくわえたま
まの、無造作な口調だ。「あんたに引き寄せられてきたらしい」
 葉子は無言で、おちつかなげな視線を車外に走らせた。
 「でも兄さま」ゆかりが、からかうように口を開く。「半分は兄さまのせ
いもあるんじゃない?」
 「かもな」平然と受けた。「だがそうすると、おまえの分はどこ行っちま
うんだ?」
 「お二方にくらべれば微々たるものだわ。勘定にも入りませんって」
 「ご謙遜を」
 「いえいえ、そのようなことは決して」
 兄妹の交わす短いやりとりが、緊張をゆっくりと氷解させていることに、
葉子はふいに気がついた。
 霊能者と呼ばれる人物には過去、何度となく出会ってきた。中には、本当
に驚くべき力を持つ人もいた。
 しかし、このふたりにはそういった人びとが持つ独特の雰囲気――暗い陰
影やいかめしさ、得体の知れない圧迫感といったようなものが、まったく感
じられないのである。
 いや、そもそも、このふたりを霊能者と呼ぶべきなのか。
 葉子には、相手から放射されてくる霊気を敏感に感じとる得意な力がある。
それによって、霊能者の持つ能力の格まで、ある程度ならわってしまう。
 だが、このふたりに対しては、そのような力がまるで働かないのである。
 ただ――ふたつだけ、葉子の感覚が注意を引きつけられているものがあっ
た。
 ひとつは、ゆかりの首にかけられている数珠のようなものから、発せられ
ていた。大ぶりの珠をつらねた輪の長い数珠を、ゆかりは雲水かなにかのよ
うに二重にして首にかけている。外側の輪の下端には、勾玉といったか、尖
った角のはえた珠がふたつ、普通の珠をはさんで並んでいた。
 もうひとつは――先刻までゆかりが羽織っていた、武彦のよれよれのコー
トの中にあるようだ。強い力を発する、なにか細長いものの形を、葉子はお
ぼろげに感じていた。鋭く、そして不思議に快い印象。
 「なあ」
 とふいに、武彦が口を開いた。
 「はい」
 「なんでおれが浄土武彦だとわかったんだい?」
 ちらりと葉子を横目で見た。
 「とてもハンサムな方とお聞きしましたから」
 微笑しながらお世辞を言った。年相応の、かわいらしい微笑だった。
 武彦も笑った。
 「どうせ乞食みたいな小汚い奴を捜せ、とか言われたんだろ?」
 「そうもおっしゃっていたかしら?」
 「そんなところだろうな。ところで――」
 言った時、すでに武彦は真顔になっていた。
 「はい」
 「そうおっしゃってらした柳瀬の旦那の、遺言のことなんだが――」

       2

 「母方が、霊能者の家系なんだそうです。といっても、傍系らしいんです
けど――」
 と、葉子は語りはじめた。
 葉子の母方の和田家は、津軽あたりに出自を持つ一族だが、強い霊能を持
つ女性が出現する血筋にあるという。
 正確な系図や記録類はすべて本家が保管しており、傍系の者は閲覧するこ
とさえ許されないため詳しいことはわからないが、遠い祖先には歴史上に登
場する呪術師の名前もあるらしい。
 東北・津軽といえばイタコと呼ばれる巫女の存在で有名だが、もうひとつ、
従来の日本史を根底から覆すほどの内容を持つ異端の史書、『東日流(つが
る)外三郡史』という奇怪な書物の存在も知られている。
 古代東北王朝の存在をえがいたといわれるこの奇書を門外不出としてひそ
かに伝えたのは津軽旧家の秋田家と、そして近世以後同家と婚姻関係にあっ
た和田家だが、もしかすると葉子の母方の和田家というのも、この史書とな
にか関連があるのかもしれない。
 ともあれ、葉子の母、旧姓和田千種も得体の知れない霊気のようなものを
おぼろげに感じる、といったような多少の霊的感覚を持っていたらしい。
 ところが、それが娘の葉子となると話がかなり違ってくる。
 葉子は先天的に強い霊感をそなえているらしく、幼いころから数えきれな
いほど多くの超常現象を体験してきたというのだ。雑霊が住家をうろついて
いるのが日常だというすさまじさは、超感覚に恵まれた和田家の血筋を濃く
受け継いだ証といえよう。
 霊能に恵まれた――といえば聞こえはいいが、当人にとっては冗談にも歓
迎すべき状態とはいえない。通常の人間であれば見ずにすむもの、気づかず
にすむものでも、超感覚の持ち主には本人の意志にかかわりなく見えてしま
うのである。歓迎されざる孤独な客は家に根を張り、わかりたくもない不吉
な未来が悪夢となっておしよせる。その上、そうした特殊な力が、時には他
人に違和感や恐怖感を抱かせる原因ともなりうるのだ。
 葉子の父、秋月秀明もそれを懸念してか、祈祷師、占い師といった類の霊
能者に幾度となく相談したのだが効果は現れず、あきらめるよりほかにはな
いという結論に至った。
 以来、超常現象ともなんとか折り合いながらやってきたのだが、葉子が高
校に進学する年に仕事の都合で兵庫へ転居してから、事態は以前とは比すべ
くもなく深刻なものと化したのである。
 「父が芦屋に条件のいい家を見つけて、そこに移り住んだ時から始まった
んです」
 眉を眉間に寄せて語った葉子の口調は、やるせなく重く沈んでいた。
 高級住宅街として名高い芦屋に、思いもかけない安値で好条件の家を手に
入れた一家は、明治時代に建てられたという広い西洋館に移り住んだ。
 古い家ではあったが、西洋建築と日本大工の伝統技術がみごとに融合をは
たした造りは実にしっかりとしたものであった。何度か改築が行なわれてい
るが、赤煉瓦に白い花崗岩をストライプ状にあしらった外観は古きよき明治
時代の異国情緒を今なお残している。そしてなによりも、現代生活の視点か
ら見ても住みよい意匠と環境はたしかに魅力であった。
 が、世の中にうまい話はない。大企業のエリートコースに乗りつつある秋
月秀明がそれに思い当らない道理もないはずなのだが、今となって考えてみ
ると魔がさしたとしか形容できない。
 俗にいう、幽霊屋敷だったのである。
 不動産屋の話では、前の持ち主が屋敷を手放してしまった理由は仕事上の
失敗から、ということだった。調べてみると、偽りとはいえないものの、正
確な事実とはとても言いがたいことが判明した。前の持ち主が仕事の上で行
き詰まっていたのは事実だが、家を手放す必要はなかったのである。理由は
明らかに、連日のように頻発する怪異現象のせいにほかならない。
 が、葉子の霊感のために住む家がすべて幽霊屋敷と化す現状を考えれば、
本物の幽霊館に住むのもたいした違いはあるまい――入居後、父はそう高を
くくっていた。
 一ヵ月後に、死人が出るまでは。




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