#878/3137 空中分解2
★タイトル (HHF ) 91/ 3/13 8:15 (154)
CAMPUS> 降霊 (8) ■ 榊 ■ (70/75)
★内容
古くさいギシギシという階段を駆け登り、左手の前にあるのがドアを開ければ、
そこはもう綾の部屋だった。
綾はみずきの手をとりながら、右手で襖を開けた。
中に入るとまず目につくのが「窓」。
南側に面した壁のほとんどが放たれた空間となっており、そこからは明るい月
光に照らし出された森と山の様子が望めた。
ときおり風がいきおいよく入り込み、部屋のなかを一巡しては去っていく。環
境としてはなかなかだった。
西側には、これまた古木でつくられたアンティークなベッドが置かれ、東側に
は窓の近くに斜めに座した広い机があり、そして襖の近くには本棚があった。
他には何もない。
ただ広く、綺麗に光を反射する木の板が、床に敷き詰められているだけだった。
綾がどこからともなく布団を持ち出してきて、ベッドのすぐ横に敷いた。
嬉しそうに布団の上で戯れるみずきにむりやり自分のTシャツと短パンを着せ
ると、綾は窓に網戸だけかけ、電気を消した。
天井の明かりが消えると闇が辺りを覆ったが、月光は存外に明るく、足下を心
配するほどではなかった。
綾も慣れた調子でベッドまで歩き、まだ元気のあまっているみずきをなだめて、
布団の中に入る。
みずきも観念したようで布団に体をくるませたが、口先の方がその分動きを増
した。
「面白い人達やな。姉ちゃんの友達って」
「そうね」
綾は布団にくるまりながら、くすりと笑った。
修学旅行以来の、枕投げのことをを思い出したのだ。
「新しい学校、楽しいか?」
「うん、みんな優しいし」
綾は楽しそうに即答した。
みずきも安心したようにうなずいたが、すぐに顔を曇らせた。
それは、次の質問を聞いてよいか、思案している表情だった。
結局、みずきはおずおずと綾に聞いた。
「もう、悲しくはないのか?」
両親の死はもう引きずっていないか?
空白の部分で、そう聞いているかのようだった。
「うん」
綾はためらいはしたが、それでもその質問に対し笑顔で答えることができた。
しかし、次のみずきの質問に対しては、本気で悩まざる終えなかった。
「好きな人はいるんか?」
「……………」
綾はしばらく黙ってしまった。
他の人だったら、笑ってごまかしたかも知れない。
「いない」などと言うこともできるし、変な質問をしてきたみずきを怒ることも
できたかも知れない。
だが、綾は、そういったごまかしは一切しない。子供といえど相手に真剣に答
える、それが「綾」と言う女性<ヒト>の性格だった。
それでも、悩んでしまう。
いちばん、自分の気持ちに近い言葉と言えば、
「みんな好き」
なのだが、その中でもいくぶん変わった気持ちを御影に抱いていること、それ
が好きという感情であるのかどうか自分も解ってはいないことを、みずきに告げ
た。
他の人が聞いたなら、あまりにも正直に話してしまう綾に対し、照れて苦笑し
てしまったかも知れないが、綾が真剣に接してくれたのと同じように、みずきも
真剣にその言葉を聞いていた。
綾が、優しく正直な姉であるならば、みずきの態度はまさしく弟のそれであっ
た。
「そっか」
みずきは、まだ納得し得ない、と言った表情だったが、
「さあ、もう寝なさい」
と綾に言られると、さすがに「うん」と答えるしかなかった。
綾が優しくポンポンと布団をたたいてくれると、みずきもそれ以上聞こうとは
しなかった。ただ、綾がしばらくして静かな寝息をたて寝入ってしまってもまだ、
みずきはその瞳を大きく開いて天井を見つめていた。
だいぶ傾いた月が窓から直接光を射しこみ、床の板を反射して天井を照らし出
している。天井はほんのり白く光っていた。
風がときおり舞い込み、中をよぎっては過ぎていく。
しかし、みずきは天井をいつまでも見つめていた。
庭の虫の音さえも、どこか遠くに忘れるほどに。
京都の夜は津々とふけていった。
☆
今日は、昨日に引き続き快晴の空。真夏日になると、気象庁は言っていた。
それでもまだ涼しい9時頃、滝に泳ぎに行こうと子供達が用意をしているなか、
降霊師がやってきた。
理事長直々に迎えに出、一人で車に乗ってきた初老の老人を家に招き入れた。
「道に迷いませんでしたか?」
「いえ、ほとんど一本道でしたので……………お久しぶりです」
そう言った降霊師の顔には深く皺が刻み込れ、まるで数十年も音沙汰の無かっ
た知己と出会ったかのような笑顔が浮かんだ。
完全に白髪と化したその老人の姿は一見して、人のよさそうなオジサンという
感じだった。榊達が、懐かしむように「阿綜のじいさん」と言った意味が解るよ
うな、そんな感じの人物だった。
そこに、泳ぎに行く一行と居残りの榊と未杉が現れた。
「お久しぶりです」
榊が顔に笑顔を浮かべ、丁寧に挨拶をした。未杉もどこか嬉しそうだった。
「おお、榊君に………未杉君だったね」
「今回もどうぞ、使ってやって下さい」
理事長がそういうと、榊と未杉はぺこりと頭を下げた。
「それは有り難い。また手伝ってもらおうかな」
綾達もかるく一礼し、降霊師の横を過ぎて外に出ていった。
「それじゃあ、泳ぎに行ってきまぁーす」
「おぅ、気をつけてな」
榊と未杉も手を振って送るとやがて、綾達は外の日溜まりの中へ飛びこんだ。
日差しはもうだいぶ強く、着く頃には気温もずいぶん上がることだろう。
見送る4人の瞳に、子供達の麦わら帽子が黄金色に輝いて見えたが、やがてそ
れさえも白い光の中にとけこんでいってしまった。
まぶしそうにその姿を見つめる大人達の瞳は、まるで自分達の過去の姿とだぶ
らせて見ているかのようであり、理事長の顔も降霊師の顔もどこか明るかった。
いつでも子供の元気は、大人の活性剤となるらしい。
「………さてこのこの廊下の奧に図書室があるから、好きな資料を持っていって
くれ」
子供達の姿が見えなくなると、理事長がそう告げて、残りの人の気持ちを引き
戻した。
ただその言葉の続きに、「ただし、綾や私の小さい頃の写真を勝手に焼きまし
て、闇で売ったり、脅しの材料にせんように」とつけ加えたのが、いかにも理事
長らしいと言えば理事長らしい注意文句だった。
一同はふくんだ笑いをしながら、まぶしい光を背にして、部屋の中へと入って
いった。
家からも滝の落ちる音が聞こえただけあって、5分も歩くと綾達は目的地に着
いた。
すぐ近くに十数メートルほどの滝のある細川。川の水は、信じられないほど透
き通っていた。
日差しを強く反射して白色に光る岩石の上に荷物を置き、各自それぞれ服を脱
いで水着になると、準備運動もせず、そのまままだ冷たい水に飛び込みはじめた。
一番手の斉藤はあまりの水の冷たさに思わず悲鳴をあげかけたが、後に続いた
ものは心構えがあったのか、どんどん気持ちよさそうに泳ぎだした。
綾はみずきと一緒にゆっくりと川に入っていき、いちばん体を心配しなくても
よさそうな御影がしっかりと準備運動をしてから飛び込んだ −−−−− た
滝の方向へ。
斉藤がそれを見て一言「恥ずかしがってやんの」と言って笑ったが、綾がそれ
を聞いて顔を赤くすると美里がすかさず睨みをきかし、斉藤は潜って逃げるしか
なかった。
顔を赤くして立ち止まってしまった綾を心配そうに見るみずき。
聞こえたのか聞こえてないのか、御影は滝壷の近くです潜りをしていた。
「それにしても、純な二人ね」
二人を交互に見つめて美里は心の中で思ったが、すかさず斉藤に水をかけられ、
すぐに由岐と三人で水のかけあいっことなってしまった。
「ねえちゃん」
「あっ、ごめんなさい」
綾はみずきの手をとって、ゆっくりと川の中に入っていった。
川底はいくぶん苔むしていたが滑ってしまうほどでもなく、冷たい水をいきな
り浴びてしまうことはなかったが、美里達のかけあう水が体に触れると、氷のよ
うな冷たさが体にはしった。
綾は器用によけ続けたが、嫌がれば嫌がるぶん水はかけられるもので、いつし
か御影を除いた5人は盛大に水をかけあっていた。
「あっ、お魚!」
「えっ! どこ?!」
「あそこ、ほら!」
「わぉ! ほんとだ!」
足下を駆け抜けていく魚を捕まえようと、各自必死になったが、それぐらいで
捕まえるものでもなく、魚はどこかへいってしまう。いつしか、あたりは静かな
水面にもどった。
った。