AWC 二面の女 3   永山


        
#773/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 2/26   8:29  (199)
二面の女 3   永山
★内容
「なあんだ。昨日、見つけた人でないか。昨日の朝、見たに決まってる」
「いえ、一昨日の内、あるいはそれ以前に見なかったかということで」
「……いや、知らんなあ」
「水商売風の女とは違いますか?」
「全然! この人は背がそれほど高くなかっただろ。水商売風の女ってのは、
もっと大柄で背が高かった。ハイヒール、履いていたかもしれないがね」
「ははあ。ついでにうかがいますが、その女の出入りした時間は?」
「いつ入ってきたか分からねえんだな、これが。飯食ってるときに、来たんじ
ゃないかな。帰ったのは夜の十時半くらいだったな」
「はい、分かりました。あとですね、鬼面麗子の実家の住所なんて、分かりま
せんかね」
 管理人の答えは、「知らない」ということであった。
 この後、花畑は他の住人にも聞いて回ったが、得られるものはなかった。

「人物特定は後回しいでいいってんなら、教えるよ」
 下田は苦笑する鑑識員に詰め寄った。まだ苦笑したまま答える相手。
「もはや決定だと思ってくれ。死亡推定時刻は、一昨日の夜九時から十一時の
間だ。体温降下に死斑に死体硬直、そして目の濁り具合いから見て、まず、間
違いないはずだ」
「そうか。急がせてすまんな。で、鬼面麗子かどうかってのは、どうなってい
る? ちゃんと連れて行ってやったが、指紋なんかは調べてなかったようだが」
 下田は謝りながらも、せきたてる。
「指紋じゃない。髪の毛さ。髪にはそれぞれ特徴ってものがあるから、店に落
ちてる毛髪を調べれば、少なくとも店に出入りしていた人物かどうかは分かる
んだ」
「あ、そうか。被害者の髪の長さと同じくらいのを拾ってくればいい訳だ」
「だから、もうちょっと待て。血液型なんかも調べるんだから」
「分かった。任せる」
 そうして下田は出ていこうとしたが、聞くつもりだった事項があったのを思
い出し、立ち止まった。
「死体移動の可能性、どうなのかな」
「死体移動? おまえ、安っぽい推理小説の読み過ぎじゃないのか。ないよ、
そんな痕跡は。それに常識的に考えてだな、現場は二階だったんだぞ。あそこ
まで人目につかず、人間の身体を一個、運び込むのは容易じゃないぜ」
「そりゃそうだな」
「ただしな。状況としたら、応接室みたいな部屋があったろ? あそこで犯人
は被害者を刺し、浴室に運んだと言えるな。犯人はきれいに拭いたつもりだろ
うが、血痕が残っていたから」
「ほう、なるほど。これはいいことを聞いた。時間を取らせてすまん。あとも
よろしく頼む」
 下田は慌ただしく退出した。

「……こんなところです。モンタージュ作成は難しいですね」
 翌日。遺体発見から二日目の朝、花畑から報告を受け、下田は顔を歪めた。
苦虫を噛み潰したような顔とは、今の自分の顔みたいなのを言うんだろうな、
と彼は思った。
「そっちもか。店での聞込みも、不発だったんだ。サングラスの男は現れてい
ない」
「それとですね、人の出入りがどうもおかしいんですね。死亡推定時刻は九時
以降と出てますが、問題のサングラス男は九時より前にマンションを出たみた
いです」
「ああ。それに電話の問題もある。被害者が死んだ次の日も生きて電話をした
なんて、有り得んのだ」
「それを言うなら、皮膚を剥がした理由も不明です」
「身元を分からなくするためでもないようだしな」
 深いため息をつく下田。
「とにかく、現実的に考えよう。電話は聞き違えということもある。つまり、
犯人が、被害者が生きているようにみせるため、偽電話をかけたということだ
な。そうすると、犯人は女である可能性が濃くなる」
「では、水商売風の女が」
 はっとしたような顔つきになって、花畑が短く言う。
「そうだ。その女が一気にクローズアップされてくる訳だ。女はマンションの
事情に詳しい者かもしれん」
「何故、そう言えます?」
 不思議そうな花畑に、下田は説明してやる。
「管理人が丁度休んでいる時間に、マンションに入っているからだよ。ひょっ
としたら、管理人があの時間帯はいなくなることを知っていたんじゃないかな。
本当は、帰るのも午後九時までにしたかったのだろうが、殺しに思わぬ手間を
取ってしまい、帰る姿を見られたんじゃないかね」
「なるほど。さすがです」
「これからは、サングラス男と並行して、水商売風の女も追うんだ。もちろん、
剥がされた被害者の皮膚の行方もだ」
 下田がきっぱりと言ったそのとき、若い刑事の一人が知らせに入ってきた。
「鬼面麗子を見た、という目撃証言が!」
「見たって、いつなんだ。そりゃ、生前の彼女を見たことのある人なら、その
証言から、身内の人へのつながりは分かるかもしれないが」
 さして興味をひかれず、下田は応じた。
 しかし、若い刑事の知らせは、そうではなかった。
「いえ。生きている麗子を、昨日見た、という証言なんです!」
「何だって? 昨日?」
 またか、と下田は思った。死んでからもこの被害者、動き回ってやがる。電
話はかけるし、目撃される。
 証人は神戸の人だったので、詳しい証言を聞くのが遅れるかと危具されたが、
幸い、この日の夕方に会えるということで、下田達は許可をとって、神戸に向
かうことにした。
 12:24に東京を出た新幹線は、定刻通りの15:45、新神戸に到着し
た。車内はクーラーが強く、寒かったほどだ。
 あらかじめ決めていた喫茶店に入ると、これもあらかじめ決めていた目印、
在阪球団の帽子を被った中年の男、いや、どちらかと言うと老人が目に止まっ
た。カメラを手にしているとも言っていたので、間違いない。
 ジュースか何かをすすっていた男は、下田達が刑事だと察したらしく、帽子
を取りながら、香田と名乗った。そして、タバコいいですかと下田に聞いてか
ら、タバコを口にした。
「写真を見たときから、似とるなとは思いました」
 男は熱っぽく語った。
「美人で、少しきつい目つきが印象的やったし、すぐに気付くべきでしたよ。
ただ、新聞に出とったのは、かなり濃い化粧をした顔写真やったでしょう?
私が出会いましたのは、あれほど濃い化粧やなかったから、そら似かなと」
「それはいいですから、香田さん。あなたが鬼面麗子を見かけたときのことを、
お聞かせください」
 内心、下田はいらいらしながらも、落ち着かせた口調で言う。
「昨日の一時頃でしたかなあ。もちろん、昼間です。私、この年になって写真
に凝ってしまいまして、昼飯を食べた後、被写体を探して一時間ほど街をぶら
つくんです。そりゃ、時には、勝手に写真を撮りやがって、モデル料よこせ、
とか言うのもいますが、ま、楽しい時間ですよ」
「それはいいですからね。早く……」
 今度は、表情にいらいらを出して、下田は言った。
 証人は恐縮したように頭を掻いた。そして、まだ長いタバコを灰皿に押し付
けると、もう単刀直入に話そうと決心したように座り直す。
「脱線して申し訳ない。三宮の方で見たんです。その、鬼面さんとかいう女性
を。ちょっと急ぎ足のようで、さっそうとした感じでした。パンタロンと言う
んですか、そんな感じのズボンを」
「それ、写真に撮られたんで?」
「当然です。あんないい被写体、逃す訳にはいきませんよ」
 そう言いながら、香田は何枚かの写真を取り出した。
 声をかける暇はなかったらしく、髪の短い若い女性の歩く姿ばかりが、収め
られている。全体的に、青っぽい服装だ。靴はヒールがないやつで、急ぎ足に
ふさわしい。女性にしては、割に背は高い。
「ちょっと拝見。……確かに、似ていますな」
 下田は花畑にも写真を渡しながら、その女性の顔をじっと見た。似ている。
そっくりだ。化粧は、普通の基準でいくと、濃い方かもしれない。
「何時頃、どこでこれを?」
「やから、一時……四十分くらいですか。三宮の駅前でした。急ぎ足で歩いて
は立ち止まり、歩いては止まりしていたもんですから、何とか撮れましたけど」
「何かを確認しながら歩いていたようだったと」
「そうです」
「それからこの女性、どちらの方向に行きましたか」
「ずっと追っかけとった訳じゃありませんが、駅の方に向かって行ったはずで
すよ」
 香田は、割と自信ありげに語る。
「他に気付いたことはありますかね」
「いや、今、お話ししたくらいです。事件に関係があると知っとったら、もっ
としっかりと見といたんですが」
 また頭を掻く香田。
 下田はそれを見、自分の顔の前で手を振り、言う。
「そんな、恐縮なさらないで。我々としては、それだけでも大助りです」
「そうですか」
 嬉しそうに笑う老人。元々、人懐っこいところがあるのだろう。
「あと、この写真、お借りできますか」
「それはもう。お役に立つのであれば」
 こうして下田と花畑は、また話を聞くことになるかもしれないので、と老人
の連絡先を聞くと、礼を言った。そして伝票を手に、ドアに向かった。

「どういうことですかね。幽霊が真昼に出た訳じゃあるまいし」
 店を出るなり、花畑が聞いてきた。下田は首をひねりつつ、答える。
「ああ……。今、気持ちの悪いことを考えちまってた」
「どんなのです?」
「いや、犯人は被害者の顔をひっ剥がして行ったろう。犯人の奴、それを被っ
て鬼面麗子が生きているように見せかけているんじゃないかってな」
「無茶な! それって、つまり、顔の皮膚をマスクみたいに被るってことでし
ょう? いくらなんでも……」
「ああ、自分だって、ばかばかしい考えだと思っているさ。しかし、他にどう
解釈すればいいんだ。これほど似ているなんて、こりゃ、本人だ」
「仮に、水商売風の女が変装しているとしても、できすぎですしねえ」
「しょうがない。とりあえず、水商売風の女とサングラス男の足取りは続けて
追おう。さらにこれと平行し、被害者そっくりの女も調べなければな」
 下田は、自分を元気付けるためにも、大きな声で言った。
 しかし、水商売風の女の足取りも、サングラス男と同様、容易には知れなか
った。
 それどころか、被害者と思われる鬼面麗子の血縁者が、一人も名乗りでない
のが、不可解であった。中川の証言や神戸から証人が名乗り出たこともあって、
関西の新聞にも事件が大きく載ったのに、である。
 ただ、鬼面麗子の通っていた大学の名が明らかになったので、その関係によ
る色々な証人によって、その点は明かになってきた。
 大学で、鬼面麗子は主に生物学を専攻していた。
 鬼面麗子の実家は、やはり兵庫県神戸市にあった。大学のすぐ近くである。
ただし、両親は五年前、すでに死亡していた。名乗り出ぬのも当然と言えた。
 しかし、当然とは言えぬ、そして重大な事実が明らかになったのだ。
「双子の妹?」
「そうです、警部。鬼面麗子には双子がいたんです」
 花畑は興奮したような口調だ。
「幽霊の正体見たりて何とやら、だな。いや、少し違うか。事実は小説より奇
なりって言うが、そうでもないってことかな」
 気抜けしたせいか、自分でも思わぬほど軽口になっている下田。
「じゃあ、その妹の……、なんて名前だ?」
「よしみ、です。良いに美しいって書いて」
「その良美が、姉の麗子のそっくりさんを演じてたのか。でも、どうして姉が
死んだときに名乗り出てくれなかったんだ」
「それが不思議なんですよ。神戸にいても、連絡ぐらい」
「そうだ。それで、その人、今はどこにいるのか分かるのか?」
「いや、まだ……。神戸を中心に顔写真を配布しますから、すぐに分かると思
いますがね」
 楽観的な意見を、花畑刑事は述べた。下田もそう考えていた。
 しかし、実際はそううまく運ばなかった。だいたい一週間くらい待ったのだ
が、正確な情報は何も寄せられなかった。
 遺体発見から二週間目の日。
「今日は、被害者の身元特定の日だ。これでひっくり返るようなことになれば、
今までの捜査は水の泡、振り出しに戻ることになりかねん」
 下田は期待と不安が入り交じったような、自分でも不思議な気持ちを感じな
がら、押さえて言った。
 そうして花畑と二人、報告を聞きに行く。
「どうだい?」
「ああ、おまえさんか。うむ、被害者は鬼面麗子とかいうホステスに間違いな
いな」
 例の鑑識員は、報告書を渡しながら、断言した。それをのぞき込んで、下田
は聞く。
「ほう。念のため聞くが、どうしてそう断定できたんだ」

−続く−




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