#822/3137 空中分解2
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★内容
File−No.2
秋坂 ゆう
5月3日
今日から日記をつけようと思っています。
私は声がだすことができません。
だから、語り伝えたいことを文書にして残したいと思って、日記を書き始めました。
まず、お父さんについて書きたいと思います。
私のお父さんは世界を駆け巡るカメラマンなんです。
こう書くとかっこいいのですが、行く所といえば、
タイ、ラオス、カンボジア、アフリカ −−−−
どこもまだ未発達なところばかりです。
そして、貧しい人を写したり、まだ人の手にかけられていない自然を写したりしてい
ます。
「俺がやらなくて、誰がやる!」
これが、私の父の口癖です。
とてもやさしい、大好きなお父さんです。
そしてお母さん。
私のお母さんは、お父さんの助手をしています。
とてもきれいな声をしていて、よくだっこをして歌をうたってくれます。
とてもあたたかいお母さんです。
そして、私。
今、私は10才。
本当なら学校というところに行くそうなのですが、お母さんに教えてもらっている、
二人のお荷物です。
私の夢は、お母さんのようにきれいな声で歌い、お父さんのような写真をとることな
んです。
いつの日か………。
(秋坂ゆうの日記。第一ページより。)
ト
ACT
「ゆう、そろそろ行くぞ」
お父さんがゆうの部屋のドアを開けながら、言った。
用意のすんだゆうは、お父さんに向かってうなずいた。
ゆうは大きなお父さんの後について行って、食堂を通り、外に出た。
中も外もそう変わらないが、ここは蒸し暑く、朝でも汗が頬をつたう。
特に日中は原住民であろうと不快感を憶えるほどだった。
今、朝の9:30。
まだ、少しは涼しいときである。
その外では既に、お母さんがジープに荷物を積んでいた。
お母さんは、髪を赤色のリボンで結び、ちょっと痩せているが、やさしそうな人だっ
た。
ゆうがお母さんに抱きつくと、お母さんはゆうを抱き上げ、軽く頬にキスをした。
「おはよ、ゆう。さあ、車に乗ってなさい」
お母さんはゆうを後ろの席に降ろすと、また荷物を積み始めた。
少し太り気味の黒いあご髭のお父さんは、ジープにガソリンを入れ終ると、運転席に
乗りこんだ。
キーを回すと、軽い振動と共にエンジンがかかる。
最初はふけ具合いをためしていたが、やがて振動は安定し、周期的な細かい揺れとな
った。
「おい、母さん。もう、乗れ」
「はいはい、いま行きます」
お母さんは、最後の固定を済ませると、助手席の方に乗り込んだ。
「じゃあ、いくぞ」
エンジンの音が一段落ち、ジープは砂煙の舞う道路を走り始めた。
ここは、カンボジアの首都、プノンペンの南100kmにある小さな町。
お父さんは、プノンペンの方に宿を構え、この外れの町を写真に写すことにした。
素朴で、自然に従って生きているこの町の人々は、私達に暖かかった。
自然は彼らに穀物を与え、彼らは自然に逆らわない。
自然はいつも彼らを優しく包み込む。
お父さんとお母さんは、この町をくまなく見て回り、写真におさめた。
コンクリートジャングルに住む人達が忘れてしまったあたたかさを。
自然を。そして、いたわりあいを。
全てが、自然。
それだからこそ、彼らは暖かかった。
お母さんは子供達を集め、歌をうたってやる。
甘く、切ない、風のような歌が村に流れた。
Billy JoelのPIANO MAN。
夢を追い続けるニューヨーカー達の寂しさを歌った歌。
子供達は、うまく言えない英語の歌詞を一生懸命歌おうとする。
お母さんは優しく、ゆっくり、何度も歌ってやった。
お母さんの優しい歌は、一日中、一日の糧を得るために働く人達の動きを止め、一瞬
の安らぎを与えた。
あるものは、昔の在りし日を思い出し、あるものは、今は亡き暖かい母を思い出した。
甘くながれるメロディーは、いつしか町全体で歌われていた。
自然に、皆一つになった。
歌うことのできないゆうはそのメロディーに体をゆだね、お父さんは写真を取って回
った。
誰もが皆いい顔をしていた。
樹もそれに呼応するように揺れた。
優しい風が人々を包み、時間が止まったような気さえした。
しかし、遥か遠くから聞こえる車の音と、砂煙がその歌を止めた。
一人、また一人とそれに気づき、歌を止めてそちらを見る。
やがてその車がジープだと確認できた頃、村の全員が集まった。
だんだん車が近付き、とうとうみんなの目の前で止まった。
一陣の風と砂煙を立ててエンジンが止まる。
中の髭の大男の鋭い視線と目が会うと、ゆうはびくっとして、思わずお父さんの陰に
隠れてしまった。
お父さんも自体が理解できてきたらしく、緊張した面もちだった。
やがて、車の中から3人の男が出てきた。
3人ともソ連製の銃、AK−47を持っていることで事態が理解できた。
カンボジアには二つの政権がある。
ポル・ポト政権などと現在言われている民主政権とヘン・サムリン政権とよばれる共
和政権である。
このヘン・サムリン政権と言うのは親ソ的で、度々ポル・ポトとぶつかり血を流して
きている。
おそらく、ゆう達を捕虜にするのだろう。
しかし、事態が理解できたときはもう遅かった。
すでに3人の銃はこちらを向いており、逃げることはできなかった。
リーダー格らしいまん中の男が、銃で車を指した。
「乗れ」
短く一言いった。
短く、低い声のその一言は、逆らえない感じを与えた。
お父さんを先頭に、三人は中に入った。
村人は心配そうに俺達を見たが、それ以上の事はしなかった。
かれらも、逆らえば殺される事を知っている。
やがて、全員が乗り込むと、来たときと同じ様に、砂煙を立てて車は走りだした。
車は首都に向かう道を取っていたが、途中でわきにそれた。
彼らの本拠地に行くのだろう。
車のなかでゆうはぎゅっとお父さんの袖を引っ張った。
お父さんはそれに気づくと、優しい顔をみせて、心配させまいとした。
しかし、事態は一層深刻となった。
車はかなり大きい町に入った。
両わきにいた人達がこちらを見る。
さっきの村とは違い、厳しい、殺気に近い目だった。
しばらくまっすぐ行くと、円形の広場に出た。
そこで、車が止まる。
「降りろ」
リーダー格の男は一言いって、一人どこかに行ってしまった。
残りの二人の銃に脅されて、ゆう達は降りた。
向こうの方で、リーダー格の男が何か2・3人と話すと、その2・3人はこちらの方
に歩いてきた。
お母さんは喉まででかかった恐怖を飲み込み、必死に耐えていた。
彼女は、お父さんに助けを求めるような行動は一切しなかった。
お母さんの事をよく知っているお父さんは、お母さんの肩にそっと手をおいた。
お母さんは一瞬びくっとしたが、すぐそれがお父さんの手だと解り、安心そうな顔を
して、お父さんにもたれかかった。
後ろには車に乗っていた二人、前からリーダーと話していた二人がきた。
前の二人が2〜3mで立ち止まる。
「お前、こちら来い」
左の男が、お母さんを指して言った。
「私?」
「そうだ、お前だ」
男の表情は変わらない。
お母さんは心配そうな顔をお父さんに向け、そして、そのあと言われたように前に出
た。
「ついて来い」
後ろと前に男がつき、お母さんは100mぐらい離れた路地を通り、角を曲がり、こ