#876/3137 空中分解2
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CAMPUS> 降霊 (6) ■ 榊 ■ (68/75)
★内容
短く切った髪。
10才ぐらいの、やもすると女の子と間違えてしまいそうな美少年。
綾と同じように、背にする柳が不思議にあっていた。
あまりにも透き通るような白さのため弥生は一瞬幽霊かとも思ったが、すぐに
そのことを否定した。彼の二本の足は、しっかり地面についている。
動転しかけた気をどうにか落ちつかせ、弥生は静かにこう尋ねた。
「どうしたの? こんな、ところで」
しかし少年は、まるで怒っているかのようにきゅっと唇を閉じてしまった。
どうやら弥生に対して警戒心を抱いているらしい。
「話したくないの? それなら、それでいいけど」
淡泊な性格の弥生には、関わって欲しくないと思っている者に対してわざわざ
関わろうとするほどの意欲はない。弥生はそれっきり、ぷいっと横を向いてしま
った。
しかし、かえって少年は困ってしまった。
もっと尋ねられたり、近づいてこれれたりするかと思いきや、反対にそっぽを
向かれ、少年はどうしたらいいか解らず立ちすくんでしまったのである。
弥生もそれに対してなにも行動を起こそうとはしない。軽くぽこぽこと、未杉
の頭をこづくだけだった。
くつろいで待っている者と、考えあぐねている者とではしょせん勝負にならず、
少年は一分もすると意を決して弥生に近づいて来た。
すぐ横に立ち止まって初めて、弥生は真剣な表情の少年の顔を見る。
少年は真剣な表情のまま、語りだした。
「道に迷ったんや。教えてくれんか」
関西弁に近いイントネーションはどちらかと言えばこの美しい少年には似合わ
ないが、歳相応の雰囲気は出た。弥生は初めて少年に対して微笑みかけ、頭を撫
でてやった。
「正直でよろしい」
少年は子供扱いされるのが嫌いなようで、ろこつに嫌な顔をした。
「止めてくれ。その手」
弥生は解っていたのか、すぐに手をひっこめた。
「正直になりなさい。肩はっててもいい事はないわよ」
さてさて、この言葉は誰に向かっていった言葉か。
この少年と、そして在りし日の自分に対しても言ったつもりの弥生だったが、
あんがい今の自分にも当てはまるような気がして弥生は苦笑いをしてしまった。
「うるさいやい。さっさっと教えてくれんか」
「残念ね、ボーイ。この人が起きてからね。まあ、ゆっくりと待ちましょう」
弥生は笑った。
家まで無事につくと二人のことは斉藤と綾に任せ、榊は玄関で走りやすいスニ
ーカーに履きかえ、もう一度きた道を引き返そうとして家を飛び出した。
外は電灯も少なく、闇ま中につっこんだかのような錯覚をとらわれるほど、暗
かった。さすがの榊も目が慣れるまでしばらく立ち止まらざるおえなかった。
そして目が慣れた頃に見えたのは、昼間にみた雑木林と、ひとつの影だった。
一人……しかも女性のものだということが、やっとのことで確認できた。
ここに住んでいる全員の姿を思い浮かべ、そこにいる人物がその誰でもないこ
とを確認した時、その女性が榊に対して声をかけてきた。
ただし、数メートル離れたままで −−−− 。
「あの、このお屋敷の方ですか?」
「あっ、はい」
「あの……10才ぐらいの子供が、こちらの方に来なかったでしょうか?」
子供、ああ、そういえば美里が……
「ええ、見かけたようです」
「あっ、そうですか……やっぱり。あの、非常に申し上げにくいのですが………
…その子をここで一泊させてやって下さらないでしょうか? いつも、口癖のよ
うに泊まりたいと申しておりましたので」
幾ばくか事情がのみこめないところがあったが、とにかく子供一人ならば十分
のゆとりがあるし、それぐらいなら綾さんもと考え、何はともあれうなずいてみ
せた。
少なくとも、見つかりしだい家に返す方が面倒だし、危ない。ここに至るまで
の坂は、片方が崖になっている所が多いうえに、道中には電灯も少ないのだ。
母親らしきその女性はこの暗闇でもこちらがはっきり見えるのか、ほっと安心
したように息をつき。
「それではお願いします」
というが早いか、足早に坂を下りていき、見えなくなってしまった。
いくつかの疑問がまだ頭の中に残っていて、そのことを聞こうかと思って声を
かけようとしたが、すでに気配はなくなっていた。
「はやい………なぁ。慣れてるのかな?」
榊はしばらく立ち止まって考えていたが、大した答は出てこなかった。
おもむろに頭を振ると、なにはともあれ榊は弥生達の所に行くことにした。
十時をやっと回ったところだが、外は十分暗い。
柳の中の街灯がかなり明るく光り、ライトなしでも行動に差し支えはないが、
道を間違えて外に出てしまえばそこは一切の闇だ。
弥生が一人で歩き出すようなこともないだろうし、未杉が帰り道を間違える心
配もないが、いちおう道を急いだ。
とにかく一本道の少ない墓場で榊はまた角を曲がり角を曲がり、なんどか柳を
越えていった。
すると、早足で歩いていた榊と、やっと起きた未杉達は角を曲がったところで
ぶつかり合うようにして出会った。
「お!」「わぁ!!」「あら、会長」
弥生がにっこりと笑って、「心配して来てくれたの?」と聞いたが榊はそれに
は答えず、弥生の手をつかんでいる少年を見た。
−−−− ああ、この少年が……
「道に迷ってたみたい」
榊は弥生の説明にうなずきもせず、しばらくその少年の顔を眺めた。
「会長?」
「ん? あっ、ああ………すまない」
さっきまでは大して気にしていなかったあの女性の不可解な点が、この少年の
顔を見ると急に浮上しはじめ、一つのパズルが榊の頭の中でできあがった。
何か聞き出そうかと思い口を開いたが、とたんにその少年がきゅっと口を閉じ、
弥生の手をぎゅっと握りしめたのを見て、やめた。
この少年の口は貝よりも堅たそうだ、と言うことを本能の方で察知してしまう
と、出てくる言葉も出てこなくなったのだ。
榊はあきらめてため息をつくと、榊の行動を理解できぬ二人に声をかけた。
「さあ、帰ろう。本当に幽霊が出てもおかしくない時間だからね」
由岐と美里を寝かせ終わった綾は、縁側で涼んでいた理事長の横に座りこみ、
榊達の帰りを待っていた。
庭に電灯はなく、わずかに離れた墓場からの光が、うっすらと庭の緑を浮き上
がらせていた。ぼうっと浮き上がる草の緑は、庭一杯に蛍をちりばめた様子にも
似ている。
樹木は濃く塗りつぶされ、境目のわからぬ空には風呂場でみた以上の数の星が
見渡せた。
綾はゆっくりと団扇をあおぎながら、その空をゆっくりと見渡す。その横では
理事長が、瀬戸物でできた豚の中の蚊取り線香を入れ換えていた。
しっかりと固定をし、マッチで火をつけるとやがて、ぽっと赤い光とたなびく
一条の煙を出し始める。
「つきました?」
綾はちらっと豚の中をのぞきながら、理事長の方に −−−−−− 叔父に
って団扇をあおいでやった。
「おお、すまん…………ついたようだ」
綾はうなずきながら、しばらくその赤くともる光を眺める。線香花火の残りに
も似た蚊取り線香の火は微動だにせず、健気にあわい煙を吐き出していた。
「あっやさぁーーん!」
「あっ……」
顔をあげた綾の目に、4つのシルエットが見えた。
「帰ってきたな」
理事長は一息つくと、とっとと部屋の中へと消えていった。
まるで彼らがわが子でもあるかのように、理事長は生徒達を信頼はしてはいた
が、心配もしていたようだった。
そのことが生徒達にばれないようにと、急ぎ足で自分の部屋へと歩いていく理
事長の後ろ姿を眺めて、綾はくすりと笑った。
綾は残ってそのまま縁側に座っていると、すぐに榊達一陣は目の前まできた。
そこで綾は初めて、もう一人の来訪者の存在に気づいた。
「どうしたんですか? この子」
「お墓で迷ってたみたい。綾ちゃん、知ってる?」
弥生の問に対し、綾は改めてしっかりと子供を見た。
榊はその様子を眺め、しばらく黙って様子を見ることにした。
特に記憶に引っかかることはないことを告げようとしたとき、子供の方が先手
を切って語りだした。
「俺は知っているぞ。おまえ、ここの家のお嬢さんだろ」
綾は榊と同じように子供の視線に合わせてやってから、事の事情を聞きだした。
「ふもとの子ね。どうしたの? こんな所で」
そう聞かれてその子供はまた黙ってしまった。
綾が食事の時に言ったように、ふもとの子が訪れることはたびたびある。
だが、これほど遅くになって訪れるような子供はほとんどいない。それほど、
ここは村から離れた、闇に包まれる土地なのである。
綾はただじっと、静かな目でその子を見つめた。
「住んでみたかったんや………」
「え?」
小声で初めて事情を説明すると、今度は居直ったように大きな声で綾にいった。
「こんな大きな家に、一度でいいから住んでみたかったんや。家が大きいくせに
いつも人が少ないから、入ってもわかりゃせんと思ってやのに、誰かお客さんが
きとったやさかい、お墓に逃げこんだんや」
「それでお墓のなかで迷っちゃったのね」