#858/3137 空中分解2
★タイトル (HHF ) 91/ 3/12 7:29 (154)
CAMPUS> FARTHER (3) ■ 榊 ■ (51
★内容
「それと、大動脈はここと……ここに走っている」
「よし、正解だ」
病院院長の大滝は、御影の答えを確認すると、おもむろにいままで広げていた人体地
図をしまい始めた。
「これで全部おぼえたな」
「ぎりぎり間に合ったよ。ありがとう」
「なんの。人の命が助かるなら、これぐらい軽いことさ」
大滝は地図を丸めると、近くに立っていた看護婦に渡し、2つ3つ何か言うと、御影
の方に戻ってきた。
もう一度椅子に座り込み、あるかないかの方向を見る。
「本当に……できるのか?」
「ん? 何を?」
「人を殺さずに、戦場を走れるかだよ」
「………やってみるまでさ」
御影は実弾の入ったMXのマガジンを取り出し、黒光りする弾を見つめた。
いつもよりも重たいマガジンに、何か人の命が入っているような錯覚を憶えながら、
御影はマガジンを銃に差し込んだ。
二人が沈黙し静寂の広がる、白くそんなに広くない部屋の左隅にあるドアが開かれた。
長身の男が徹夜らしき赤い目で、ぼさぼさの頭を掻きながら、部屋に入ってきた。
未杉清隆−−−情報部部長−−−いわゆる情報屋である。
未杉は片手に、かなり分厚なプリンター用紙をきれいに閉じた物を持っていた。
「よう、未杉。また何か解ったのか?」
大滝が明るく聞くが、未杉は答えるのも億劫らしく、遠くからそのプリンター用紙を
机の上に放り投げた。
「調べれるだけの情報をすべて打ち出してきた。飛行機の中ででも読んでおけ」
「ありがとう………何日、徹夜した?」
未杉は頭を掻きながら、殆ど閉じそうな目を天井に向け、いったい何日だったろうと
数をかぞえた。
数え終ると下を向き、大きくため息をつく。
「5日か………よく生きていたな………」
「すまない」
御影は用紙を拾い上げると、ぱらぱらとめくってみた。
合計で50ページ近い用紙に、びっしりと文字が書き込まれていた。
「由一。ベッド借りるぞ」
「おう、好きなやつ使ってくれ」
未杉はふらふらとドアを出て行った。
途中、誰かがおもいっきり廊下で倒れたらしく、とんでもない音と振動がここまで伝
わってきた。
すぐに看護婦達の声が聞こえてき、運ばれて行くのが手にとるように解った。
未杉が、廊下で精魂果ててしまったのだろう。
その騒ぎ収まると、御影はため息をついた。
「みんなに迷惑をかけちまったな……」
「いいってことよ。誰も迷惑とは考えてもいないぜ」
「………すまない」
御影は一言いうと、部屋の中は急に静かになった。
わずがに遠くから、看護婦達の話声が聞こえる程度だった。
御影がその静寂に、妙な疎外感をおぼえ始めたころ、大滝が口を開いた。
「2つ………2つ約束できるか?」
御影は下ろしていた視線をもう一度大滝に向けた。
白い壁を背にした大滝のどこか厳しい感じのする横顔が見える。
寂しげな、どこを見ているわけでもない視線。
御影は静かに呟いた。
「何を?」
「………一つは、生きてぜったい帰ってくること。それともう一つは………」
「もう一つは?」
大滝は自嘲的な笑みをわずかに浮かべ、御影を横目でちらりと見た。
御影もその笑みを見て、わずかに口の端を上げる。
大滝はとうとう吹き出し、くっくっと笑った。
御影もつられて笑いながら、もう一度聞き直す。
「もう一つは?」
大滝は笑いをかみ殺し、やはり横目で御影を見た。
「俺はやっぱり医者だな………」
「?」
「くっくっ………もう一つの約束はな、笑うなよ」
「わらわんよ、なんだ」
「怪我しても、そのままにしておいてくれないか? 帰ってきてたら俺がみてやりた
いんだ」
「はっ。怪我しても? はっはっはっは……」
御影は、力なく笑ってみせた。
「いや、やっぱり言うべきじゃなかったな。いや、おまえの傷は俺が治したくなって
な。忘れろ、忘れろ」
大滝は何でもないように、手を振り、元のように白い壁を見た。
御影はしばらく笑っていたが、すぐに部屋は静かになった。
しかし、先ほどの重たい雰囲気はもうすでになかった。
しばらくの静寂も、二人には辛いものではなくなっていた。
「御影……」
「なんだ?」
「…………帰ってこいよ」
「…………………ああ」
二人はそれだけの会話を交わし、再び黙り込んだ。
「用意はいいか!?」
ドアを開けながら、沖が大声で叫んだ。
冷たい風とともに、厚着をしていた沖が中に入り込んできた。
「沖か………びっくりした」
由一は机にへたりこんだ。
「もう時間か?」
「大体な………その前に、お客」
「?」
沖が後ろを見ながら中に入ってくると、その後ろから榊、綾と続いて入ってきた。
「榊さん………綾……」
二人がゆっくりは行ってくると御影は立ち上がり、二人の前に立った。
下をうつむいていた綾が、急に顔をあげ、御影の目を正面からみた。
あまりに真剣な表情に御影は一歩退いてしまった。
しかし、その顔は一変し、いつもの優しい笑顔となった。
手を胸に当て、心持ち体を前に出す。
「誠一郎さん………気を付けて行ってきて下さいね………言い出したら、止めても聞
いてくれるわけないもんね。だから………気を付けてね!」
「ん、あっ、ああ………」
女の扱いになれていない御影は、困りながら榊を見た。
榊は、御影のうろたえぶりを見て笑いながら、近寄ってきた。
そっと、見み元に口を近付け、ささやく。
「こういう時はな、優しく慰めて、キスの一つでもしてやるもんだ」
「えー! できませんよー」
「どうしてもか?」
「ちょっと………やばいですよ………」
「じゃあ、慰めてやれ」
「はぁ………」
御影は顔をうなだれてしまった綾に近寄って行った。
「綾さん?」
綾は、殆ど泣きそうな顔を上げた。
「あっと。えーと………」
御影はやはり、困ってしまった。
「まったく………」
榊は御影のすぐ横に立ち、急に御影の足を払い、綾の背中を押した。
「おっ!」「きゃ!」
二人は、同時に倒れ、わずかに口と口とが合わさった。
ほんのわずかな出来事であった。
ほんの一瞬ではあるが、確かに二人の口は触れた。
御影はあまりの事に急いで綾の肩をつかみ、引き離した。
顔を真っ赤にし、横の榊に突っかかる。
「榊さん!」
榊はそのころおもいっきり手を引き込み、懇親の一発を放つ瞬間だった。
「はっ!」「おう!」
御影は反射的に手を出し止めたが、間に合わずに、壁まで吹き飛ばされる。
「いてて………」
「誠一郎さん!」
綾は駆け寄って、御影の体を起こしてやった。
「大丈夫?」
頭をさすっていた御影に対し、榊は近寄って行かなかった。
ただ一言、こう言い放つ。
「この、人を悲しませる大馬鹿野郎が。そんな用事、すぐ済ませてこい!」
御影は、口からでてきた血を手で拭き取りながら、にやりと笑った。
「えらい師匠がいたもんだ。〈行ってらっしゃい〉が、げんこつかよ」
御影は差し伸べられた綾の手を借りて、立ち上がった。
背中や、足などを軽くはらって顔を上げた。
その時、目の色が変わった。
茶色にわずかな緑色の悲しい色から、青っぽい元気にあふれる色に変わった。
それを見届けて、榊は初めて笑った。
「行ってこい」
「はい、行ってまいります」
御影は、榊と目を合わせた。
お互い、軽く笑いあい、どちらからともなく手を出し、握り合った。
御影は手を離すと、机に置いてあった紙を取り、沖に目をやった。
「いこうか」
「ああ」
白い大きなジャンパーを着た沖がまず先にでて行った、そしてズボンに白いセーター
姿の御影が後に続いた。
榊、綾、大滝の順番で部屋からでる。
部屋から玄関はすぐ近くだった。