#774/3137 空中分解2
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二面の女 4 永山
★内容
「店で拾ってきた毛髪が、被害者のと一致したよ。ま、店に出ていたのが鬼面
麗子でなきゃ、知らないがね。あと、血液型とか足のサイズとか、色んな要素
を総合して、断定した」
「鬼面麗子の血液型なんて、分かっていたのか?」
驚く下田。
「ああ。ああいう店だからかどうかは知らないが、ちゃんと健康チェックをし
ていたんだな。その時、血液も調べていたんだ。AB型だった」
「そうか。いや、ありがとう」
「どういたしまして。それより、どうなんだ。随分と難航してるようじゃない
か。大丈夫かね」
「大丈夫! と言いたいとこだが、先行き不安だな。変な要素がたくさん出て
きやがる」
「ひっ剥がされた顔の行方、つかめてないのか」
鑑識員は我が事のように心配している様子だ。
「さっぱりさ。影もつかめん。だが、双子を追っかけているとこだから、こい
つが何とかなれば」
「うん……」
不満そうな顔になる鑑識員。
「どうした? 何だ、その顔は?」
下田は気になった。
「いやな、おまえの追っかけてる事件は猟奇的でマスコミも騒いでいるから、
色々と耳に入ってくるんだ。それを聞いていると、どうも変なんだよな」
「どう変なんだ?」
「身を乗り出すなって。だからさ、今はおまえさん達、被害者の妹を怪しいと
思っているんだろう?」
「そりゃ。姉が死んだのに、何も言ってこないんだからな」
「その前は水商売風の女。最初はサングラスの男。そうだったな」
「何が言いたいんだ?」
「これだけ多くの人間が、関わっているかもしれんのだろう、この事件には?
それなのに、あまりにも安易に容疑者を変更し過ぎている気がする。背丈とか
目撃証言とかを無視し、大幅に譲って、水商売風の女は被害者の妹だったとし
ても、サングラスの男はどう関係しているんだろうな?」
「それは……妹を捕まえてみりゃ、分かるだろうさ」
「いや、分からない方に賭けるね、俺は」
「根拠があるのか?」
「根拠と言うほどでもないんだが。俺はな、妹は姉の仇を討ちたいんだと思う。
想像に過ぎんがね」
「いや……一理あるかもしれんな、そいつは」
思わず、口を覆うように手を頬にやる下田。
「麗子が殺された翌日、姉を訪ねた良美は、浴槽で姉の遺体を発見。自分の手
で復讐するためか、彼女は警察には通報せず、自分で犯人を見つけようとする。
うん、ありそうな感じだ。少なくとも、身内として名乗りでないことや、あの
電話の謎も説明できる。中川にかかってきた電話の主は、鬼面麗子ではなく、
良美だったのなら」
「なるほど。ですが、それでしたら、犯人はどうなりますかね」
花畑がおずおずした態度で聞く。
「ころころと言うことを違えて、みっともない限りだが、サングラスの男にな
るかなあ」
頭を掻く下田。
「水商売風の女はどうなる?」
からかうような調子で、にやにやしている鑑識員。
「分からん。だが、今度こそ、めどがたったって感じだ。助言、ありがとよ」
そう言い置くと、下田は足早に掛けだした。
捜し求める相手は鬼面良美、それにサングラスの男だ。重点を置くべきは、
良美の方であろう。勝手な想像ではあるが、彼女が、姉を殺した犯人への復讐
を考えているのなら、何としてでもやめさせなければならない。さらには、彼
女から、サングラスの男につながる証言を得ることも期待できる。
下田はやっとまとまった方針に、全力を注ぐ気になっていた。
そして幸いなことに、神戸からの証言がやっと出始めたのだ。この殺人事件
が、その猟奇性故にマスコミで話題になっているからであろうか、急増したの
である。
まず、良美の勤め先が分かった。今は辞めているが、つい最近まで、市内の
ある理髪店に務めていたのだ。向こうの警察に調べてもらったところ、店長の
話によると、よく働く娘でしたが、事件の発覚する五日前でしたか、姉からか
かってきたらしい電話に応対した後、急用ができたので辞めさせてほしいと言
ってきたそうである。訳を聞いても話してくれそうになかったので、もう三日
働いてくれるなら、という条件で認めたという。良美の行き先や住所について
店長は、聞いていない、とのことだった。
続いて、鬼面良美もしくは麗子と、高校で同級だったという人から、多数の
証言があった。それらを統合してみると、真っ先に挙げられているのが、鬼面
良美の顔が高校の時とは何か違う、という点であった。証人の誰もが、新聞に
載った写真を指し、作り笑いをしているみたいだというのだ。化粧のせいでは
ないのかどうか、それは分からない。
そう言った証人の中には、もちろん、鬼面姉妹のどちらとも知っている者も
いた。麗子の表情は、高校の時と変わっていないという。こちらは化粧してい
るのに、似ていると言われるのだ。
もう一つ、気になることがあった。鬼面姉妹は、大学を中退しているらしい
のだ。鬼面良美の方も、麗子と同じ大学に行っていたのだ。入学して一月と経
たない五月の終わり頃に、揃って辞めたという。その理由はというと、両親の
死亡によるものだという。
さらに驚いたことに、鬼面の両親の死は殺人であったのだ。五年前の五月二
十日に起こった事件は、未解決のまま、今日に至っている。神戸の方に問い合
わせたところ、当初はふた桁を数えた捜査員も、現在は大幅に縮小され、わず
かに四人が継続しているとのことであった。
何か関連があるかもしれん、と考えた下田は、花畑を神戸に向かわせた。
「ああ、皮剥ぎ事件の。それはわざわざ」
下田警部の書簡を読み終えたらしい土地の刑事は、少しばかり、興味本意の
ような表情を浮かべながら、花畑に声をかけた。
「私、西村と言います」
そう言いながら彼の出した名刺には、警部と記してあった。
花畑は、少なからず恐縮してしまった。割と丁寧な言葉遣いをするこの中年
の、風采の上がらぬ男を、万年平刑事だと思い込んでいたからである。そう思
うのも無理がないほど、西村の頭は禿げかかり、細い目は字を読むのもつらそ
うであった。
「それでですね、お聞きしたいのは、五年前の……」
「タバコ、いいですか」
花畑の言葉を遮り、のんびりと言う西村。
「はあ。構いませんです」
「それでは失礼して。ああ、あなたもどうです?」
「あ、自分はマイルドセブンしかやらないので」
花畑は、差し出されたホープを前に、手を横に振る。
「では、次から用意しておきましょう。で、何か質問されてましたな?」
「五年前の、鬼面家の殺人事件です。どんな事件で、どの様な捜査状況なのか、
聞きたくて」
「やはり、そうですな。私が担当しているのはその事件だけですから」
そうして西村は立ち上がると、背後の戸から、ファイルらしき物を引っ張り
出してきた。
「口が達者なら、私が説明するんですが、どうもね。この土地は私には合わな
いのか、すっかり口下手になってしまいました」
西村は苦笑しつつ、ファイルの一ページ目を開けた。
「ここからどうぞ。分からない点は聞いてください。下手な言い方でよろしけ
れば、説明しましょう」
「すみません。じゃあ、拝見を」
花畑はファイルを受け取ると、椅子に座り直し、問題の捜査記録を読み始め
た。
鬼面安治並びに鬼面竜子殺害事件、実況見分調書
本職は次のように実況見分をした。
昭和六十年五月二十日
兵庫県**警察署
司法警察員警部補 美富力賢
実況見分の日時。昭和六十年五月二十日、午前十一時から午後六時まで。
実況見分の場所、身体、物。神戸市******、鬼面安治宅全域並びに隣
接の工場全域。
実況見分の目的。犯行現場の状況並びに犯行手段を明らかにし、かつ、証拠
を保全する。
実況見分の立会人(−−略)。
実況見分の経過
一.鬼面安治宅の状況。
ブロック塀で囲まれた約三十坪の平屋で、周囲は、安治が工場長を務める工
場を除くと、放置された田畑ばかりである。最も近い人家で、約百メートルの
距離がある。
玄関前には、生活道路が走っているが、人通りは昼でもあまり多くない。
これらの状況から見て、事件発生当時は、現場付近に人目はほとんどなかっ
たものと推定される。
二.鬼面安治宅内の模様(−−略)。
三.工場内の模様(−−略)。
四.遺体の状況。
被害者の一人、鬼面竜子は、台所で発見された。台所の床には、小量の血痕
が認められた。水道が出しっぱなしだった事や被害者の手が洗剤で濡れていた
事から、洗い物の中途に於て絞殺されたものと思われる。凶器については別項。
現場写真(−−略)
もう一人の被害者、鬼面安治は鬼面宅に隣接する工場内にて発見された。当
日、工場は休みで、安治は雑務処理のため、一人で工場にいたと推定される。
事務机に倒れ込むようにして、殴殺されていた。凶器については別項。
現場写真(−−略)
五.賊の侵入及び逃走路。
工場は、門は開けられ、入口も開いていたので、侵入は容易だったと考えら
れる。
鬼面宅については、門は簡単なかんぬき錠があったが、道路側からでも門の
隙間から容易に外す事が可能。また、宅内にはどこにも破損箇所がなく、玄関
を除く全ての出入口並びに窓は内側より施錠されていた。これらの状況から、
賊は玄関から忍び込んだと推定される。もしくは、被害者と顔見知りの者の犯
行の可能性もある。
なお、工場・鬼面宅の周囲とも、地面は乾いており、足跡の採取は難しい。
六.凶器。
鬼面竜子を殺した凶器と推察される洗濯紐が、遺体の側に落ちていた。これ
は鬼面宅の洗濯紐と一致する。犯人の物ではないと思われる。
また、竜子は犯人ともみ合いになったらしく、二の腕から出血がみられた。
台所の床にみられた血痕は、竜子の血液型と一致(AB)したため、この傷から
のものと思われる。
鬼面安治を殺した凶器と推察されるスパナが、工場入口に落ちていた。採取
された血液型は被害者のものと一致(O)。このスパナは、工場内にはざらに
あり、これも犯人の物ではないと思われる。
七.金品等の被害状況。
被害者の家族の話では、家から盗まれた物はないという事である。工場の方
は分からないとの事であった。
工場に勤める工員達からは、先とは逆の答えが聞けた。家の方は知らないが、
工場から盗まれた物はないという事である。
八.死亡推定時刻。
鑑識員の判断によると、鬼面安治・竜子夫婦の殺害時刻は午前九時〜同十時
三十分。
九.犯人の遺留品について。
鬼面宅から家人以外の指紋が採取されなかった事より、犯人は手袋を使用し
たと考えられる。足跡については先に記した通り。
また、遺留品の類も、何等発見されなかった。
関係者尋問調書(−−略)
読み終えた花畑は、やや興奮した口ぶりで、西村に言った。
「これ、コピーしてもらえますか?」
「ええ、ええ。もちろん、結構です。FAXで送ってもいいのですが、私は使
い方をよく知らないんで、いつも若いのに頼んでいます」
関係ないことまで言いながらのそのそと立ち、コピー機に向かう西村。コピ
ー機の使い方は知っているらしい。
「写真は焼き増ししたのを、後で送りますよ」
「それはどうも、すみません。感謝します。ところで、その美富なんとかとい
う方は、どちらにおられますか?」
調書にあった警部補の名を思い出しながら、花畑が聞く。
−続く−