#702/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/11/15 19:42 (157)
フロレアルの風(2章−3) 二羽岡 和彦
★内容
「さて、今言った四人のサブ・リーダーたちにやってもらいたいことは」
シオは間をおいて、その詳細を告げた。
「それぞれの最も信頼のおけるものを数名、これは二ないし三名が適当だと思
うが−−それは数が多いと人、言うまでもなく貴族の目につきやすいからだ−
−その数名を連れてそれぞれの街でその活動を行ってほしい。もちろん革命軍
同志を集める、もしくはそう願いたいことなんだが、すでに結成されているそ
の街の革命軍と連絡をとり、互いに協力しあう意を伝えることだ。……貴族に
十分注意することはもちろんだが、貴族と通じている商人たちにも気を付けて
ほしい、特にサナ、ルファシスには商人が多いからな」
サナはシオの言葉に、分かったというふうにうなずいてみせた。
「それで、シオ、どのくらいの期間を費やすんだ?」
と、ワルナーが意見したが、
「まあ待て、それを今から言うから最後まで聞け。
期間は三エルタス(三週間)だ。これはぎりぎりの線だ、変更はしない。そ
う長い間、何人もの男が街を離れる訳にはいかないのだ。これは我々の動きに
貴族がうすうす勘づいているとヴァンから聞いたうえでの判断だ。どこまで貴
族があやしいと思っているのか、その程度のほどは分からないが、我々はこの
点を軽視する訳にはいかない。
きっかり三エルタス後に、三回目の集会を開く。場所はここだ。その間はい
っさい会合などはやらんからそのつもりでいろ。
……最後になったが、新たにサブ・リーダーを委員会に決めてもらうとする
が、何かそのことについて意見はないか」
「……シオ」
誰も何も言わず、しばらくしてヴァンが言った、「これはわしの提案なんだ
が、そう、あくまで提案だが、このルーンをだな−−」
そこまで聞いて、シオは確かに嫌な予感がして、レキシスはこれから起こる
であろうことを想像してにやりと笑った。
そしてシオの予感は的中した。
「その、なんだ、このルーンをサブ・リーダーにだな−−」
「何だと!」
シオは叫んだ。奮然と立ち上がる。
「何を言いだすかと思えば、おい、ヴァントーダイス、<誠実な男>ヴァンよ、
おまえはこんなときに冗談を言う男ではないだろうが、なぜそんなことを言う
のだ、そんな子供にいったい何ができるというのだ!」
と、ひと息にまくしたてた。
「おれは子供じゃない」
と、ルーンが静かに、しかし追い打ちをかけるように言った。
「ほう! たいそうな口を聞くじゃないか、え、小僧!」
「あんたがおれのいったい何を知ってるんだ。自分のこともよくは分かってな
いんだろう、たかが三十過ぎの若造が」
それを聞いたとたんシオは目の色を変えたが、
「言うことはそれだけか……話にならん」
と、せせら笑った。
だが、そのときルーンの顔を見て、シオの表情が凍りついたように消えた。
一同もはっとして息を呑む。
ほんの一瞬だった。見たのかどうかも分からなかった。だがその一瞬、シオ
はルーンのバーンオレンジに燃えたそのふたつの瞳の奥に鋭い危険な光を見た
のだった。そのときルーンはただ見つめていた−−にらんでいた訳でもなかっ
たのだ。だのに、シオはそれだけで戦慄を覚えた。それ以上正視できなかった。
シオは視線をはずし、ヴァンのほうへ向けた。
ヴァンは、別人のような険しい顔をしてルーンの横顔を見つめていた。
室内はいやに静まりかえり、ジジジ、とファルスの火が燃えるかすかな音だ
けがあたりに響いた。それ以外であたりを支配するのは、静寂のみ。
(ルーン)
ロミナが心の中でその名を呼んだ。
とても不安で、少女はきゅっと唇をかんだ。
知らないルーンがそこにいる。そしてそのルーンをどうにもならないほど好
いているのだった。十六歳のおそらく多感すぎるほどの胸は、鼓動とともに震
えていた。
「ヴァン……」
と、シオが口を開いた。「どういうことだ……何か考えがあるのか? ……
いや、そのまえに奴は−−あの少年は……」
シオは慎重に言葉を選んで言わねばならなかった。
ルーンはしかし横を向いていて、もうその表情は見えない。
「いや、残念だが、わしもよくは知らんのだ−−本当だ」
と、ヴァンは言った、「ルーン……おまえはいったいどういう人間だ。わし
はおまえを雇うとき、おまえについては何も聞かない約束をした。だが、分か
るだろう、わしは、いやわしたちはおまえを知る必要がある。わしはおまえを
信じている……他の者もやがておまえを信じることになるだろう。だから、お
まえのことを、わしたちにしゃべってくれ。ルーン……おまえの名は、姓はな
んだ? そして……」
シオは内心かなり驚いていた。
(なぜ、ヴァンほどの男が、少年とはいえ、素性も、名前すらろくに知らぬ男
を雇ったりするのだ、なぜここへ連れて来るほど信じられるのだ? あの少年
に何があるというのだ……)
ルーンは黙っていた。誰ひとりとて声を出さず、身じろぎひとつする者もい
なかった。
(信じるというのは同志としてあの少年を受け入れることか)
と、レキシスは思った、(いや、そうではあるまい。ヴァンの言った信じる
とは、あの少年に一個の人間としてその全てをみるということだろう)
ルーンはなおそのままで、何も言わない。腕をくんで、壁にかけられたファ
ルスの火をじっと見つめて、動かなかった。
「ルーン……」
と、ロミナがささやいた−−ささやいた訳ではなく、かすれて、声が出なか
ったのだ。
やがて、長い長い沈黙の後、静寂を少年の声が破った。
「だめだね」
声はただそれだけを言った。
「だめだよ。こんな革命は成し得ない。無謀だね、よしたほうがいい」
その言葉に一同は虚をつかれた。何を言っているのか分からなかったのだ。
てっきりこの少年は自分のことをしゃべりはじめるとばかり思っていたのだ。
「何だと」
ルーンの言わんとする意図に気付いたシオは小さく叫んだ。「何がいいたい」
「失敗するのは目に見えているってことさ。<アーナス・アーナ>、たいそう
な名じゃないか。だけどだめだね、名で革命は起こせない。つかのまの幸福さ
えもつかみとれないよ、とくにシオ、あんたのような男がリーダーではね」
皆は声もなかった。
ルーンはさらにつづけて言った。
「視野が狭いんだ、もちろん抽象的な意味でね。考え方も実に閉鎖的だ。例え
ばある街のことを知るのに、上からすべてを眺め、そしてその地に足を踏み入
れて実際に見てみて、それで理解したなんて思うのは間違いだよ。そしてこれ
が、まさにあんたたちなんだ。ひとつの街は他の街との干渉なくしてはありえ
ないし、そして街に住むのは人間だ。いったい誰が、あるひとりの人間の生涯
すべてを理解することができるのか? そんなことできはしない。そしてまた、
街は大勢の人々が集まってできるひとつの社会なんだ」
「おまえがいったい何を知ってるんだ!」
突然エルルトがそう叫ぶと、皆も口ぐちに、
「小僧、自分の言ったことが分かっているのか! これはおれたちの、この国
の人々の問題だ。それとも何か? そんなことはおまえの預かり知らぬところ、
どうでもいいと、そう言うのだな!」
「たいした詭弁家だな、おい! これだから生意気な小僧はいやなんだ、苦労
も知らず、ぬくぬくと育ったようなぼっちゃまは口だけは達者だからな!」
と、罵声や怒号をルーンに浴びせかけた。
やにわに地下室内が騒然となった。一部の者は立ち上がり、椅子を蹴り倒し、
テーブルをも突き倒していた。さすがに少年に殴りかかる者はいなかったが、
手にしたグラスを投げつけた者がいて、グラスは弧を描いて少年の座ったテー
ブルの足もとに落ち、砕け散った。
そんな中で、ひとりレキシスの顔はどこか楽しげだった。
(皆は気付いていないのだ)
と、レキシスは含み笑いをした。(結局何であれ、あの大の大人たちがよっ
てたかってあのひとりの少年を相手にしているということを。それに見ろ、あ
の少年を。実に落ち着いたものだ。それどころか奴は我々の反応をうかがって
るんだ、我々が自分が言い返すにたる人間たちであるかどうかをね)
「待て! おい、やめろ、サナ。いいからやめるんだ。……おい、ルーン」
ヴァンがかなり慌ててルーンのもとへ駆け寄った。「おい、ルーン、いった
いどういうつもりなんだ、あんなことを言って、何か訳があるのか? 言って
みろ」
そのヴァンの言葉を聞いたとき、なぜかルーンはすこし悲しげな顔をした。
「訳だと! 笑わせるな! こいつは頭がおかしいか、それとも……」
「いいからだまっておれ、スタン。……さあ、言ってくれ、ルーン」
ヴァンはルーンの肩を揺すった。
ルーンはその腕をはらうと、立ち上がり、シオのほうを見て言った。
「忠告だよ、忠告。革命が成功するためのね。ほんのアドヴァイスさ」
「ルーン……」
ヴァンの顔は曇った。
「もうよせ、ヴァン! そんな奴にもう肩入れすることはない」
シオが憎々しげに言葉を吐き捨てた。
ルーンは扉の方へと歩み寄っていった。
「どこへ行くの?」
ロミナが叫んだ。その声はしかし震えていて、足は動かず、ただその場に立
ちつくしていた。
ルーンは二瞬ほど間をおいて、
「……おれはこの街を出ていく。いや、この国を出て……」
視線を扉のほうへ向けたままそう言うと、扉を押し開けた。
「どうして!」
少女はその言葉に愕然とした。「どうしてなの? そんな、国を出ていくな
んてそんなこと……! 訳を言って。お願いよルーン……あたしを見て」
だが、ルーンは振り向かずに背を向けたまま言った。
「おれは……この国の人間が嫌いだ。すべてだ。おれはこの国にあるすべての
ものを嫌う。憎んでいるんだ……いいところはひとつもない」
「それは、わしもかね」
と、ヴァンがつぶやき、
「嘘だわ……いやよ、そんなの……だって……あたし……」
ロミナは何か言おうとするが、それ以上言葉がついて出てこなかった。
(2章−4へ)