#787/3137 空中分解2
★タイトル (CWJ ) 91/ 3/ 5 16:25 (181)
想いが壊れていく −4− 作 うさぎ猫
★内容
これは湖が導いたのだろうか?
森の次は、研究所。
まったく、訳がわからない。
「あたしでないあたしは覚醒しなければならない」
地下にある、きれいな観葉植物の造園。そこで、あたしはブツブツとひとり
つぶやいていた。
「どういう意味だろう」
湖があたしにいったこの言葉。
しかし、なにを意味するものなのだろう。ただ、わかるのは怖い言葉という
だけ。それだって、なぜ怖いのか曖昧。
そんな事を考えながら、ふらふらと観葉植物の中を歩く。
すなおに帰してくれるとは考えなかったが、まさかこんなところに閉じ込めら
れるとも考えなかった。
だいいち研究所の地下に、こんな造園があるなんて誰が想像するのよ。
「あたしは不幸だぁ!」
そう叫んだとき、茂みの奥からクスクスと笑い声が聞こえた。
「誰?」
あたしは背丈ほどある真っ赤なカリン草を手でかき分けながら、怖々と声の聞
こえた方へ近づく。
そこには長い髪の女性がいた。
ガラス細工のような体に、白い肌。瞳は濡れたように輝き、まだあどけなさを
残した表情は、同姓のあたしが見てもドキリとするほど。
「マリアさん?」
あたしが名前を言うと驚いていた。
「どこかでお会いしたかしら?」
「夢の中で」
「夢?」
「マリアさん、教えてください。あたしでないあたしが覚醒するってどうい
う意味なんですか!?」
マリアさんは変な事を聞く子だというふうに、あたしを見る。
「それはいったい何のお話しですか?」
あたしの思い過ごし。彼女はなにも知らないようだ。
「ごめんなさい。あたし気が動転しているものだから」
マリアさんはククッと笑う。そのしぐさは年上とは思えないほど可愛らしい。
「あなたお名前は?」
「蘭・・・ 白鳥蘭です」
「白鳥?」
マリアさんは、あたしの名を聞くと表情が変わった。
「どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないの。ただ、よく知っている名前のような気がした
から」
あたしの名を聞くと、皆こうだ。
いったい、白鳥の名字がどうしたっていうの?
「マリアさん、隠さないで教えて」
マリアさんは首を横に振る。
「わたしには、過去の記憶がありません。あなたの名を聞いたときに懐かし
さを憶えたのは確かです。でも、それ以上は・・・」
「記憶喪失なんですか?」
「わかりません。はじめから記憶なんて無かったかもしれない」
「えっ? それはどういう・・・」
*********************************
すべてはあの湖から始まった。
あの湖で会ったのだ。あのひとに。
そしてあたしは・・・ あたしたちは、軍の追っ手を振り切り逃げたのだ。
あれは、夢ではなかった。
Dはいた。この研究所に。
とっても会いたかった。会って真相を確かめたかった。
うぅん、そんな事はもうどうでもいい。
あたしの気持ちは、Dに会う事で落ち着くのだから。
しかし、Dはなにも言わなかった。言えないのだ。
彼は眠っているのだから。
「本当は秘密なんですがね」
サムはそう言いながらも、あたしとDを会わせようとしていた。
そんな事、見ればわかる。
Dは巨大なシリンダーの中で、透明な液体に浸ったまま眠っている。
「Dと話しをさせて」
あたしが言うと、サムはシリンダーの脇にあるコンソールパネルをいじった。
少し口もとが笑ったのは気のせいだろうか。
「十分だけですよ」
そう言ってシリンダーの液体が抜かれた。
Dの目がゆっくりと開く。
「D・・・」
あたしはシリンダーのガラス越しに語りかけた。
Dが目を見開いて驚き、そして微笑んだ。
この気持ちの高ぶりはなんだろう。
どうして、こんなせつない気持ちになるのだろう。
「D、会いたかった」
おそらくあたしの一番正直な気持ちだろう。
Dは悲しそうな表情をしている。
どうしてそんな顔をするの?
あたしの気持ちまでが萎えていく。
このガラスを壊して、その向こうにいる彼のところへ飛び込んでいきたかった。
「このデータの変化はなんなのだ!」
サムがコンピュータのディスプレイを見ながら、大声で叫んでいた。
「こんな数値は見た事がない。いや、こんなデータが出るはずがない!」
あたしはそんなサムの驚きなど気にはならない。
今はこうしてDといられるだけで幸せな気持ちに浸れるのだから。
しかし、その気持ちは裏切られた。
再びシリンダーに液体が注がれ、Dは眠りについたのだ。
「まだ十分たってないわ!」
あたしの抗議に、サムは眉間にしわを寄せながらあたしをにらんだ。
さきほどまでの紳士は消えている。代わりに現れたのは狂気に満ちた目。
「どういうことだ!」
そういいながら、あたしの両腕をつかみ揺する。
髪はクシャクシャで、マッドサイエンティストのよう。
「やめてよ、痛いじゃない!」
サムは完全に気が狂っている。
怒り狂っているのだ。
あたしは悲鳴をあげた。
尋常じゃない。すべてが狂っているとしか思えない。
「Dは我が研究所が総力をあげて開発した究極の兵器だ。感情に左右される
事もなく、冷静に任務を遂行できる理想の兵器だ。それがなぜだ。なぜ、こん
なにも感情を乱すんだ。おまえは何者なんだ。なぜ、同一遺伝子を持っている」
あたしは言葉が出ない。
なぜだと聞かれても、そんな事あたしが知りたい。
黙るあたしに怒りを倍増したサムは、さらに強く腕を握る。
腕がちぎれる。すさまじい痛み。
「痛い!」
必死に抵抗するが、サムの目は血走り理性など残っていない。
「痛い!」
だめ、本当に腕がちぎれてしまう。
あたしは右足を蹴り上げた。それが、サムの下腹部にみごとに当たった。
「ぐぅ・・・」
サムは下腹部を押さえながら、その場に倒れ込んだ。
あたしはとにかく逃げようとして走った。
しかし、機器のケーブルに足を引っかけて転んだのだ。
激痛が襲う。
「痛いよぉ」
体を起そうとしたとき、サムがハンドガンであたしを狙っていた。
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冷たいコンクリの地面。遠くからポタポタと、水の落ちる音が聞こえてくる。
「痛い・・・」
あたしは薄暗い独房のなかで目を覚ました。
体中が腫れ上がっている。顔も輪郭が崩れるほど殴られた。
大人の男が、十五の娘にする事じゃぁない。
体がズキズキして起き上がれない。
あたしはそのままの格好で壁を眺めることにした。
鉄骨の張り出したコンクリの壁を、ボーっと眺めながら考えを巡らせていた。
湖があたしをここへ導いたのだろうか?
<あなたでないあなたは覚醒せねばなりません>
いったい、どういう意味なのだろう。
それに、サムが言ったあたしとDとの同一遺伝子の事。
わからない事ばかりだ。
あたしは平凡に、ダイエットに励んだり友達とおしゃべりして暮らしていき
たいのに、どうして邪魔ばかりするのよ。
あたしがどんな悪い事をしたっていうのよ。
今日はちゃんと学校へ行って、あのきらいな数理学もまじめに聞こうと思って
いたのに。
「D、あたしを助けにきて」
Dと会いたい。
この気持ちはなんだろう。
どうしてあなたはそんな悲しい目をするの。
胸が苦しい・・・
これが恋? これが人を愛するという事なの?
教えて、D。
あなたはあたしを愛してくれますか?
あなたはあたしが想っているように、あたしの事を愛してくれますか?
目が熱い。
そんなに涙もろい子じゃないのに、Dの事を考えるたびに瞳が濡れる。
<あなたでないあなたは覚醒せねばなりません>
湖の言葉が気になる。
怖い、怖い、怖い・・・
あたしでないあたしが覚醒するとどうなるのだろう。
そんな事を独房で考えていると、階段を下りてくる音が聞こえる。
しかも、聞き慣れた声。
でも、まさかそんなはずはない。
階段を下りてくる音は段々と近づいてくる。そのたびに、声の主は現実のもの
となっていく。
パパ・・・
間違いない。この声はパパだ。
サムの声も聞こえている。冷静な声だ。
「どうですか、ここの居心地は?」
サムがあたしに語りかけてくる。
あたしは鉄格子とは反対の壁を見ているから顔はわからない。
それに、体中痛くて振り返れない。
「蘭!」
パパの声だ。パパが来てくれた。
でも、事態が良くなったわけではないようだ。
パパも捕らえられてきたようだ。
「いいわけないでしょ!」
あたしは痛む体を押さえ、力いっぱい叫んだ。
・・・5へつづく