#877/3137 空中分解2
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CAMPUS> 降霊 (7) ■ 榊 ■ (69/75)
★内容
弥生は未杉に声をかけて、中に入って行った。
以前として榊は残って、二人の様子を眺める。まるで、パズルのピースを模索
するかのような表情で。
綾はこくりとうなずいた。
「いいわよ、好きなだけここにいても」
少年の顔が急に晴れた。
「本当か?」
「本当。ただし……」
綾は少年のはやる心を抑えつつ、一拍おいてからこう告げた。
「お父さんかお母さんの了解を取ってある?」
まるで最も言われたくないことを言われたかのように、少年は困ったと言う顔
をし、それっきり黙ってしまった。
「了解は取ってあるよ」
綾は顔をあげた。声を出したのは少年の方ではなく、榊だった。
「出かけ先に会ってね。御迷惑でしょうが宜しくお願いしますって」
綾は再び少年の方を向いた。
そこにはいくらか自信のある、高揚した顔つきがあった。
「良かったね」
「うん!」
綾も一緒に嬉しそうに笑った。
「名前は?」
「みずき」
少年は元気よく答えた。しかしそれに対し、綾の表情はいくぶん複雑そうであ
った。
「どうかしたの? 綾ちゃん」
「いえ」
榊が聞くと、綾は考え込むように下を向いたが、すぐに顔を起こしいつもの笑
顔で説明してくれた。
「いたかも知れない弟の名前と同じだったので、つい思い出してしまったんです」
「『いたかも知れない』って」
「流産してしまったんです」
「…………………」
綾はみずきという名の少年を玄関の方まで連れていきながら、綾の母は体が弱
かったこと、供養のために名をつけたことなどを簡単に説明してくれた。
そのことを伝えられたのはかなり大きくなってからのことだったので、かなり
ショックが大きかったこと、それからしばらく弟がいたときのことを考えてしま
ったことなども、綾は話してくれた。
そんな話を聞いたせいか、靴を脱いでいるみずきと、その横で座り込んで彼を
みている綾の顔を並べてみると、けっこう似通った顔立ちにも見える。
整った、柔らかな顔立ち。
澄んだ瞳。
みずみずしい髪……。
−−−− いや、似通っているという程度ではない?
「榊さん。この子を、部屋の方までお願いしますね」
綾の声に思考を停止させると、榊は生返事を返し、みずきを言葉通りに中へ導
いた。
もう少しで解りそうなんだが………もう少しで………
榊は考え込みながら、障子を開けた。
不覚…………
榊は顔面に枕を乗せながらそう思った。
もちろん、自分で乗せたわけではない。
障子を開けたと同時に、顔面に向かって飛んできたのだ。
しかし、それで終わる榊ではない。すぐに気を取り戻し、乱戦模様の部屋の中
に入り込み、枕投げ合戦に参加した。むろん、みずきもいれて。
理事長は辛くも逃げきったが、熟睡していたはずの御影も起き出して、開けた
障子の前で呆然と立ち尽くしていた綾の手をとって参戦した。
そうやって御影が冗談にのってくるのも珍しかったが、綾が参戦したのも珍し
かった。
御影はあまりにも生真面目で、榊達の冗談にのるようなタイプではなかったし、
綾は皆んながやっているのを楽しそうに横で見て、微笑んでいるタイプであるか
らだ。
いやがおうにも合戦は白熱化し、ばあやがかき氷を持ってこなければ、一晩中
でも続くかと思えるほどだった。
しかし、かき氷の魅力に勝てる者はなく、合戦はすぐに停戦・和解へと進み、
一同は端に寄せられていた机を取り出すと、すぐにかき氷を口に運び始めた。
だいぶ墓場でのうっぷんをはらせた美里がシャリシャリとかき氷を食べている
と、ふと思いだしたように、好奇心の強い未杉がおずおずと話しかけてきた。
「中国さん、ちょっと聞いていいですか?」
「なに?」
「墓場での、あの恐がり方は尋常じゃなかったですよ………。小さな頃にでも、
何かあったのですか?」
「………………」
他のことを考えていた榊も、そういえばと言う思いで、美里の方を見た。
美里のかき氷を運ぶ手は止まっていた。
美里はいつにない真剣な面もちでしばらく黙っていたが、やがて皆んなの方に
顔を近づけ、低い調子でいった。
「聞きたい?」
まるでその迫力に押されたように、皆んなはしっかりとうなずいた。
それでも決心がつかないのかしばらく黙っていたが、やがて意を決したように
静かに語り始めた。
「昔ね……」
それはまだ、美里が10才の頃。やはりこのぐらいの田舎に行ったとき、真夏
で、非常に寝苦しい夜だった。都会育ちだった美里はこの静けさにどうも慣れる
ことができず、いつまでたっても目がさえてしかたがなくて、布団のなかで何度
も寝返りばかりうっていた。
そのうちトイレに行きたくなり、隣に寝ている母親を起こそうかと悩んだが、
この頃からすでに普通の女の子よりもやや勝ち気な性格であった美里は、意を決
して一人で行くことにしたのだった。
他の人を起きさないようにとそっと障子を開け、一人で廊下に出た。外は月の
薄明かりしかなく、不気味なほど薄暗かった。
慣れない暗さと人気の無さのために、年相応の不安感が美里を襲い、恐くなっ
て胸が高まり始めてしまったが、「大丈夫、大丈夫」と自分に良く言い聞かせ、
1・2回深呼吸して美里はゆっくりと廊下を歩きだした。トイレは廊下の突き当
たりを右に曲がり、家から10mほども離れた、石畳の道の向こうにあった。
とにかく、美里も廊下の突き当たりまでは無事にたどり着き、そのトイレのあ
る方向を見て、美里はほっとした。そこにはすでに先客がいたのだ。
向こうの用が終わるまではこちらで待っていようと思い、その場で立ち止まっ
て見ていると、向こうもこちらに気づいたらしくにっこりと微笑んでくれた。
40代近い、女性の顔だった。
その人がどなたであったのか思い出せなかったが、とにかくことらも微笑み返
すと、その女性はやがて壁に向かって歩きだした。
危ない、と喉元まででかかったのだが、声は出なかった。
彼女は壁にぶつからなかったのだ。
いや、精確にいえば、ぶつかるはずの所を通り過ぎ、さらに壁のなかに入り込
んでいたのだ。
美里は息をのんだ。
その女性は後ろ姿だけを美里の目に写しながら、いっこうに歩みを止めず、一
歩一歩壁のなかを歩いて行くのだった。
やがて、壁が霧のようにその女性を覆いかぶしていき、だんだんと姿は見えな
くなっていく。
声も出せずにじっと見つめているとやがて、その女性の姿は霧の中へと消えて
いってしまった。
そして壁は、そこに「壁」として残った。
美里は体中の熱がどっと無くなっていくのを感じた。
あらゆる考えが必死に頭の中をかけめぐったが、いつまでたっても答がでない。
そして、とうとう精神の一角が破綻した。
美里は、生まれてはじめて力いっぱい悲鳴をあげたのだった。
………美里の話が終わりを告げた時、ふいに部屋の明かりが消えた。
「きゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
100ホンはこえている美里の声に、一同は頭を抱えるようにして耳を押さえ
たが、被害を免れることはできなかった。
耳を押さえ損ねたみずきなどは、そのままの状態で硬直してしまったほどだ。
「こっ、これは効いた」
さすがの榊もよろめいていると、後方から声が聞こえた。
「なにをやっとるんじゃ………いいかげんに寝ろ」
出入口にあるスイッチに手をかけながら言ったのは、理事長だった。
「はーい」「はいはい」「Yes,Sir」「はい☆」「そうですね」
どうにかおのおの返事を返し、各自の布団にもぐり込む。
綾はみずきの手をとった。
「みずき君は私の部屋で寝ようか」
「うん!」
みずきが嬉しそうに返事をすると思わず男どもが羨ましそうな顔をしたが、美
里が睨みをきかすと、すぐに顔をもとに戻した。
綾が理事長の横から部屋の外に出ると、最後の電気も消された。
ひょっこりと綾が顔を出し「おやすみなさい」と笑顔で部屋の中の面々に言う
と、同じ返事が元気よく返ってきた。まだまだ、体力はあまっていそうだ。
理事長もすでにあきらめているようで、「うるさくない程度にな」と言って障
子を閉めた。理事長の注意と予想は忠実に実行され、彼らは半分がこの日の夜を
貫徹した。
理事長は一階の奧の自分の部屋へと、綾はみずきと一緒に二階の部屋へと向か