#734/3137 空中分解2
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閻魔対プルトー(1) 青木無常
★内容
1.
ある日、閻魔大王は久方ぶりに休暇をとり、プルトーの八大地獄を訪れた。
アケロンテにやってきたものの、いざ岸辺に立ってみると渡しが見当らな
い。そこで閻魔は、川原のところにすわっているどこか間の抜けたような顔
の老人を見つけて、声をかけた。
「おい君、渡しを知らんかね」
「え? なんでごぜえますだか?」
「渡しだよ、渡し」
「歳でごぜえますか? おら、当年とって九十歳になりましただ」
「歳ではない。渡しだ」
「おこしでごぜえますだか? おこしなんてものぁ、もう二十年以上もお
目にかかってませんだ」
「おこしではない。わしは甘いものは嫌いなんじゃ」
「甘い新婚生活ですだか? そんなものは一年未満でしただ。それからあ
とはもう女房のやつ、がらりと態度をかえちまっただ」
「だれが新婚生活の話をした! 渡しだよ、わ・た・し!」
「へえ、おらの名前は山畑次郎左衛門と申しますだ」
「そんなことは聞いとらんと言っておるだろうが! 渡しはどこにいるん
uへえへえ、たしかにおら、隠れ切支丹だっただよ」
「ええい、このくそじじい! 無間地獄に放りこむぞ!」
「平家物語ですだか? おら無学だで、そういうのはちょっとできません
だよ」
「わたしだっつってんだろ! わ! た! し!」
「あたらくしあ? いやあ、おら、いまはやりのろっくとかいうのには興
味ありませんだ。最近の若いモンの気が知れね」
「いいかげんにしろ、バカモン! わしはわたしのことを言っとるんだ。
わたし! わいうえおのわ! たちつてとのた! さしすせそのし! わ・
た・し!」
「へえ、この先は地獄でごぜえます。重犯罪は最高裁判長のミノスさまの
ところへ直接いくといいですだ」
「もういいっ! 泳いでわたる!」
「井出わたるさんでごぜえますか? 聞き覚えありませんだ」
閻魔は老人の言葉を無視して、水の中にざんぶと飛び込んだ。
「あ! ああ、なにをなさいますだ! このあけろんてにはぴらにあちゅ
う恐ろしい怪物が棲んどりますだぞ! 食いつかれてしまうだ!」
老人があわててそう叫んだ時はもうおそかった。閻魔は川の中程で、
「ぎゃっ!」
と梅図かずおばりの悲鳴を上げて飛び上がった。
かくして、閻魔大王は老人にものを訊ねて心労し、その上ピラニアにおし
りをかみつかれて、ものすごくイライラを蓄積した状態でプルトーのいる第
八圏へと赴いたのであった。
@2.
一方のプルトー。悪魔帝国の方にまで恥をしのんでバイトを募集した甲斐
もなく、獄卒に必要な人数が集まらない。キョービ、地獄でも人材難である。
直属の配下の小悪魔や魔女まで総動員してもまだ人手が足りず、あげくの果
てがプルトー自身油の池に出向いてお仕置きをしなければならないはめとな
った。いままで玉座にふんぞりかえって魔女小悪魔を侍らせ、うまそうな亡
者を手当たり次第に食うという怠慢な生活を送ってきたものだから、ストレ
スがたまることおびただしい。たまるどころか、あふれ出ている。そのスト
レスのとばっちりを受けるのが、言わずとしれた亡者たち。
「こらあ! きさま、また逃げようとしたなあ! 成敗してくれるわ!
そこに直れ! こら待て逃がさんぞ、この!」
万事こんな調子で、ことある毎に亡者をぶったたき、ことがなくてもぶっ
たたき、顔が悪いとぶったたき、ガンをつけたとぶったたき、要するに目に
ついた亡者を片っ端からぶったたくわけである。もっとも、地獄の亡者とい
うものは、どの道つらい目にあわないわけにはいかないのだが。
とにかく、最近の一連の事件のせいでプルトーは激しく心労し、なれない
仕事にイライラの極致にまで達していた。おりあしくも、である。こんな時
に、やはりイライラにとらわれた閻魔が訪ねてこようとは。
たりとへたりこんでいるプルトーの姿を見て、閻魔は驚いた。
「どうした魔王。えらくやつれたじゃないか」
「ん? ああ、エンマか。まあな。おまえのところと違って、わしの所は
非常に盛況で忙しいのでな」
閻魔はかちんと来て言った。
「それも仕方なかろう。なにせおぬしのところの獄卒どもは怠慢で有名だ
からのお。だれに似たのかは知らんが」
これを聞いて、プルトーもドカチンときた。
「なに、おまえのところのごくつぶしゴブリンにはかなわんよ。地獄を抜
け出して地上で悪さをしておる奴も少なくないそうだねえ」
閻魔はその言葉にドカチンコときて言い返した。
「いやあ、わしのところの鬼どもは独立心が旺盛でねえ。おぬしの獄卒の
ような、ことなかれ主義がやはりいいのう」
「そんなことはない、わしんとこの獄卒はこの前スト――」
「ん?」
「ああ、いやあのその、スッ、ストリップでも観にいこうか、今度」
「なにをやぶからぼうに」
「い、いやまあいいではないか。そんなことにこだわっとるようでは、大
物にはなれんぞ」
「わしはもう大物だ。おぬしこそ、いつまでたってもベールゼブブとかの
配下をぬけられんのお」
「ば、ばかいえ、あれは職務上の上下関係であってだな、実際は同じ悪魔、
人類はみな兄弟、天は人の上に人をつくらずなんだよ〜」
「なにをわけのわからんことを言っとるんだ、バカ」
「バカ? バカとはなんだ、エンマ奴! きさまだれに向かって口をきい
てると思っとるんだ!」
「あ、なんじゃその高飛車な態度は? 人類はみな兄弟ではなかったのか
? ん?」
「なんだとう、この東洋ブタザル奴!」
「と、とうようぶたざるだと? よくも言ったなこのムラサキマントヒヒ
が!」
「ぬわにい?」
「ぬわんだとう?」
4.
「全地獄プロレスファンのみなさん、本日はお待ちかねの地獄一決定戦で
す。この一戦のもっとも興味深いところは、やはり勝利者に全地獄の支配権
が委ねられるというところでしょう。西洋陣営はすでに暗黒の帝王サタンの
承諾を得、地獄帝国最高長官のベールゼブブみずから、セコンドについてお
ります。解説の邪魔本さん、ベールゼブブは別名ハエ魔王ともいうとおり、
ハエの姿をしてるんですが、はたしてプロレスの経験はあるんでしょうか」
「え、それがですね、あまり知られてはいないんですが、若いころは彼も
〈流血のベールゼブブ〉と異名をとったほどの往年の悪役なんです。悪魔侯
爵アスタロトとも何回か対戦しましてねえ」
「はあ、そうなんですか。リング上ではレフェリーの弘法大師がルールの
説明をおこなっているところです」
「よいかな、二人とも。ルールは無用じゃ。なにせ極悪人の亡者どもを統
率する権利をかけての戦いじゃからの。反則だのなんだのと細かいことは言
わんわい。ただしじゃ、もしリングアウトになったら、それで終わりとしよ
う。その時点にリング上にいた者が地獄の支配者となる。よいな」
「さあ、ルールの説明も終わり、両陣営とも入念に作戦の確認をおこなっ
ています。邪魔本さん、両者、いつになく慎重ですねえ。どうですか、この
試合の予想は」
「うーん、そうですね。まず言えることはこの対戦は夢のような好カード
だということでしょうか。というのは、かたや相撲界では向かうところ敵な
しだったもと横綱の閻魔大王。一方は、かつての大ヒール、ベールゼブブの
愛弟子のプルトー。両陣営のトップ対決が思いがけず実現したわけですから
ねえ」
「こんな試合、もう二度とありませんね」
「いやいや、これを機会に、これからももっともっと交流を深めてもらい
たいですね」
「さあ、いまセコンドがリングサイドに降りました。いよいよです。いよ
いよ、全地獄の支配権をかけた夢のカードが、世紀の対決が始まろうとして
います。いま、ゴングが鳴りました。しかしねえ、邪魔本さん、閻魔有利と
いう風評もちらほらありますが」
「最近減量気味のプルトーの方がたしかにいささか不利でしょうね。閻魔
の方は身体もしっかりしていますし、トレーニングもかかしません」
「スタミナでは閻魔ということですね。たしかに、こう、あの見事にパン
プアップした肉体をみると、年齢を感じさせませんねえ。しかもプルトー側
は最近トラブルが頻発してますから。団体運営まで危機的状況にさらされて
いるという噂もありますからねえ」
「え、そうですね。団体どうこうというのはあまり言いたいことじゃあり
ませんが」
「選手の大量移籍という噂も飛び交っています。さあ、両者リング中央で
がっちりと胸を合わせました。まずは力比べからです。プルトーがゆっくり
とリングに沈んでいきますが……背筋力で返します。邪魔本さん、プルトー
もなかなかですね」
「え、もちろんです。トラブルに巻き込まれてはいますが、レスラーは少
々のことではまいりません」
「おおっとお、プルトーが鉄拳を浴びせました。二発、三発とたたみかけ
るような攻撃! 閻魔は手を出せません。ああっと、流血だ! どうやら閻
魔の額が切れたようです!」
「いや、目蓋ですよ」
「真っ赤な血がポンプのようにあふれだしてリングの白を染めています。
目蓋を切られて、早くも流血戦の様相を呈してきました! さすがにスタミ
ナ充分なだけあって、出血も相当量のようです。閻魔の顔は早くも赤ぶくれ
になってきました!」
「いや、あれはもともとそうなんです」