AWC 中野原に雪の降るとき(4)     YASU


        
#756/3137 空中分解2
★タイトル (UTJ     )  91/ 1/31  17:37  (164)
中野原に雪の降るとき(4)     YASU
★内容

 私たちがAに来て一年半後の秋に、やっと和也たちの作品展をK市のデパ
ートで開くことができました。そして、その評価も割合よかったのに、その
直後に仲間の一人の遼が誰にも何も言わずにAを去って行ってしまいまし
た。遼は三人の中では一番無口でシャイな奴でした。和也と私の部屋で夜お
そくまでみんなで話しするときも、隣にいる私に聞こえてくるのは、和也と
透の声ばかりで、たまに遼がぼそぼそ自分の意見を言っているらしいのです
が、そんなのだめだよ、と透が言うと、もう遼は黙ってしまうみたいでし
た。彼はアルコールもたばこもやらないかわりに、いつもペパーミントのガ
ムを噛んでいました。それもテレビや映画でよく見るアメリカ人のような噛
みかたではなく、口をほとんど動かさずに、奥歯でゆっくりとまるで牛が草
を反芻するように、噛み続けているのです。そんな噛みかたをしてあごがだ
るくないの、と尋ねると、彼は恥ずかしそうに首を横に振ってみせます。
 そんな遼も自分の作品にとりかかると、人が変わったように目を輝かせて
ろくろを回し、竹べらをきびきびと使っていました。
「遼は作品に取り組んでいるときが一番幸せみたい」
「ああ、でもほんとうは窯出しのときが幸せだといいんだけど、出来上がっ
たものを見るとがっかりだからなあ」
「そりゃあ、いいものができれば一番だろうけど、窯出しのときというのは
一瞬でしょう。作っているときの時間は長いんだから、そっちのほうがもっ
と大事じゃないの」
「うん、でもさ、結局は出来上がった作品で評価されるんだよね」
「今度の作品展に出す作品、もう決まった」「それがさ、気に入ったものが
ないんで、くさるんだよな。中野原焼ー作陶三人展なんて大きな名前付けち
ゃったから困っちゃうよ。和也と透は自信あるみたいだけど、俺はだめだ
よ」
「二人は遼の作品、買っているみたいだけど」「なぐさめてんだろう。から
きしだめだよ、ほんとうのところ」
 そのころ三人は、作品展に出す作品の最後の窯入れに向けて懸命でした。
中でも遼はこれまでにない大作を作るつもりらしく、土こねののときから、
いつも以上に真剣な表情で、黙々と仕事をしていました。これまで彼は花器
ばかり作っていましたが、今度は壷に挑戦してみようと思うと、和也たちに
話して居ました。彼はいつも自分の作品の焼き上がりの予想スケッチを描い
てきて、他の二人に見せるのですが、それによるとその壷は、胴の部分が柔
らかい丸みを帯びた広口の壷で、低い高台のついた素朴なものでした。そし
て、その表面に竹べらだけで波模様をつけ、色は黒に近い紺にしょうと思
う、深みを出すために、釉薬に灰釉を使ってみようと考えていると、彼は説
明しました。
「釉焼がむずかしくならないか」
和也がちょっと反対しましたが、遼はいつもなら小さな声でぶつぷつと自分
の意見を自信なげに言うだけなのに、そのときははずんだ声で、
「今度はどうしてもこれでやってみようと思うんだ」と言いました。
和也と透も結局遼の意見に賛成して、その翌日から窯入れの作品作りが始ま
りました。
 しかし、遼の壷はスケッチだけに終わって、実物にはなりませんでした。
やはり釉薬と焼上げの温度がうまくいかず、煤が燃えて出ないうちに釉が溶
けてしまったらしく、遼が期待したような深みのある紺色は浮かび上がって
きませんでした。かなり自信を持っていただけに、遼ははた目にもかわいそ
うなくらい意気消沈していました。一緒に焼き上がった花器のほうはなかな
かいい出来でしたが、失望のあまり遼は、もし和也が止めなければ、それも
地面に打ち付けて砕いてしまうところでした。
 作品展は予想以上の成功でした。地元の新聞とテレビが好意的に作品展と
、都会から四国の片田舎に来て郷土の焼物に取り組んでいる三人のことを紹
介してくれたこともあって、デパートの催事場の一隅の会場には大勢の人が
来てくれました。そして、展示した作品の大部分が売れて、これで和也たち
の夢が一歩実現に近づいたと思った矢先、遼は作品展の売上の三百万円あま
りを持っていなくなってしまったのです。
 最初和也と透は、あいつを捜し出して金を取り返してやると息巻いていま
したが、四、五日もたつと、二人とも気の抜けたソーダ水のようになって、
あいつも悩んでいたんだよなあ、と何となく遼に同情する口ぶりになって、
彼のことはうやむやになってしまいました。その後遼からは何の連絡もな
く、私たちもいつしか彼のことは忘れてしまっていました。私はずっとあと
になってひょんなことから遼に会うことになるのですが、今はその話しはし
ないでおきましょう。

 中野原には「中野原の御殿」と呼ばれる古い屋形があります。これは昔、
この国の家老がAに城を築き、国の東の守りに当たっていたが、妻や子供の
無聊を慰めるために、中野原の台地に造った屋敷の一部なのだそうです。御
殿などといっても、古い民家とあまり変わらないわらぶきの家屋ですが、庭
は立派で斜面を利用してつつじや霧島、桜が数多く植えられ、そのあいだを
縫って散策のための小道が、御殿をめぐって作られています。御殿の南側の
縁に座ると、A川の河口に開けた田畑やAの町並みが一望でき、そのむこう
には黒潮のうねる太平洋が、視界に入りきらない広さで広がっています。御
殿には大きな座敷の部屋が四つあり、その部屋の周りを濡縁がぐるりと取り
囲んでいます。桜とつつじの季節には、この御殿が市民に開放されて、市役
所へ前以て申し込んでおけば、花見の座敷として使うことができます。竹の
子の里でも毎年ここを借りてお花見をするのですが、武智さんの提案で、い
つもは昼間している花見を今年は夜桜見物にしようということになりまし
た。
 夜になるとあちこちの木の枝にぶら下げたちょうちんに火がはいり、御殿
の庭の下のほうにある池の端には露店が五、六軒並び、昼間の雰囲気とまた
ちがっていいのではないか、と武智さんは言うのです。
 その日は作業を午前中で終わり、昼からみんなで花見のお弁当を作りまし
た。武智さんとタドン君とヨシ君の三人が、ご飯を炊いておむすびを握りま
した。ミカちゃんと私は卵焼きに鶏肉のからあげ、ポテトサラダを作りまし
た。カッチャンは脳性麻痺のため自分では御殿まで歩けないテツ君を乗せて
運ぶように、ふだん土運びに使っているリヤカーを洗って、むしろを敷いて
いました。ヨシ君のお母さんも昼過ぎからやってきて、夜桜は意外と冷える
ものだから私が得意のけんちん汁を作りましょう、と手のすいた者を手伝わ
せて材料の準備にかかりました。夜桜見物はにぎやかでした。しだいにうす
暗くなっていく山あいとは対照的に、遠くに広がる海は残照を反射して、あ
ちこちで淡く輝いています。そして、その光りも消えるころ、ちょうちんの
朧げな明かりがついて、庭の風景は昼間とは一変してあやしげな雰囲気にな
ります。いつもは無口で一番沈着なカッチャンまでが、はしゃいでミカちゃ
んと追い掛けっこをして御殿のまわりを走り回っています。タドン君など
は、今にも縁側から庭先に転がり落ちるのじゃないかとはらはらするくら
い、歓声を上げて飛んだり跳ねたりしています。間のふすまを取り払ってあ
るので、ほかの座敷の人たちは最初は怪訝そうにこちらのようすを見ていま
したが、やがてかれらのほうに走り込んでいく子供たちに冗談を言ったり、
自分たちの持ってきた弁当を分けてくれたり、すっかりなかよくなりまし
た。
 ヨシ君が露店を見に行こうと言い出し、子供たちはわっと坂を走り下りて
行きました。カッチャンは足の不自由なテツ君を背負って、後からついてい
きます。あとに武智さんとヨシ君のお母さんと私が取り残されました。ヨシ
のお母さんはけんちん汁の味見をしながら、「今日はみんなほんとうに楽し
そうでよかった。ヨシがこんなにはしゃぐのを初めてみたわ」と、言いまし
た。そのとき彼女の目はうるんでいました。
「毎日みんな、ようがんばっちょるけんのう」 武智さんも満足そうに彼ら
の後姿を目で追っていました。
「見可さんが来てくれるようになって、雰囲気がこじゃんと変わりましたな
あ」
「まっこと、これからもどんどん若いもんがボランティアで来てくれなあか
ん」
「そういうふうになりますろうかのう」
「ならなあかん」
 ならなあかん、というのが、竹の子の里に半生を捧げてきた武智さんの真
の思いでしょう。でも私は、彼がそう思いながらいつもどこかで失望してき
ているのか、いつかはそうなるという信念を今も持ち続けているのか、つい
に知ることができませんでした。
 私たちがお弁当を広げ、大騒ぎで花見の宴を始めたとき、予期しない客が
ありました。それはジョーダンでした。彼は巨体を左右に揺りながら坂を上
がってきて、私たちに手を振りました。
「この前、ミカがお花見をするということを話していましたから」
 彼は大きな目をことさらギョロギョロさせて、子供たちに挨拶を送ってか
らそう言いました。
「私たちクリスチャンは三月にイースターを祝います。それは日本のお花見
のようなもので、春の訪れを祝うお祭りなのです。その日子供たちは、絵や
模様の描いてある色つきの卵をもらいます。今日私は、みなさんのためにそ
れと同じ卵を作って持ってきました。どうぞ」
 神父はサキさんがいつも買物に使っているバスケットを差し出しました。
その中には色とりどりの卵がたくさんはいっていました。そして、その殻に
は鳥や花や子供たちの絵が細かく描きこまれていました。
「ゆで卵ですから食べてください」と、ジョーダンは言いましたが、子供た
ちは珍しそうに卵を手の平にのせて眺めるばかりで、誰も食べる者はいませ
んでした。
 ジョーダンも加わってにぎやかな花見になりました。

 遼が去って行ってから八ケ月たったころ、和也と同じ美大を去年卒業した
という隆志がAにやってきました。彼はある美術雑誌に和也たちの活動が紹
介されたのを読んで、自分からこの窯に参加したいと言ってきたのです。彼
の申し出は初めからちょっと変わったものでした。自分は、芸術というのは
つまるところ孤独な営みだと思う、だから窯を維持していくのには協力して
いくが、それ意外の創作活動については互いに自由で干渉しないという原則
が必要だと思う。もっともといえばもっともな話ですが、新参者の科白とし
てはずいぶん生意気に聞こえる言葉でした。透がまず彼を仲間にすることに
反対しました。和也もあまり気乗りのしないようすでしたが、リーダーとし
ては自分の好き嫌いで決めたくないという気持ちもあったのでしょう。
「見可子、君はどう思う」と、私に尋ねました。
 これまで遼と三人のときは私に意見を求めることなどありませんでした。
「私には分からへんわ。でも、二人でやっていくのが大変なのも確かでしょ
う」
「そりゃあそうだけど、でも気の合わない奴とやるよりは、もう少しの間
だったら、二人でがんばっていけるんじゃあないかなあ」
 透は強硬に反対します。
「でも、ああいう奴も面白いかもしれんな」「うまくいかんかったら、どう
するねん」
「いいじゃないか、そのときになって別々にやっても」
「創作活動は自由なものかも知らへんけど、我々の生活のことかて、考えて
おかんといかんのとちゃうかなあ」
 私たちの中にやはり遼のことが念頭にありました。あんなにうまくいって
いたようにみえた間柄の三人でさえ破綻したのですから、透が用心深くなる
のも当然なのでしょう。私たちは何日も議論を重ねて、結局隆志を受け入れ
ることにしました。
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