AWC 中野原に雪の降るとき(3)     YASU


        
#755/3137 空中分解2
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中野原に雪の降るとき(3)     YASU
★内容

 ジェイコブソン神父に竹の子の里のことを話したら、彼はぜひ自分もそこ
へ行ってみたいと言いだしました。
「アメリカでは障害児のためのボランティア活動がさかんですが、Aにそん
な里(コミュニティー)があるとは知りませんでした。ぜひミスター武智に
紹介してください。武智さんに神父の言葉を伝えると、いつでも彼を連れて
きていいと言う。 ジェイコブソン神父は月曜日の午後、太った体をいつも
はお手伝いのサキさんが使っている自転車に乗せて、竹の子の里にやってき
ました。私が出迎えに行くと、彼は少し苦しそうな息遣いで自転車を押しな
がら
「いい所ですね、Aの町が見下ろせてすばらしいです」と、大きな声で言い
ました。彼の声に驚いた竹の子の里の住人たちが、全員窓やドアから顔を出
しました。彼らにとっては生まれて初めて見る西洋人だったのでしょう。私

が神父を紹介すると、みんなしばらくの間珍しい獣でも見るような目付き
で、神父をあからさまに見ていました。神父が
「こんにちは、はじめまして、私はジョーダン・ジェイコブソンと言いま
す。よろしく」と、ゆっくりとした日本語で話しかけても、誰も何も言いま
せん。ふだんおしゃべりのタドン君までが、うさんくさげな目で彼を見てい
ます。
 武智さんがみんなに又作業に戻るように言って、ジェイコブソン神父と私
を奥の事務室兼休憩室に導くと、やっと彼らはがやがや自分たちの驚きを互
いに話し始めました。
 武智さんが竹の子の里の歴史を話している間、ジェイコブソン神父は黙っ
てうなずきながら聞いていました。それから武智さんは彼を作業場に連れて
いき、子供たちの仕事の様子と作品を見せました。神父は特に子供たちの
作った埴輪の人形に興味を示しました。目と口がぽっかり開いた人形を、大
きな分厚い手で包みこむように持ち、くるくる回しながら丹念に見ていまし
た。武智さんは埴輪の由来を話し、古代人たちが持っていて現代に生きる我
々が失ってしまっている心を、もう一度子供たちの手を通して再現したかっ
たのだと説明し、それに対して神父は大きくうなずいていました。
「ミカはいい所でボランティア・サービスをやっていますね。それはとても
意味のあることです」
 ジェイコブソン神父は帰り際に私の手を取って、励ますように熱意をこめ
て言いました。
 竹の子の里での私の生活が、割合順調に子供たちに溶け込んでいったのに
、和也のほうの仕事はなかなか軌道に乗らないふうでした。だいたい窯の中
でも和也たちの取り組んでいるのぼり窯というのは火の調節がむずかしく
て、ちょっとした条件のちがいで器の色合いや光沢が変わってしまって、作
品の出来具合に影響するのです。窯に火を入れると和也たちは家には帰ら
ず、泊まり込みで焚き続け、その後窯が冷めるのを何日も待ってやっと窯出
しになるのです。何度も挑戦していまだに気に入った作品ができないので、
三人はあせっているようでした。
「今度もだめだった」
 和也は久しぶりに家に帰ってきて、ぽつりと私に報告します。それからそ
の夜、三人は武智さんを呼んで、失敗の原因の検討をします。失敗といって
も、一般向けの花瓶や皿は卸問屋が引き取ってくれるのですが、作品展に出
すために作った物がどうしても思ったような出来にならないのです。これら
の品はのぼり窯の中で正面焚き口に近い部分の奥のほうに大事に置かれて、
火力と灰の付着の度合いで微妙な変化が表面に浮かび上がってくるのを焚き
手は祈るような気持ちで待ち続けるのです。
 検討会で武智さんは黙って三人の意見を聞いています。竹の子の里で始終
冗談を飛ばしているあの快活な表情とちがって、彼はたばこをくゆらしなが
ら、ときどきその煙を追って天井のほうへ目を移しては、又目を閉じて聴き
入っているようすです。そして、意見を求められると、
「それでいいじゃろう」とか、

「うん、まあそういうやり方もあるなあ」と言うだけで、自分のほうからこ
うしたらよいというようなことは、何も言いません。そして、最後になっ
て、
「わしらも苦労して通ってきた道なんやけん、何度でもあきらめんとやって
みることじゃ」と言います。
 初めのうちは、彼の答えにはぐらかされたような気持を抱いて、憮然とし
ていた和也たち三人も、何度もそう言われるうち、むしろ彼の言葉に温かい
励ましを感じるようになって、検討会の夜はおそくまで酒を一緒に飲んで語
り合っていました。

 ある日A教会での英会話教室の出席者は私一人でした。その日は和也も武
智さんらと打ち合わせがあるというので来られませんでした。
「今晩はほかの人は来そうにないから、少しお話をしましょう」
 ジェイゴソン神父は、ときどき見せる少年のようなあどけない目を私に向
けて言いました。
「今日は私が自分のことを話ししましょう」彼は私に同意を求めるように、
首をちょっと左のほうに傾けました。私がうなずくと
「はい、これまで他人には余り話ししたことはないのですが、私の少年時代
のことを話します」
 彼の日本語は発音も文章もはっきりしていて、よく理解できるのですが、
どこかおかししいのです。どこがおかししいのか以前から気にしていたので
すが、語尾がはっきりしすぎているのが、その原因のようでした。言葉とい
うのにはいつも不自由さが付きまとっていて、その不自由さを補うために私
たちはかえって言葉にある種の曖昧さを持たせているのではないのでしょう
か。言葉の発し手と受け手が自分性を保留しておけるように言葉をわざと曖
昧にしておくのが、コミュニケーションを円滑にする人間の知恵だとすれ
ば、外国語で話すというのは、その曖昧さを少しでも少なくするように努力
する結果、ジェイコブソン神父のような日本語になるのだと思います。でも
不思議なことに、長く付き合っていると、そういった言葉の不自然さがしだ
いに感じられなくなるから、言葉というのは面白いものです。
ジェイコブソン神父の話しかたも彼独特の律義さと誠実さを表していて、私
はいつのまにか彼の話しに引き込まれていました。
「私の祖父はユダヤ系ドイツ人で、南ドイツのダルムシュタットという所で
生まれ、十五歳のとき彼の父に連れられて、アメリカに移住してきたそうで
す。彼はとても熱心なユダヤ教徒だったのですが、彼の息子であり私の父で
あるロバート・ジェイコブソンは、私の母と結婚するとき、それまでの家の
伝統を捨てて、ユダヤ教徒からカトリック教徒に改宗しました。私が思う
に、祖父と父の間では激しい衝突があったことでしょう。宗教の問題はしぱ
しぱ私たちをクレージーにしますからね。私が生まれて父は一度も祖父に会
いませんでした。祖母が亡くなったときも、父はまだ十歳だった私を、彼の
姉とともに祖父の家に遣わせましたが、自分はとうとう行かずに、近くの教
会へ出かけ何時間もひとりで祈っていたそうです。
 私は敬虔なカトリック教徒であった母に、小さいときから聖書の物語りな
どを聞かされて育ちましたが、父とは決して宗教の話しはしませんでした。
 多分父の中にはキリスト教に改宗したものの、ユダヤ教、そして父親との
和解の問題が、いつまでも蟠りとしてあったにちがいありません。
 私がなぜカトリックの神父になったのかは、話さなければならないことが
多くありすぎて、今は全部を話すことができません。でもね、ミカ、私がハ
イスクール時代に悩んだ大きな問題は、聖書に書いてあることが果たして真
実なのだろうか、という疑問だったのです」
 ジェイコブソン神父はそこで言葉を切って立ち上がると、書棚から聖書を
一冊取り出して私に渡しました。そして、新約聖書のイエスが彼を慕って集
まったシリアの民衆の前で説教をする、山上の説教と呼ばれる部分を開かせ
て、「私が英語で読みます。ミカ、あなたは日本語を目で追ってください」
と、言いました。
 彼は温かいが重みのあるなめらかな声でその部分を諳んじました。私は彼
の声に聞き惚れて、ろくに日本語は読んでいませんでした。ただ情欲を禁止
するくだりにかかったとき、彼はまた日本語で話しだした。
「そのころ、私が一番悩んだのはこの部分でした。『だれでも、情欲をいだ
いて女を見る者は、心の中ですでに姦淫したのである』と書いてあるでしょ
う、ハイスクール・ステューデントであった私にとって、この文がどれだけ
それを守るのが難しいことか、私は悩んだあげく、本当に死のうと考えたほ
どでした」 私は正直言って、彼の悩みの大きさがよく分かりませんでし
た。そして、それは彼と私の育った文化の違いだと片付けることにしまし
た。
 年頃の男の子がかわいい女の子を見て、情欲を感じないなんてことは、う
したって不可能なことでしょう。それを禁止していること自体が私には理解
できへんことですが、その教えを真面目に受け取って悩んだということも、
どうしても納得いかんことでした。それでジェイコブソン神父、今のあなた
はどうなのですか、と、尋ねてみたい気持に駆られましたが、さすがにそれ
は口にできませんでした。
 そのとき神父は急に英語でしゃべり始めました。それまでも英語で話して
いたように、淡々とした口調でしゃべり出したのです。もちろん私には彼が
何をしゃべっているのか、ほとんど分かりませんでした。だけど私は彼の目
をじっと真正面から見ていました。言葉は分からなくても、彼が私に語りか
けていることだけははっきり分かったので、せめて彼の言葉に耳を傾けてあ
げようと思ったのです。
 彼の瞳はかすかに青みを帯びた灰色で、それを通してもっと奥を見透かす
ことができるのではないかという不安感を私に呼び起こしました。額と目尻
の無数の細かいしわは、彼の口の動きにつれて、かすかにその深さを変えて
いきました。分厚い両唇は乾いて、口角には白い唾液がこびりついていまし
た。ひとしきり神父は私の目をみつめながら、英語で語りかけてから、大き
なためいきをついた後に
「ミカ、ありがとう、今晩は私にとってとてもいい夜になりました。これで
また明日から主のしもべとして勤めをこなしていけるでしょう」と、言いま
した。
 いつもなら玄関で別れの挨拶をするのですが、その日はジェイコブソン神
父は門のところまで私を送って出てきました。
「ミカ、ほんとうに今日はありがとう。心から感謝します」
「それじゃあ、おやすみなさい、ジェイコブソン神父」
「ああ、ミカ、これからはジョーダンと呼んでください。そう呼ばれるのが
好きですから」
 彼は大きな手を私に差し出しました。握手したとき、私の手を包み込んで
しまうくらい大きく柔らかい手でした。
 ジョーダンーー彼がそのように呼んでほしいと言ってから、私は彼をいつ
もそう呼んでいましたーーは小さいときから心臓が悪くて、Aに来る十五年
前に心臓の手術をアメリカで受けていました。
「私の心臓はほかの人と違って、クリック、クリックというそうですよ。人
工弁を入れていますから」
 彼はそう言って笑っていました。
 ふだんは彼はとても元気そうでしたが、一度だけこんなことがありまし
た。
 ある日、和也と私はAにあるただ一つのスーパーに買物に行っていまし
た。一週間分の買物をして、二人で紙袋を抱えて帰る途中、私たちを呼び止
める声がしました。振り返ると、やはりスーパーから両手にビニール袋を下
げた、ジョーダンが追いかけてきます。
「ちょっと、教会に寄っていっしょにお茶を飲みませんか」
 彼は私たちに追い付くと、息を切らせながらそう言いました。
「それはどうも」
 私たち二人がどうする、と互いに目を見合わせたとき、どさっという大き
な音がして、ジョーダンの手から袋が落ち、彼自身も上体を左のほうに半回
転させるようにして、そのまま倒れてしまいました。顔は蒼白になり、目は
うつろに開かれて何も見ていないようでした。それでも懸命に腕を立てて起
き上がろうとしています。和也は驚いて彼を抱き起こし、私はすぐ近くの自
転車屋に飛び込んで、助けを求めました。店先にいた中年の夫婦が急いで出
てきてくれたので、四人で彼をその自転車屋の奥の座敷に運びました。背が
高いのでふだんはそれほど太っているようにみえない神父が、四人で担いで
も重くて、私はもう少しで彼を落としそうになりました。ジョーダンはすぐ
に意識を回復して、救急車を呼ぼうとしている私に、
「だいじょうぶ、もうだいじょうぶです。これは持病の心臓の発作です。私
の胸のポケットに薬がはいっていますから、取ってください」と、弱々しい
声で言いました。
 和也がポケットに入っていた小瓶から手の平に錠剤を乗せると、そのうち
の一つぶをつまんで彼は口の中に入れました。
「でも、ジョーダン、心配ですから病院へ行って診てもらいましょう」
「いや、ほんとうにだいじょうぶです。すぐよくなります。私の心臓は気ま
ぐれで、ときどき拍つのを休むものであんなふうになるのです」
 やがて彼の顔色はもとの赤みを取り戻してきました。和也と私は彼を教会
まで連れていき、サキさんに事情を説明して、彼を早く休ませるように言い
ました。
「ああ、また起こりましたか。ええ、ええ、神父さんが言うように心配はな
いんですよ。買い物は私が行くと言うのに、今日は散歩がてら自分が行くと
言いましてね。まあこんなに買ってきて、重い物を持ったので心臓の発作が
起こったんでしょう」
「サキさんはね、私にあれをしてはいけない、これをしてはいけないと言っ
てね、子供だけじゃなくて、大人だって甘やかすとだめになりますよ」
 ジョーダンは玄関のところで座り込むと、サキさんの顔を厳しい教師の前
に出た小学生のような目で見上げたので、サキさんも私たちも笑いだしてし
まいました。




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