#607/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ ) 90/ 9/ 8 22:17 ( 49)
「小説家入門」(3/3) 浮雲
★内容
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俺は、それを作りながらあの日の出来事を思いだしていた。喫茶店を出るとす
ぐに、金井に電話を入れ一件を報告した。金井は、
「吉元の作品を読んでからぼくの意見を言わせてもらう」
とたったひとことだけ言っただけであった。続いて山田に電話をしたが「仕事で
手が離せない」と電話を切られてしまった。そんな彼らの対応ぶりを繰り返し思
いだしながら、俺は作業を進めた。
俺は、小さい頃から結構器用で、だからというわけでもないだろうが、悪戯が
大好きであった。小六の時に作った「竹製手留弾」は、われながら傑作であった。
庭箒を節のところから25センチほどの長さに切り、節のあるほうを底にして、
まず3センチ位の鉄筋の切れ端を入れる。次にチリ紙をひとにぎりほど丸めたも
のを押し込み、そしてBB弾(爆竹)を揉み解して火薬だけを取り出し、これに
詰める。このとき、絶対につついたりしてはいけない。その上からまたチリ紙を
丸めたものをそっと押し込む。そしてもう一個鉄筋の切れ端を入れ、布切れで蓋
をして出来上りである。
軽く手に持ち、ガタつかせないように注意しながら反動をつけて遠くに放り上
げるのだ。地面に触れたとたん、ショツクで爆発し、竹はバラバラになって四方
に飛散する。鉄筋は5メ−トル以上もふっとぶ。
しかし、俺が井上謙に送り届け、奴にお灸をすえてやろうとして作っていたの
はそれではない。
除草剤をドリンクかなんかに入れ、これを奴に飲ませることを考えなかったと
いったら嘘になる。やはり小学生の頃、そんないたずらをして成功したことがあ
った。だが、俺が作っていたのはそれでもなかった。
次の日、俺は駅の宅配ボックスを利用して「それ」を井上の自宅に送った。も
ちろん、送り主の名前は吉元にしておいた。
それを済ませると、俺は旅行カバンを手に改札口に向かった。俺は、家族の者
に内緒で退職願いを出し、二日ほど前に相当額の退職金を手にいれていた。旅行
カバンには、その半分ほどが入っていた。
俺がどこへ行こうとしているのかを知っているものは、誰一人としていなかっ
た。
*
「文芸界」最新号が発売されるや、吉元の久々の書き下ろし作品「時代の虚蝉」
は、大評判をとった。新聞、雑誌の書評欄は争って吉元を絶賛した。毎朝新聞な
どは、「次期芥川賞候補か」などと持ち上げる始末であった。
「あなたは、『しかし』を省いた。いや、書き得なかった。いかし、吉元はあな
たの作品に、『しかし』を入れることで自分のものにした。そして評価を得た。
あれは、吉元のモノ(作品)ですよ」
俺は、ボンヤリと窓の外に目をやりながらそんな金井の電話を、ずいぶん昔の
ことのように思いだしていた。
その時だった。
「お客さん、失礼します」
入り口の向こう側で女中が声をかけてきた。この温泉宿に荷を下ろすなり、俺
は宿の女中にワ−プロ用のインクリボンとプリンタ用紙それに下書き用の原稿用
紙を買ってきてくれるよう、頼んでおいたのだ。
おわり
1990.09.08