AWC CAMPUS> FARTHER (4)  ■ 榊 ■ (52


        
#859/3137 空中分解2
★タイトル (HHF     )  91/ 3/12   7:43  (154)
CAMPUS> FARTHER (4)    ■ 榊 ■  (52
★内容


出た右側に、明るい光の差し込むガラス張りの玄関があり、そのドアを沖が開け、外
に出て行った。
「おっ、さみー」
沖が外から吹いてきた冷たい風に体を震わせる。
御影は玄関を出てすぐの階段の途中で足を止め、かなり遠くに見える校舎と白い雲を
見つめた。
沖が玄関のすぐ目の前に止めてあった黒い車の運転席に入り、助手席のドアを開ける
と、御影はその光景を振り切るように下を向き、軽くため息をついた。
御影は一歩一歩階段を降りて行き、助手席のドアを開け、中に座った。
榊と綾と大滝は階段の前で立ち止まっていた。
車はやがてエンジンがかかり、ゆっくり走り始める。
御影は何も言わず、車はどんどん速さを増し、遠ざかっていった。
大滝はきびすを返し、先に中に入って行った。
残された綾と榊は、小さくなった車をまだ見ている。
車は運動場を横切り、遥か彼方の正門まではもうすぐだった。
軽い砂煙しかみえなくなり、とうとう車は正門を出ていってしまった。
榊は御影と同じように遠くの校舎を見つめた。
「御影の注文で、少ない見送りとなったけど………これでいいな」
綾は、御影の事とさっきの出来事を思い出し、そっと口元に手を持って行った。
指で、ゆっくり唇を撫でる。
ほんのり顔が赤くなっていた。
榊は綾の肩に手を回した。
「ファーストキスだったかな?」
綾は耳まで真っ赤にし、こっくりうなずいた。
「ごめんな。でも、こうすれば奴も早く帰って来るさ」
榊は回していた手をとき、階段を下りて行った。
「たとえ………」
榊は綾と同じように、もう見えぬ御影の方向をもう一度見た。
「父親と一緒にいたくても。たとえ、人を殺したとしても………な」
綾は一度だけ空を見上げ、心の何かを振り切ると、榊と一緒に階段を下りて行った。


「今回は、あいにくの天気となっていますが、この飛行機は高度一万mで飛んでおり
ますので、大した揺れもなく順調な飛行を続けております。ただいま、禁煙とシート
ベルトのサインが消えましたが、しばらくの間、席についていて下さい。なお、スク
リーンでの上映は引続き行われますので、どうぞご利用下さい……」
機内に続いてスチュワーデスの英語のアナウンスが放送される。
乗員は皆一同に安堵し、放送の案内も聞かず立ち上がるものも出てきた。
P.M.8時頃ではあるが外はすでに暗く、旅慣れた者や時差を考えている人々は、
毛布を取り出し、堅めの椅子で寝息をたて始めた。
ぽつぽつと天井の小さなライトがつき、手元ばかりの光の元、何か本を読む大人、何
か書き込んでいる子供、外を眺めている人々など、個々のスペースでそれぞれ自分の
世界を作り上げていた。
新婚などは二人で一つの世界を作り上げる。
時折通り過ぎるスチュワーデスは笑顔で皆の注文を聞いて回る。
機内は静かな、暗い、安息の場となりつつあった。
中央辺りの窓際の席では、一つだけライトがついていた。
隣はすでに寝ている中、御影は鞄の中から未杉の渡してくれた分厚な用紙を取り出し
た。
御影はしばらく、表紙に走り書きで書かれた「御影レポート」の鉛筆の字を見つめて
いた。
そしてゆっくり、重々しく開き、中を読み始めた。


1945年 ホー・チ・ミンがベトナム民主共和国の独立を宣言。
これに対し、元宗主国フランスと、アジアの進出を謀っていたアメリカは、ベトナム
共和国樹立を支援し、これに対抗した。
これが、有名なベトナム戦争の始まりである。

61年、アメリカの大統領にケネディ当選。
本格的なベトナム戦争介入が始まる。
送りだした兵士の数、4千。

63年、ケネディ暗殺後、次の大統領ジョンソンは引続きベトナム進行を続けた。

ドンホイ市爆撃を初めとして、大量の人員が送り込まれる。
最大、54万とも言われると人員と、755万トンもの爆弾(第二次大戦中の爆弾の
投下量の2.73倍)をつぎ込む。

その頃、「赤い瞳の狼」として、ベトナムを震え上がらせていた兵士を確認。
その男の経歴も身分もいっさい消去されており、現存するデータはなし。
しかし、70年を境に急に北ベトナム側として戦い始める。
もし、この男を御影の父親とすると、御影はこの頃に生まれているはずであるが、そ
のデータも残存せず。
その後、「ファン」と名乗り、幾多の戦場を乗り越え、いまだ生き残っている。

総数で1千万を越える死者を出したこの戦争も、75年北ベトナム軍がサイゴン市
(現ホーチミン市)を侵略により、南ベトナム最後の政府、ドン・パン・ミン政権は
北ベトナムに対し無条件降伏し、一応の終結を見た。

そしてその後、ベトナム民主共和国によるベトナム統一と、社会主義化が進むなか、
「ファン」は大佐の称号をもらい、その政策の施行に貢献。

78年、ファン大佐、軍総指令部の長官を任命されるが、辞退。
しかし、その権威だけは受け継いだ。

同年。社会主義、民主主義の二つに分かれたカンボジアに対し、支援と名乗り侵攻開
始。現在もなお続いている。

79年 中国と国境紛争。

ファン大佐が全ての戦争に一枚かんでいるのは確かであるが、その黒幕であるかは定
かではない。
しかし、いまなお彼はベトナム軍の総帥として戦い続けていることは確かである。
それ以外の記録は一切不明。


※作者注

これはファン大佐の事を除けばすべて事実である。
よくベトナム戦争の映画が上映され、今は平和かのような錯覚を受けるが、実際は逆
である。
ベトナムでは今も戦争が続いている。
いや、ファン大佐の存在すら否定することはできないのである。
一人残らず撤兵することは可能とは言い難い。
今なお、ベトナム戦争の残党兵が生きていたとしてもおかしくはないのだ。
実際、右派などのアメリカの介入はまだ残っている。
彼らは終ることを知らないかのように戦い続けているのである。


御影は、10ページにわたる説明に目を通し、それ以降の資料をぺらぺとめくり始め
た。
最後の一枚でその手が止まった。
オばらくその紙を見つめ、じっとして動くことはなかった。
しばらくして、ゆっくりと閉じる。
その用紙を膝の上に置いたまま、御影は目を覆うように額に右手を当て、開いた手で、
閉じられた瞳を隠した。
−−−父さん…………
御影は心のなかで呟き、最後の一枚のページを思い出した。
古びた、よく解らぬ密林の白黒の写真。
その中央に、彫りの深い兵士が小さく写っており、赤い丸で囲まれていた。
どこか似ているような、そして、どこか違うような。
だが、胸が締め付けられるほどの懐かしさ。
涙が止まらなかった。
−−父さん…………
御影はそのまま淡い眠りに落ちていった。
御影を載せた飛行機はジェットを響かせ、遥か夜空へと吸い込まれていった。


第2章 KILLING FIELD

水分を含んだじっとりとした風が大気を漂い、肌を撫でる。
天空から照りつける暑い太陽が、2階のベランダに立つ御影に陽光を降りそそいでい
た。
御影は額に汗を浮かべ、強い陽光に目を細めながら前方に広がる町並みを、そしてそ
の向こうに広がる密林を眺めていた。
鮮やかなほど、太陽の光を照り返す濃い緑色の密林が、瞳の奥に焼き付く。
わずかに響くローターの音に、御影は顔をあげた。
漆黒の機体が前方近くを通りすぎる。
一迅の風が御影の服を揺らし、ヘリはそのまま飛び立っていった。
御影はいつまでも続くローターの風を切る音に、耳を傾けた。
心地よい風が体を通り過ぎた。
「Mr.ミカゲ!」
後方、部屋の中から聞こえて来る声に、御影はゆっくりと振り向いた。
ちょっと小太りの男が、中から笑顔で手招きしていた。
御影はゆっくり、手すりを離れ、中に入っていった。
「ようこそ、Mr.ミカゲ」
「こちらこそ」
「まあ、そう堅くならず、まあ、席にでも座って下さい」
御影は招かれるまま、向いのソファーに腰を下ろした。






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