AWC 無角館殺人事件 (8)   永山


        
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★タイトル (AZA     )  90/ 9/ 6  10:14  (200)
無角館殺人事件 (8)   永山
★内容
「どうしたんだろうな」
 善次郎が驚いたような目をして言った。私だって驚いた。比呂見の拒みよう
は普通ではなかったからだ。
「とにかく、残った者だけでも入ります?」
 私はその場にいる男全員に聞いた。ところが否定する者がいた。なんと最初
に提案した地天馬である。
「いや、もういいよ。ふむ。さすが双子だけあって、彼も感情の起伏が激しい
ねえ」
 言うが早いか、彼もまた立ち上がると、食堂を出て行ってしまった。
「あれはどういう人ですかね、いったい」
 善次郎が言う。こっちだって分からないのだ。
「お任せして大丈夫でしょうか」
 中島も不安そうに言う。こちらだって答えに窮してしまう。
「大丈夫だよ!」
 血のつながりのない母に反感を持っているらしい才野が、反抗的に叫んだ。
その様子を中島の従姉妹である浜村は、心配そうにしてみているのだ。どうで
もいいが、そう頼られても困るのだよなあ。時々、私だって地天馬の行動には責任を持てなくなるのだから。

「さっきのあれは何だったんだ?」
 部屋に帰るなり、私は地天馬に聞いてやった。
「あれって?」
「風呂の件だ」
「風呂の券? 銭湯にでも行くのか」
「だーっ! 入浴券じゃない。事件の件」
 どこまでとぼける気だ、こいつは!
「別に」
「とにかくだ。君が何をしようと勝手だがね、事件だけは解決してくれよ。ど
うしてか知らんが、解けなかった場合の責任はこちらに来るようになってるん
だ」
「それは不思議な構造だ。一つ、構造協議でもやってみるかね」
キ@笑いながらごろんと横になる地天馬。
「冗談もいい加減にしてくれよ。解決できるんだろうな」
「これから事件が起こるかどうか、またそれを防げるかどうかは断言できない。
それが悔しい。使用人が約束を守ってくれるかどうかだ」
 勝手にそれだけしゃべると、地天馬はまだ風呂に入っていないのに眠り込ん
でしまった。午後九時をやっとまわったくらいだ。
 窓の外は雨がますます激しくなっていた。

 翌朝、私はまたも起こされた。時計を見ると、午前七時を少し回ったところ。
骰。度は誰だ?
「早く起きたまえ」
 ドアをがんがん叩きながら、地天馬が言っている。やかましくてしょうがな
いので、私はベッドから跳ね起き、鍵を開けた。昨夜はすぐには寝つかれなか
ったのだ。眠い目をこすりながら聞く。
「何事だい」
「何もないけれど、退屈だから」
「それならもう少し寝かせてくれよ。疲れが出てきてるみたいなんだ」
「僕はたっぷりと眠ったから、元気一杯だ」
 そうか。十時間、ちゃんと眠ったからこんなに元気がいいのか。
「君は元気でも……。もういい。起きるとしよう」
 私はそうして着替えてから、地天馬と一緒に食堂に出向いた。
「森本さんに藤堂さんはいますか?」
 地天馬は食堂に着くなり、大声で調理場の方に叫んだ。朝食の準備でにぎや
かな時間だから、大声でないと聞こえない。
「はいはい。何か御用でしょうか?」
 顔を見せたのは森本。いかにも家政婦っぽく、布巾で手の水っ気を拭きなが
らやって来た。
「いるのなら結構です。ああっと。昨晩、見回りをしたのはどちらですか?」
「藤堂さんですが」
「で、その藤堂さんはどこに?」
 すると森本は、困った表情と我が意を得たりという表情とを合わせたような
顔をした。
「そうなんですよ。藤堂さん、どうしたのかしら。いつもなら私よりも早くに
起きているぐらいですのに、今朝はまだ顔を見せていないんです」
「何だって?」
 途端に地天馬の表情が厳しくなる。
「本当ですか! 藤堂さんの部屋に行ってみました?」
「え、ええ。行きましたけど、鍵がかかっているし、ノックをしても返事がな
いので、疲れているのかと……」
「何ということだ。最悪かもしれん。すぐに行こう!」
 地天馬は慌ただしく食堂を飛び出した。急いで後を追う私。
「藤堂さん、藤堂さん! いますか!」
 今朝、私をたたき起こしたのと同じ調子でうるさく音をたてる地天馬。だが、
それに対して中からの反応はない。
「だめだ。部屋の鍵を管理しているのは誰だ?」
「知らない。聞いてくるよ」
 地天馬の気迫に押され、私は食堂に飛んで引き返した。家政婦をつかまえ、
鍵の在処を聞く。
「それは、藤堂さんです」
驕@最悪の答え。その藤堂さんが行方不明なのだ。それでも一応、地天馬に知ら
せる。
「チッ、そうなのか。しょうがないな。幸いにして一階だ。裏に回って窓を割
ろう。君は中島さんに許可をもらっておいてくれ」
 地天馬はそう言うと、ちょうどその時起きてきた様子の野間−−多分野間比
呂見だ−−に事情を説明し、立会人になってくれと頼んだ。最初は事が呑込め
ず、戸惑っていたみたいな比呂見であったが、やがて地天馬について外に出て
行った。

 私が中島美々の許可をもらって、ついでに彼女を連れて藤堂の部屋の窓側に
行ってみると、すでに窓は割られ、地天馬が中を覗いているところであった。
雨がやんでいたのは幸いである。
「どうだった?」
 私が聞くと、地天馬は首を横に振った。
「いないんだ。どうやら鍵をかけて、どこかに行ったらしい」
「すぐ、捜しましょう」
 中島が不安げになりながらも言う。
「野間さんは十和也さんを起こして、二人で風車の方を捜してください。中島
さんは善次郎さんに頼んで、無角館内部を捜してもらってください。僕らは水
車の方を捜してみます」
 地天馬はてきぱきと言を発した。
 それから一時関ほど捜索したのだが、藤堂の姿は見あたらなかった。川に落
ちた様子もなく、足跡も夜の間に降っていた雨のせいか、どこにも遺っていな
い。
「だめだなあ。いったいどこに行ったんだ」
「海ってことはないと思うが……。とりあえず、あとは蔵の中だな」
「そうだな。でも、鍵がかかっているよ。どうせ、鍵は藤堂さんが持っている
んだろうし」
 私は蔵の前に来て、途方に暮れながら言った。蔵を見上げる。開いているの
は、高い所にある窓だけである。
「野間さん達の方も終わった頃だろう。一度戻って、何か道具を持って、蔵の
戸を破るか」
 という訳で、私と地天馬は館に戻ると、館内捜査に当たった1Pフ沽Yやすでに
帰って来ていた野間双児の方でも藤堂執事を発見できなかったことを確認し、
全員の総意で蔵を破ることになった。道具としては、斧を一つ持って行く。
「念のため、鍵の部分は壊さないで」
 戸の前に立ちながら地天馬は、斧を持った善次郎に指示する。このカメラマ
ン、今朝は落ち着いたグレーの服を着ている。
「分かってますよ」
 善次郎が斧をふるった。一回、二回と降りおろされていく内に、木製の戸に
裂け目が入ってゆく。何度目かの降りおろしにより、戸は蝶番から離れた。
「よし、入ろう。ささくれに気を付けて」
 地天馬が先頭になり、私や善次郎に太田黒、野間双児らが入る。
「暗くて分かりにくいな」
 私はそう漏らした瞬間、足元に何かの感触を感じた。下を見る。足、人間の
足である。黒い服を着ている人間が転がっていた。藤堂執事だ。
「おおい、ここだ!」
 私はともすれば気を失いそうになるのを我慢しながら、大声で皆に知らせた。
地天馬と一緒に事件に関わり、死体にはいくらか見慣れているものの、この執
事の遺体は凄かった。何で切ったのか、顔から腕から、あるいは服が裂け胴や
足にまで傷があり、かなりの出血が見られる。右目などは、眼球そのものが傷
ついているようだ。
「これはまた、随分と激しい出血だ」
 落ち着いて地天馬が言う。正一郎の遺体を見たときは、あれだけ気分を悪く
していた野間比呂見も、冷静なまま独自の「検死」に移った。
「どうですか」
「……おかしいな。これだけ出血していますが、死因は出血によるものじゃな
いみたいです。どうやら、墜落死ですね」
「墜落死?」
 この意外な言葉には、私達だけでなく、さしもの地天馬も驚いている。
「そうです。高い所、そうですね、ちょうどこの蔵の天井辺りから落ちたくら
いの衝撃でしょう」
「天井ね。では、死亡推定時刻は?」
「それはちょっと、何とも言えません。傷の度合がまちまちだし、雨がいつや
んで気温はどう変化したのか等、考慮すべき事項が多過ぎますので。夜中に死
んだらしいとは言えますが」
「そうですか」
 地天馬はさほど落胆した様子もなく、淡々としている。アリバイによる容疑
者の絞り込みができないのに、どうしてこうも平静でいられるのか。
「死体移動の可能性はどうだ、比呂見」
 野間十和也が聞いてきた。
「死斑で見る分には可能性はないね。藤堂さんはここで死んだようだ」
「そうだろうな。雨の中をわざわざ、ここまで死体を運ぶ奴がいるとは思えん」
 十和也は分かったような事を言う。
「それよりも皆さん、この蔵はなんでしたか、密室とかになっていたんですよ。
そいつはどうするんですか?」
 太田黒は興奮した口調である。
「所詮、密室なんて過去の遺物さ」
「それは聞き捨てならないな。ぜひ説明願いたい」
 十和也の言葉に、地天馬が反応する。
「よかろう。わざわざ密室を作るような犯罪者は現実にはいない。そればかり
か推理小説の世界でさえ、非常に浮いた存在になりつつある。密室作成の理由
が乏しいからだ。自殺に見せかけるべきなのに、それを怠る者が多いからな」
「では、今度の密室にも理由がないと」
「その通りだよ、メイ探偵さん。どこをどう見たって、自殺なんかじゃない。
アれは犯罪者がただ密室を作りたいがためにやったんだろうよ」
 推理作家としての野間らしい解答だ。この作家の作風を考えると、こう考え
るのも無理はない。
「そうかな。他にも色々とパターンがあると思いますがね。まあ、僕にしても、
この密室は高い所ながら、開かれた窓があるんで、密室とは言いにくいですが
驍ヒえ」
 地天馬はやけに「ね」にアクセントを置いてしゃべっている。そして一息つ
いたかと思うと、
「あらかた見たことだし、ひとまず戻りませんか、皆さん。朝食抜きでは動け
なくなります。遺体はこの天気ですから、蔵に置いたままでよいでしょう」
 と、これまた随分のんきな口ぶりであった。
  とにかく、蔵の外に出る。ふと見ると、陣内善次郎の服に血が着いている。
「善次郎さん! 服に血が着いていて、気色が悪いですよ」
「……ど、どこですか?」
 善次郎は何故か急にうろたえたようなそぶりを見せながら、きょろきょろと
首を動かす。
「そこですよ。左腕のすそにべたっと」
「……どうも教えてくれてありがとう。気持ち悪いので早く着替えたい。お先
に急がせてもらう」
 言うや否や善次郎は水溜りのある地面を気にもしていない様子で駆け出した。
「どうしたって言うんだろう?」
 私は地天馬の方を向いて尋ねたが、相手からは何の答えも返ってこなかった。

「足跡がなかったっていうのは、雨で流されたんでしょうが……」
 蔵まで見に行けなかった才野が、我々の話を聞いて、推理を始めた。
「わざわざ密室にした理由というのは、何でしょうね?」
「古来から名探偵が吐き続けてきた言葉だが、<密室に気を取られてはいけな
い>。今回の場合、この言葉が当てはまるように思う」
 地天馬はコーヒーを一口飲んだ。
「偶然が作用してできた密室ということも有り得る。その場合、死因が墜落死
であったことに注意をすべきではないでしょうかね」
 文の後半は十和也に向けられたものだ。だが、十和也は黙ったままであった。
 この後、密室を扱ったミステリーの話題でそれなりに盛り上がった。

−以下9−




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