#596/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/ 6 10: 9 (200)
無角館殺人事件 (7) 永山
★内容
「そうかなあ。……今度の出来事には、大ざっぱに言って、二つの解釈ができ
る。そのどちらが正しいのかは、残念ながら次に事が起こらねば、はっきりと
しないのだ」
地天馬は、急にとうとうとしゃべり出した。すでに事件を解決したかのよう
な口ぶりにさえ、受け取れる。
いずれにしろ、玄関でこんな話をいつまでもしていてもしょうがないので、
私は地天馬を促し、捜査に移らせた。
しかし、彼のやることといったら、まるで暇潰しに過ぎなかった。吉野コッ
クに肉切り包丁はちゃんとあるかと聞き、
「はい、あります。いつも調理場には鍵をかけ、その鍵は私がずっと持ってい
るので、誰も入れるはずがありません」
驕@という、重要そうな言葉を吉野から聞けたのに、地天馬ときたら、ほとんど
無関心に首を立てに振るだけである。
他にも森本や太田黒から話を聞いたのだが、地天馬の質問たるや、冴えない
ものであった。さきほど放逐していた動機について、少し聞いただけで、引き
下がったのである。なお、質問に対する相手の答えは、いずれも新しい情報と
はなり得ないものであった。
我々がこうしている間にも、野間双児、特に十和也が熱心に現場を見回って
いたようだ。もし彼らに出し抜かれるような事があれば、地天馬にとっていい
ことではない。だが、地天馬は未だ空気の抜けた風船のような有様である。
「いよいよ雨が強くなってきましたね」
善次郎の部屋に出向いて聞き込んでいるのだが、地天馬は天気なぞを話題に
し、捜査する兆候もない。
「これだけ幻想的な風景だと、写真の撮りがいもあるでしょうな」
「……いや、だめだね。自分は風景写真はあまり得意ではないんだ」
善次郎の方は、こちらが探偵だと承知しているからか、用心深く答える。
「そいつはどうも。でも、この風景を放っておく手はないと思うなあ」
「君。君は写真を撮ってほしいのか? それならこっちもプロだ。金を払いた
まえ」
「とんでもない! 写真なんて大嫌いだ。ただ、そのプロがこの風景を放って
おくのは、不思議だなと思いましてね」
地天馬の口が、次第に荒っぽくなる。
「だいたいだ、あんたはここに来てから、一枚も写真を撮っていないんじゃな
いかな? 少なくとも、僕が到着してからは、一枚も撮ってない」
「人の勝手だろう。意欲が湧かん。それだけだ」
「そりゃそうだ。ところで善次郎さん。陣内グループの後を継ぐ気はあるんで
すか」
「……他に適任者がいなければ、考えてみてもいい。こう思っているよ」
「なるほど。それじゃあ、最後に。あなたの兄を殺すような動機を持っている
人物に心当たりは?」
「言わなくても、そちらで見当がつくだろう」
「丁重な回答、どうも。では、これにて失礼」
地天馬はやっと元気が出たらしく、喜々とした足取りで陣内善次郎の部屋を
後にした。
ところが、地天馬はまたおかしな行動に出た。一度聞込みを終えている藤堂
や森本、太田黒といった面々に再び会いに行こうと言うのだ。
「何だって? また彼らに会うのか」
「さっきのは野間のお二人に隙を見せるための暇潰しだ。今度が本番」
「何だってまた、野間氏達にそんな風に振舞わないといけないんだ」
「十和也の方がね。えらく現場を見たがっていたようだから、何かあるんじゃ
ないかなと思った。例えば、十和也が一年前の宝石盗難事件の犯人だとして、
盲点をついて宝石をあの部屋に隠していたとか。それで宝石を取りに来たんじ
ゃないかなと思ってね」
「え! そうなのか?」
「いや、確証はないし、さっき現場を調べている野間双児を垣間見た限りでは、
宝石を取り戻すような様子ではなかった」
「何だ、君の邪推か」
「断言はできないぜ。宝石を盗むとしたら、あの二人が一番有力だ。二人の両
方ともが犯人だかどうかは知らないが」
「どうして?」
「どうしてって、決まっている。去年、ここを訪れた人物の内、野間双児以外
は、わざわざ島で盗む必要なんかないんだぜ。他の人物は本土でも陣内正一郎
と同じ家に住むんだ。もっと高価な品が、そちらにはあるはずだろ。何もこん
な逃げ場のない島で、つまらない宝石を盗む必要なんかない。それも一年待た
ねば手に入らないような手段を講じて」
驕u野間達にしたって、盗む必要はないぜ」
「動機は金だけとは限らないさ。単に正一郎を困らせたかったのか、それとも
……。いや、これは言う必要はないな。とにかく、執事や家政婦に会うのが先
決なんだ、今は」
そう言うと彼は、どんどん先に行ってしまった。
幸い、藤堂も森本も食堂にいた。
「お二人一緒で、ちょうどよかった。この館ですがね、見回りなんてものはし
ますか」
いきなりの地天馬の質問に、相手の二人は面食らったようだが、
「はい」
とだけ、森本の方が答えてくれた。
「どちらが見回りをするのです?」
「場合によります。見回りの時間がきたとき、忙しくない方が」
藤堂が静かに答えた。
「見回りをするのは、夜遅くなってからですか?」
「はあ、だいたい午前0時くらいですか。戸締りを見に」
「なるほどなるほど。これはお願いなんですが、見回りの最中に何を見ても、
そのことについて単独で行動は起こさないでください」
「はあ?」
執事も家政婦も不可解そうな目をした。
「いいですか。頼みましたよ。それからついでに聞いておきますが、昨夜の見
回りをしたのはどちらで?」
「私です」
藤堂が答えた。
「その時、何かを見ましたか。あるいは聞きましたか?」
「いやあ、見回りと言ってもそれぞれの部屋に近付く訳ではありませんのでね
え。本当に戸締りだけですから、怪しい物音とかは聞きませんでした」
「そうですか。で、森本さんの方は、その頃どうしてました」
「え、私ですか。そうですわね、確か有一君のお部屋の仕度をしていました。
そうそう! 地天馬様もいたではありませんか。私が午前0時を過ぎた頃、お
髟秤ョの仕度に参ったとき……」
森本は目を輝かせるようにして言った。自分の行動が探偵によって証明され
たも同然だからであろう。
「そうです。無論、覚えています。でもこちらが聞きたいのは、それに何分ぐ
らい要したかなんです」
「そうですね。十五分とかからなかったと思います」
「だいたい0時十五分まで、有一君の部屋にいたと」
「そうです。あ、深百合さんも一緒でした」
「ふむ。結構ですね。その後の二人の様子は?」
「深百合さんは有一君の寝仕度の手伝いをしてくださって、その後、私と一緒
に部屋を出ました。そしてご自分の部屋に戻られたようです」
「もちろん、有一君はそのまま眠ったと。最後に、藤堂さんに森本さん。あな
た方が眠ったのはいつ頃ですかね」
「だいたい一時過ぎだったと思います。なあ」
藤堂の呼掛けにうなずく森本。
「分かりました。くれぐれも先程の約束、守ってください」
「使用人の二人は正直者には違いないな」
地天馬は自室に戻るや、開口一番に言った。
「どうして言い切れるの」
「僕の質問に正直に答えていた」
「眠った時間なんて、本当かどうか分からないだろう?」
「いや、本当なんだな。何故って、僕がこの目でみたからさ。僕は0時に有一
君の部屋を出てから風呂に行き、上がってからは少しばかり、この館を歩き回
ってみた。念のため、館の構造をつかんでおこうと思ってね。何も特別な仕掛
とかはないようだった。それより、その折りに、たまたま見かけたのだ。使用
人の二人が各々自室に入るのを」
「君が寝るのが遅かったのは、そういう訳があったのか」
私は昨夜の事を思い出した。そんな私に地天馬は、
「君のアリバイはどうだね?」
と、唐突に聞いてきた。
「へ?」
「君の現場不在証明だよ。何かあるかい?」
「僕まで疑っているのか? そりゃ僕にはアリバイはないが、動機もない」
「そう怒るなって。可能性の検討だよ。それに君は昨日、珍しくも僕のそばか
ら消えてしまった。記述者たる君が消えるなんて、尋常じゃあない。疑ってし
かるべきではないかね」
地天馬は楽しげに言う。やがて本当に笑い出してしまった。
「何がおかしいんだ!」
「いや失敬。あんまり、君がマジメな顔になるからさ」
いつまでも笑っている地天馬。どうにでもなれってんだ!
「太田黒さんは、例の時間の頃、どうしてました?」
また聞込みを始めた地天馬。今度は被害者の秘書、太田黒相手だ。
「アリバイはないと言いましたでしょう」
仮面の下が膨れっ面になったであろう、太田黒はつっけんどんな言い方をす
る。
「いえ、アリバイではなく、その時の行動です」
「寝ていたなあ、多分。善次郎さんも言っていたように、普通は寝ている時間
ですよ」
「そうですか。ところで遺産問題とか、生命保険等に関して、あなたは全くタ
ッチされていないのですか?」
「ええ。私は主に会社関係の雑務処理でした。そういうのは、野間十和也弁護
士の領分ですよ」
「でもですねえ、十和也氏が専属弁護士につく前は、あなたがあたっていたん
でしょう?」
「一応はね。でも、その頃の先生は精神的に元気一杯で、遺産相続なんて頭の
隅にも考えていないようでしたから、タッチしていないも同然ですよ」
「今、その頃、と言いましたよね。いつから正一郎氏は精神的にも元気がなく
なったんですかね」
「聖奥様が、先妻の聖奥様がいなくなってからではないでしょうか。いえ、正
確には聖奥様が行方知れずとなり、その後現在の奥様をおめとりになったこと
で、有一君が先生から離れていきましたのが、本当の原因かと」
「ははん。そういえば、その問題もあったな」
地天馬は相手を忘れたかのように、独り言を口にした。
「何ですって?」
「いや、こちらのこと。先妻の人がいなくなったとき、島にいたのは」
「先生に有一君に藤堂さん、森本さん、吉野さん。野間さん達もいましたね」
「あなたもですね?」
「は? はあ、私もいました」
「どうも。そろそろ夕食の時間じゃないですかね。ここらでやめときます」
壁にかかっている時計を眺めながら、地天馬は悠長に言った。
「何か分かりましたか、名探偵殿?」
食事も大方終わりに近付いたとき、十和也がまた突っかかってきた。
「さあてね。教えてもいいんだけど、あなたも探偵ごっこをやっているんだ。
他人から教えてもらってもちっとも楽しくないでしょうからね」
「探偵ごっことはなんだ、ごっことは!」
「あれ、何か変でしたか? 探偵でない者が探偵みたいな行動をとるのを、探
偵ごっこと言っては」
「ククッ……」
十和也はコップの水をあおると、さっさと席をたった。今回も地天馬の勝ち。
「大丈夫でしょうか?」
太田黒が大げさなことを言う。秘書らしいと言えば秘書らしいか。
「大丈夫ですよ。感情の起伏が激しいだけです、十和也は」
比呂見が口の周りに着いた油−−着いているかいないか分からないくらいの
微量の油をナプキンで拭き取りながら、静かに言う。
その言葉が終わると、地天馬は頃合を測っていたかのように、切り出した。
「どうだろう。才野君と太田黒さんには悪いんだが、ここにいる男性陣全員で
風呂に入りませんか。親睦を深めるためにも。ああ、藤堂さんに吉野さんもね」
「随分とまた、唐突な」
皿をさげに来た執事の藤堂が、呆れ顔になっている。
「いやです!」
叫んだ者がいた。野間比呂見だ。大声を出して恥ずかしくなったのか、口を
はっと押さえている。
「……すみません。大きな声を出して。あの、私は辞退させてもらいます……」
「何故です?」
間髪入れず問う地天馬。
「……恥ずかしいから」
何か納得のいかない答えをした比呂見は、ふらふらと立ち上がった。自分の
部屋に戻ったようだった。
−以下8−