#608/3137 空中分解2
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トゥウィンズ・外伝 一章 (1/2) (1/9) あるてみす
★内容
一章 ルミアとラミア
「ほら、ミリーったら。早く帰らないと父様に叱られるわよ。」
夕暮れの中、畑仕事を終えたルミアは、ふざけて飛び回っている妹ミリーに声を
かけると、家路を急いだ。早く帰らないと。足を痛めて寝込んでいる父が、そろそ
ろお腹を空かせているはずだ。
「あん、ルミアったら、待ってよ。もう少しいいじゃない。」
「駄目。父様が待ちくたびれてるわよ。」
「はーい。」
ちぇ、つまんないの。そんな感じの半分すねたような表情をしながら、ミリーは
慌ててルミアの後を追う。
ルミアとミリーは一つ違いの姉妹。
二人の母ミーシャは既にこの世の人ではない。ルミアが八歳のとき、ふとした病
気で逝ってしまったのだ。
今は老いた父とともに三人で畑仕事をしているが、暮らし向きはあまり豊かでは
なかった。
父ジョゼフは数日前、屋根の雨漏りを直していて、修理が終わった時に安心して
気を抜いたのか、いきなり屋根から滑り落ちて足をくじいてしまった。たいした怪
我はしなかったものの、しばらくの間、立つことができなくなって、このところ、
ずっと家の中で過ごしている。
もっとも、父の回復の具合いからすれば、畑仕事に出られるようになるまで、そ
う長くはかからないだろう。
「ほんの数日の辛抱よね。」
ルミアは歩きながら、つぶやいた。
「何が数日なの?」
ミリーが怪訝そうな顔をして聞く。
「父様が歩けるようになるまで。」
「あ、そうね。父様、こういう怪我には強いものね。あ、ねえ、買物しないでいい
の? 晩御飯のおかず、買わないといけないんでしょ?」
農道の分かれ道で、まっすぐ行こうとしたルミアをミリーが呼び止めた。この道
をまっすぐ行けばルミアとミリーの家だが、右に曲がればジュンの街へ出る。
「いけない! 忘れてたわ。急がないとお店が閉まっちゃう。」
ルミアはミリーとともに右へ曲がると街へ向かう。街に入ると道が石畳の大通り
に変わり、人や馬車の往来が激しくなる。その歩道を小走りしながら、二人は馴染
みの店へと向かっていた。
ガラガラガラ……
派手な音を立てて、大通りを何台もの馬車がすれ違い、通り過ぎていく。
「いいなあ、お金持ちって。あんな馬車に乗れるんだもん……。」
ミリーは後ろを振り返ると、たった今、通り過ぎていったばかりの馬車を振り返
って見送りながら、羨まし気につぶやく。
その馬車は綺麗な装飾が施され、とても贅沢なものだった。
「しょうがないでしょ。そんなこと言ったって何も変わりゃしないんだから。それ
より、早いとこ買物済ませちゃいましょ。」
ルミアが後ろを向いたままのミリーの手を引っ張って行こうとしたとき、その馬
車が後ろで停止して、中から着飾った若い女性が降りてきた。
「わあ。ねえ、ルミア。ちょっと見てよ。すっごく綺麗な人。」
ミリーの言葉で、ルミアも振り向いて見た。
お世辞にも豊かとはいえない暮らし向きである。そんな境遇で、これほど綺麗に
着飾った人を見れば、ルミアやミリーでなくとも、ついそちらに目がいってしまう
のは当然だろう。事実、辺りを歩いていた人々の視線は皆、その馬車と、そこから
降りてきた女性の方に向いていた。
その女性はまっすぐにルミアとミリーのいる方へ向かって歩いてきた。その服装
と優雅な動作から、かなり高貴な身分であることが見て取れる。年はルミアやミリ
ーと同じくらいのようだが、畑仕事でガサついた手をした二人に比べると、白い肌
が透き通るように美しく、まるで妖精のように見える。
その視線がルミアに向けられ、ルミアの視線とかち合う。
一瞬の後、ルミアはハッと我に返ると、その女性と比べて、あまりにもみすぼら
しい我が身の姿に恥ずかしさを覚え、ミリーの手を引いて急いで立ち去ろうとした。
「お待ちになって。」
その女性が後ろからルミアの手をつかんで引き止める。ルミアもミリーも驚いて
立ちすくんだ。
「あなた、お名前は?」
その女性はルミアをじっと見つめている。
「あ、あの、ルミアです……。」
ルミアは、それだけ言うのがやっとだった。ミリーに至っては、言葉を忘れてし
まったかのように呆然としている。
「そう、ルミアって言うの。」
その女性はため息を一つつくと、ルミアの顔をじっと見つめたまま言った。
「ねえ、ルミア。あなたにお願いがあるのだけど、いいかしら?」
「あ、あの……。」
「もちろん、お礼はたっぷりするわ。ねえ、いいでしょ?」
「で、でも……」
「ね? ちょっと来て下さらない?」
そして、その女性は有無を言わさずルミアの手を引いて、そのまま馬車に乗り込
んでしまう。
「あ、ミリー……。」
引きずられるようにして一緒に馬車に乗ってしまったルミアは、ミリーがいない
ことに気付いて、後ろを振り返った。
「どうしたの? あ、そういえば、もう一人いたのよね。」
その女性は、そこで初めて気が付いたかのような口調で、ルミアに話しかける。
そして、微笑みながらルミアの隣に腰を降ろし、半ばからかうような感じで、
「あのミリーっていう娘が心配?」
と言ったあと、
「カスト、あそこに立ってるミリーっていう娘に事情を話してきて。」
近くにいた召使いに、てきぱきと指示を出すと、再びルミアの方に向き直って微
笑む。
「さ、これでいいわ。」
その女性が合図をすると、馬車がゆっくりと動き出して、あっという間にミリー
の姿が見えなくなった。石畳の道をガラガラと音を立てながら突き進んで行く馬車。
窓の外を建物が通り過ぎていき、やがて、道が石畳から土に変わる。周りの景色
も建物から林へと変わり、しばらく走ったところで馬車が止まる。と、そこは大き
なお屋敷の入口だった。
重そうな鉄の扉がきしむような音を立てて開く。馬車がゆっくりと動いて鉄の門
を通り抜け、やがて大きな建物の玄関に横付けになる。
その女性は隣にいた召使いに何やら耳打ちをすると、そのあと小声で、
「ルミア、あとはこのテムゼの後についていって。じゃ、テムゼ、後はお願いね。」
「はい、お嬢様。」
テムゼと呼ばれた召使いが、丁寧に答える。
そして、その女性が馬車を降りた後、馬車はゆっくりを建物の裏に向かう。
裏に着くと、テムゼは降りて扉を開け、屋敷の中にルミアをそっと招き入れた。
「さ、こちらにどうぞ。」
勝手の判らないルミアがキョロキョロしながらテムゼの後についていくと、とある部屋に案内された。
「じきにお嬢様がいらっしゃいます。それまで、こちらでお待ちを。」
テムゼはそう言って、ルミアを一人部屋に残して出ていった。
ルミアが部屋の中を見回していると、何人かの女性が入ってきた。
「ルミア様ですね? お嬢様から伺っております。さ、こちらへどうぞ。」
ルミアは部屋に備え付けられたバスルームに連れて行かれ、そこで体中を痛いほ
ど洗われて、すべてのアカや汚れを落とされた。そして顔や手にクリームをすり込
まれ、肌のガサつきが目立たなくなり、スベスベになる。その後、清潔な下着類を
着せられ、その上から綺麗な服を着せられる。
パサついた髪も櫛でとかされてツヤツヤになり、それが頭の上で綺麗な形に整え
られた。
すべての作業が終わるころ、鏡の中には綺麗な女性が写っていた。ルミアが動く
と鏡の女性も同じように動く。ルミアは、鏡の中の女性がルミア自身であることに
気付くまで少しかかった。
そして、それと同時に、鏡の中の自分が誰かに似ているような感じを受けた。
でも、誰だったかしら? いくらなんでも父様の顔とは違うし、母様の顔はミリ
ーが似てるけど、なぜかあたしは少しも似てないし……。
「あ、あの……。」
「とってもお綺麗ですよ。」
「いえ、あの、そうじゃなくて、えっと……。」
「シノーラとお呼び下さいまし。わたくしはラミア様の侍女でございます。ラミア
様に申しつかりましてルミア様のお世話もさせて頂くことになっております。」
「そうじゃないんです。えっと、シノーラさん。これはどういうことなんですか?」
ルミアは着せられたドレスの裾をわずかにつまみ上げながら聞いた。
「わたくしも詳しいことは聞いておりませんの。でも、いずれ、ラミア様が説明し
て下さると思いますわ。もうしばらくお待ち下さいましね。」
そして、シノーラと名乗る女性を残して、その他の女性は部屋から引き上げてい
った。
それと入れ替わりに、ルミアを連れてきた、あの綺麗な女性が入ってきた。
シノーラは軽く頭を下げ、ルミアの脇に下がった。
そのときルミアは、鏡の中の姿が誰に似ていたのかやっと判った
そうか、この人に似てたんだわ。
「シノーラ、ご苦労さま。ルミア、どう? 特に服がきついていうことはなさそう
ね。」
そして、軽く微笑みながら、
「やっぱり思った通りだわ。よく似てると思わない? ねえ、シノーラ?」
「はい、とてもよく似ておられます。こうしてお姿を拝見しているだけでは、どち
らがラミア様なのかシノーラにも判りませんわ。」
その女性は、シノーラの言葉に満足そうにうなずいた。
「そうそう、まだわたくしの名前を教えてなかったわね。わたくしはラミア。ここ、
ランベル家の娘です。そこで、わたくしのお願いなんだけど、だいたい想像できる
かしら?」
ルミアはランベル家と聞いて驚いていた。ランベル家と言えば、この地方きって
の名家で、古くからの貴族である。まさか自分のような者がランベル家のお嬢様の
真向いにいるなんて……。
そして、次の瞬間、ある恐ろしい考えにたどり着いた。
そのお嬢様と非常によく似ているという自分。普通、そこから導き出される答え
は一つだ。
「あの……身代りですか?」
どんな目に遭うかは判らないが、大抵の場合、本人の命が危ない時に身代りの者
が命を投げ出すことになるわけだ。そう思ったルミアが恐る恐る答えると、ラミア
はクスッと笑った。
「身代り……ねえ。まあ、そう言ってしまえば、そうなのよね。でも、あなた、今
変なこと考えたでしょう。そんなことじゃないのよ。ちょっとね、わたくしがいな
い間、この屋敷の中で、わたくしのように振舞って欲しいだけなの。こんなに似て
るんですもの、きっとうまくやれると思うわ。」
そして、一息ついて、
「世の中には自分と似てる人間が三人はいるっていうけど本当ね。こんなに似てる
人がいるなんて思いもよらなかったわ。前にもね、一度、街であなたを見かけたこ
とがあるの。それからずっと、もしかしたら、なんて思ってたんだけど、本当にこ
こまで似てるなんて思いもしなかったわ。それに、名前まで似てるし、本当に他人
とは思えない。」
「え、ええ……。」
ルミアは戸惑いながら返事をした。
「それじゃ、あとはシノーラに任せるわ。うまくやってね。」
「はい、お嬢様。」
「それじゃ、わたくしの代わりとして屋敷の中を歩くときは、わたくしらしく振舞
ってね。あなたの事はわたくしの周りの数人しか知らないから、他の人と会うとき
は注意して。特にお父様とお母様には絶対にバレないようにうまくやってね。それ
から、何かあったら、シノーラに相談してね。あなたのことはシノーラに任せてあ
るから大丈夫よ。それじゃね。」
ラミアはそれだけ言うと、扉を開けて出ていこうとした。
「あ、あの……。」
「なあに?」
「あたし、一度、家に戻って、このことを父に伝えたいんですけど……。」
「駄目よ。あなたはもう、しばらくここから出られないの。でも、あなたのお父様
には、うちの召使いから説明がされてる筈だから、何も心配しないでいいのよ。」
そう言って、ラミアは扉の向こうに消えた。
「では、ルミア様、これからよろしくお願いしますね。」
シノーラはルミアに一礼をしたあとラミアに続いて出ていった。
その後、ルミアは用意されていた綺麗な寝間着に着替えてベッドにもぐり込んだ
ものの、ミリーや父のことが心配でならなかった。そして、ミリーや父も自分の事
を心配しているのではないかと思うと気が気ではなかった。
この先どうなるのか判らない不安におびえながらも、しかしルミアはいつの間に
か眠りに落ちてしまっていた。
「ミリーさんというのは、あなたですか?」
ルミアが綺麗な女性に連れられて馬車に乗り込んだのを呆然として見送っていた
ミリーは、急に声をかけられてハッと我に返った。
目の前には若い男性が一人。その人が声をかけてきたらしい。
その男性は、それなりに素敵な格好をしていて、なかなか整った顔立ち。
わあ、素敵な人……。
−−− 続く