AWC 想いが壊れていく −5−   作 うさぎ猫


        
#788/3137 空中分解2
★タイトル (CWJ     )  91/ 3/ 5  16:30  (197)
想いが壊れていく −5−   作 うさぎ猫
★内容

  「我が名はルーシファ。我が望みは世界の支配」
ママは研究室の椅子に座ったまま喋る。絞り出すような不気味な声。
目はうつろに宙を舞っている。
 いや、これはママじゃない。
ママの姿をした悪魔が笑っているんだ。
 笑っている?
そう、笑っている。悪魔はすべてを笑っている。人間を、狂った人間を、裂け
た世界を、そのすべてを笑っている。
 「彼女はなにを言っているのですか」
サムブレインがパパに聞いた。
 何を言っているのか、聞けばわかるじゃない。
でも、信じられないのがあたりまえだ。あたしも信じたくない。
だって、自分の母親が悪魔につかれているなんて、どこの娘が信じるのよ。
 しかし、ママの表情は恐ろしく、その声もいつものきれいな声ではない。

 大量の死体。血塗れの、人の死体。ゴロゴロと山積みになっていて、その下
で笑うウジムシ。そげ落ちた顔の肉からのぞく、真っ白な骨。その骨の合間で
蠢くウジムシ。
 ウジムシは笑っている。世界を笑っている。くさった肉のなかで、自らの自
我が腐っていくのを想いながら。
 いや、悲しんでいるのか。自分ではどうしようもない自分を恨み、妬みなが
ら。ウジムシはあきらめていたのだ。あきらめて、どうしようもない世界を笑っ
ていたのだ。

 気分が悪い。はきそう。
あたしは壁にもたれかかりながら、サムとパパの言い合いを聞いている。
 「おまえは知っているんじゃないのか」
パパだ。パパがサムに変な事を聞いた。
 「どういう意味かわからないのだが」
そう言ったサムの表情はおびえていた。
 「俺は十七年前に同じものを見た事がある」
パパがそう言ったとたんに、サムの顔色が変わった。
 この二人は同じ秘密を知っているんだ。
十七年前といえば、パパの妹が入水自殺した年と一致する。
 「知っているんだろう、サムブレイン」
パパとサムは知合いだったのだ。
 それで、サムがあたしのパパの名を聞いたとき怖い顔をしたんだ。
 怖い顔?
なぜ、怖い顔をしたのだろうか。仲が良くないからだろうか。
 「ちゃんと説明してよ!」
あたしはパパに怒鳴った。でも、パパはうつむくだけで、あたしになにも聞か
せてはくれない。
娘にも言えないような事なの?
 「とにかく、彼女にはここへ留まってもらう」
サムがとんでもない事を言う。
あたしだけでなく、ママも実験に使おうというのだ。冗談じゃない。
 「なにを言う。俺は瞳と蘭をつれて帰る」
パパが凄いけんまくで怒鳴る。
 それでもサムは、まゆ一つ動かさぬ冷たい表情でパパを笑った。
サムの後ろに、銃を持った兵士が立った。
 「無駄な事はやめたまえ。ここは軍の施設だ」
 しかし、パパは身をひるがえし、近くの机の下へ飛び込んだ。
兵士は慌てて銃を発砲するが、弾は机の後ろにある予備発電機へ当たった。
発電機が炎を上げ爆発する。
 「ばかもん、この部屋で銃をつかうな!」
サムは気が狂ったように叫ぶ。
火炎は予備発電機の液体燃料に引火した。
 軍の施設はその性格から、すべての部屋が独立して機能できるように、予備
の発電機がある。
 しかし、それが命取りになった。量は少ないとはいえ、爆発性の強い液体燃
料は部屋一つを焼くには充分だ。
 パパは椅子の上で気絶しているママを抱き上げると、あたしを呼んだ。
 「脱出するぞ!」
あたしたちは炎のなかを潜りながら部屋を出た。
そのすぐ後、防火シャッターが悲鳴のように下りてくる。
まだ、なかには兵士とサムが残っている。
 燃え盛る研究室。金属のシャッターは、愛想なく閉じてしまった。
 「蘭、急げ!」
パパに呼ばれるままあたしは走った。施設内に警報サイレンがこだましている。
 長い通路を走る。警備兵たちは、あたしたちを必死に追ってきているだろう。
とにかく、ここはやり過ごしたほうがいい。
あたしはマリアさんの部屋へ行こうとパパに言った。
あそこなら、サム以外の人間が入ってくることはない。
 地下へ通じる階段を下りていき、マリアさんの部屋の前へ立つ。
部屋のロックナンバーは、マリアさんからこっそり教えてもらっていた。
 「マリアさん!」
あたしは部屋へ入ると同時に、マリアさんを呼んだ。
 美しい観葉植物のなかから、彼女は現れた。
あたしが事情を説明しようとして近づいたとき、パパが声をあげた。
 「麗香!」
パパの言った名は、十七年前湖で入水自殺した妹の名だ。
 どういう事なの。
マリアさんがあたしと何か関係があるとは思っていたけど、パパの妹だなんて。
 「どちらさま?」
マリアさんはパパの事を憶えていなかった。
昔の記憶がないと言っていたのは、本当だったんだ。
 「麗香、どうしたんだ」
どうして、マリアさんには昔の記憶がないのだろう。
 かわいそうなパパ。
ママはあんなになっちゃうし、せっかく会えた妹も記憶喪失。
パパは力尽きたように、ぐったりとその場に座り込んだ。
 「サムがやったのか・・・」
あたしはパパに、サムの事を聞いた。
 「奴とパパとはね、幼なじみなんだよ。パパが蘭と同じ年のころに、奴はま
だ小さかった今のメトロポリスへ移ったんだ」
パパは厳しい表情で喋った。
 「仲が悪かったの?」
 「特にけんかしていたわけじゃない。ただ、サムは妹、麗香に愛情をいだい
ていた。それも、かなり強く。パパとしては、それがおもしろくなかったんだ
ろうな。本当にあの頃はどうかしていたんだ」

 パパの思い出が見える。
美しい針葉樹の森にある、小さな村。
 そこでパパは妹と静かに暮らしていた。
そこへサムが現れた。
 ゆるせない、ゆるせない、ゆるない・・・
パパはサムブレインをゆるせなかった。
まだ、幼い妹を犯した彼を絶対にゆるしはしなかった。
 怒りと、悲しみと、憎しみ・・・
パパはウジムシになりたかった。あの、ウジムシに。
くさった肉のなかで、くさった世界を笑いたかったのだ。
 そして、サムを殺したかった。殺して、その肉を湖のカミナリフィッシュの
エサにしたかった。
 ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない・・・
 しかし、妹は言ったのだ。
サムブレインを愛している。
 パパは笑った。まるで、ウジムシそのものじゃないか。自我の崩壊していく
ウジムシそのものじゃないか。
 だからパパは、パパは・・・

 どうしたっていうの。パパが、そんなはずないじゃない。
 「蘭?」
パパが心配そうにあたしの顔を覗く。
 「ごめんなさい。なんでもないの」
そうだ。なんでもない。
また、いつものように夢を見ていただけ。ただ、それだけ。
 「マリアさんは・・・」
あたしはマリアさんの方を見ながら言った。
 「パパの妹・・・ 麗香さんなの?」
パパは悲しそうな顔をした。
 「麗香、思い出さないのか? お兄ちゃんだよ」
マリアさんは困ったように、首を横に振る。
 「わたしの家族は、戦争で皆死んだと聞いています」
そんなとき、ママの意識が戻った。とたんにママは驚きの声をあげた。
 「麗香ちゃんじゃないの!?」
麗香と呼ばれたマリアさんは悲しい顔をして、首を横に振るだけだ。
 「わたしはわからない。わたしはマリアです。わたしは、ずっとそう呼ばれ
てきたし、そう聞かされてきました」
マリアさんの目には、涙がいっぱい溜っていた。
混乱しているのだろう。あたしだって混乱している。
 肉親だと名乗る者が現れても、すなおに信じる事のできないはがゆさ。
かわいそうなマリアさん。
 いったい湖はなにを見せようというのだろう。
あたしに、なにを見せようというのだろう。あまりにも残酷すぎる。
こんな思いをするのはあたしだけでいいのに、マリアさんやパパやママまで巻
き込むなんて。
 「とにかく、ここを出よう」
パパがビームライフルを握り締めて立ち上がった。
 「ここを抜け出すのは不可能です」
マリアさんが悲しい表情のまま言った。
 「だからといって、ここに居座るつもりはない」
パパは覚悟を決めたようだ。
 「どうする? 一緒に来てくれるか」
パパはマリアさんを誘った。マリアさんは少し考えてから。
 「ここを抜け出したら、お父様やお母様のお話しを聞かせてくださいね」
そう言って笑顔を見せた。

 *********************************

  長い螺旋階段が、上へのびている。
あたしたちは、それを駆け上がっていく。
 昇っていくと、そこに一人の兵士が立っていた。
兵士は慌てたように銃を撃ってきた。
 パパはそれをかわすと、兵士に向かってビームを放つ。
兵士は階段を転げ落ち、死んだ。
 パパがこんなに戦いなれているのには驚いたが、こんなに簡単に人が死んで
いくのにも驚いた。
 「パパ、あたし怖い」
あたしは小さな声で、そう言った。
 「やらなければ、やられるんだ。パパにはおまえたちを守る義務がある」
そういってパパは階段を昇り、先を急いだ。
あたしも後を追う。パパの言う事はよくわかっている。
 でも、いまのパパはとても怖く、別人に見えた。
騒ぎを聞きつけて、警備兵たちが集まる。
 パパは必死に抵抗するが、数が多過ぎる。
パパの右肩にビームがかすった。
 「パパ!」
あたしは倒れ込むパパにすがりつく。
ママやマリアさんは気が動転して、うずくまったまま動こうとはしない。
あたしがやるしかない。
 「このー!」
あたしは夢中でビームライフルを撃つ。
 ところが、兵士たちはさがったのだ。まさか、あたしの攻撃でさがったとは
思えない。
 「どうしたんだろ」
あたしが沈黙のなかで思考をめぐらしていると、一人の将校が現れた。
 愛しい姿。あたしは胸が締め付けられそうになった。
 「D、助けに来てくれたの!」
とっも嬉しかった。あのひとがあたしを救いに来てくれた。
 しかし、そんなあたしの期待はすぐに裏切られた。
Dはあたしに銃口を向けたのだ。
 その表情は冷たく、冷酷な殺人鬼に見えた。



                           ・・・6へつづく




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